ep24 わたしは心底ガンドゥン帝国に幻滅した。滅ぼしてやる

 麗奈にルルネ、ソレイユ、ロイドの四人はエントランスに集まっていた。

 時間がおかしい部屋の前に設置してあったカメラは、今は脇に退けてあった。改めて見ると、カメラとモニターを繋いでいたケーブルがすごく太いことが分かった。どう見ても麗奈の手首くらいはある。

 これを見ると、やっぱり映像機器の小型化は、地球の方が進んでいたんだと思う。


「うまく、できたのかな?」

 ここに来る前にソレイユと相談して、時間がおかしい部屋の前に、一部屋追加した。作ったのは時間の差を緩衝部屋で、外と中の時間差を通過する人の負担にならないようにしようと、ソレイユに魔術文を組んで貰った。

 天井を見れば同じように、天井に魔術が刻み込まれている。


「大丈夫よ、ちゃんと魔術は発動しているわ。それどころか、もしかしてこれってずっと起動したままなんじゃないかしら」

「そう……なのかな? 確認できるといいんだけど」

「そう言うと思って、時計を二つ用意したわ」

 ルルネが側に置いてあった道具箱から、デジタル表示の時計を取り出した。百分の一秒まで表示されている、何とも使いどころが難しい時計が、麗奈の前に二つ置かれた。


 何だか、懐かしいデザインの時計だね。

 確かおじさんの家の壁に、同じように百分の一秒まで表示する時計があったのを思い出した。

 何の役に立つのか聞いたら、こういうのは雰囲気が大事だって言っていたかな。

 おばさんが困った顔していたっけ。買うのはいいけれど、この間も変な目覚まし時計買ったのよ、って。

 何だか凄く懐かしいな。


 麗奈が物思いにふけっていると、ルルネが二つの時計を同時にリセットして、時間の動きを全く同じにした。

 片方の時計を持って、緩衝部屋に入っていった。途端に、ルルネの動きが緩慢になる。そのまま向こうの部屋に入った途端に、今度はもの凄い早さで動き始めた。


 いつの間にか、床にこっち向きで、さっきの時計が置かれていた。

 ルルネが再び緩衝部屋に入って、こっちに向かってゆっくりと歩いてくる。そしてエントランスに戻ってきた。

 この間、約十秒くらいか。

 戻ってきたルルネが、床に置いた時計と奥の部屋に置いた時計を見比べている。


「うーん、あっちの時計が遠くてよく見えないわね……」

「オレも見えないな。そもそも、ルルネは見えると思ったのか?」

「最初の予定だと、真ん中の部屋はなかったからね」

「あら、緩衝部屋がないと、魔力が無い人が通ると体が分解しちゃうのよ?」

「ええっ。それは聞いていないわ」

 ルルネのぼやきにロイドとソレイユが反応している。

 麗奈は、足下の時計を持ち上げると右目で時計を捉えた、さらに左目に魔力を流して奥の時計を同時に視界に入れる。


「んっと……手前が五分の時に、奥が八時間とちょっと位かな?

 奥の方が時間経過が早いんだね」

「レアーナさん見えるの? 待って……ってことは、反転百倍キター!」

「おおっ、何だよ。ちょっ、待てって――」

 喜んだルルネがロイドに抱きついた。突然のことに、女性耐性がないロイドが目を白黒させる。

 ソレイユはと言うと、「あらあら」なんて言いながら嬉しそうに息子の様子を見ていた。いや何かそれ、違うと思う。


「てことは、反転処理だけで何とかなったってことなのかな?」

「そんな感じね。以前レアーナさんが住んでいた場所に、時間経過の異状が起きていたのでしょう? その異状をこの星のコアが変更、管理できると言うことね」

「……えっと、意味分からないんだけど?」

「この星は生きていて、中心にコアがあるってことなのよ」

 もしかして、前に話しかけてきたナナナシア・コアのことなのかな……。


 そういえばあれから一度も、声を聞いていない。

 あの日、魔術言語と魔術文字を魂で記憶したはずなのに、その全てを頭が覚えていない。だから本当は、ただの幻だったのかなって思うときがある。

 だって、魔術文字が分からなくて、みんなに教えて貰ったんだよ。

 おかしいよね、理解したってはっきりと思ったはずなのに。

 なんにも分からないんだもん。


「そう言えば、アッシュ達ってもう着いて作業しているのかな?」

 やっと麗奈が魔術文字を覚えて、城での作業は一段落した。

 そうなると、やっぱり他のチームのことが気になってくる。

 ロイドがルルネの抱擁から解放されたらしい。顔が真っ赤なになっている。


 みんなが北極と南極に別れて出発してから、一ヶ月くらいになると思う。北極にはアッシュが、南極にはレイフォールが責任者になって向かって行った。

 車とトラックを、山の向こうにある湖で水陸両用に改造して、それぞれに別れて出発したことまでは覚えている。


 確か、世界中に散っている悪魔族のみんなも、北極か南極に集合する手はずになっていたはずだから、最終的にかなりの人数になると思う。


 だからいま、シーオマツモ王国には悪魔族の人達とフィレンメール王国の人たちは麗奈の側にいる三人以外は誰もいない。

 城下町には、住宅事情が改善されたこともあって、避難してきて魔族のみんながゆっくりと生活している程度だ。


「そうね、さすがにもう基礎部分は終わっていると思うわよ。星と月の石もそれぞれに渡してあるのでしょう?

 でもみんなが戻ってくるまでは、進捗状況すら分からないのよね」

「さすがに距離が離れすぎると、無線が届かないからね。

 いつ連絡が来てもいいように、常に無線は受信のために動かしてあるけれど」

 ちなみに麗奈を含めて四人は、ダンジョンマスター管理のため、誰か一人が城に残っている状態でないと、外に出ることができない。


 麗奈がメナルア邸に魔晶石を取りに行ったとき、迷宮化していて魔獣が大量に湧いていた。そのため魔獣の中にいるダンジョンマスターを探して倒すのに、あの時かなりの無駄な時間がかかった。

 同じ轍は二度と踏まないようにしようと、心から思ったよ。ほんっと、面倒くさかったもん。


「いずれにしても、しばらく待機するしかないんだろうな。

 オレはまた無線部屋兼コアルームで張ってるよ。食料がなくなったら上がってくる」

「あ、それなら私も行くよ。ちょっと研究したいこともあるからね」

 ロイドとルルネが資材を片付けて、コアルームに下りていった。なんだかんだ言って、あの二人は気が合うんだよね。


「もうじきお昼になるから、私は城内菜園で野菜の収穫をしてくるわね」

「それじゃあわたしは、山に行ってお肉の確保かな? ついでに、街のみんなの分も狩ってくるね」

 ソレイユが中庭の菜園に向かったので、麗奈は外に出ることにした。

 空が飛べるから、山に狩猟しに行くのが凄く楽なんだよね。


 このとき既に、悪夢が始まっていた。




 エントランスを抜けて、城門から一歩踏み出した。

 前に踏み出した麗奈の手足が、一気に燃え上がった。


「えっ、なんで……熱いっ! きゃああぁっ」

 大きな悲鳴が自分が出している声だと気付く。目の前の光景に、思わず目を見開いた。


 城の横に停めてあった車が、激しく炎を立てて燃えていた。城の周りに植えた樹木も、燃え尽きて炭化している。

 城壁の向こう側、シーオマツモ王国の城下町も真っ赤に燃え上がっている。


 麗奈は、踏み出した足に一切の力が入らなくて、歩いた勢いのまま前のめりに倒れ込んでいく。

 同時に体が焼けるように熱くなり、文字通り燃え上がった。

 倒れ込み何回か地面を転がって、今出てきたお城が見えた。ギリギリ動く方の手で、入り口に手をかざす。


「……スターけ……んはツド。とびラ……シマレ……」

 中の三人だけでも守らなきゃ。

 扉閉まって、早く!

 この燃え方は記憶にある。またあいつらだ。

 何でガンドゥン帝国がここまで来ているの?

 どうして、またわたしの前に現れたのよ。ふざけないでよ。


 早く、扉閉まってよ! 完全にロックしてよっ!


 薄れ行く意識の中、最後に視界に映ったのは、しっかりと閉まった扉だけだった。





「えっ、メナルア様?」

 また、わたしは蘇った。

 これは絶対に呪いだと思う。


 ぼやけていた視界が、徐々にはっきりしてくる。

 麗奈の下には星の石が敷かれていた。いつもの感触。月の石は南極に行ったはずだから、近い位置にある星の石で復活したのだろう。

 体中が焼けた感触が、まだ残っている。完全に無傷で復活しているはずなのに、何故か凄く痛い。


「なにか……なにか、シーオマツモ王国にあったのですか!」

 軋む体を起こすと、アッシュが手で支えてくれた。

 見回すと、十メートル四方はある広い部屋の中だった。その中心に星の石が設置されていて、周りに魔術文字が描かれていた。三十人ほどの悪魔族と人間族が、作業の手を止めて麗奈の方を見ていた。


「また、来たの。魔素消滅爆弾が使われたの。街の人たちが、みんな死んじゃった。

 まだお城に三人残っている。あそこはダンジョンだし、ロックしてきたから無事だと思うけど……」

 目から、涙が溢れてきて視界が滲んで見えなくなった。

 全員が息を飲んだのが分かる。


「星の石は……準備できたの……?」

「いえ、まだです。魔術塔本体と、管理用の地下都市までは造成が終わっています。

 ここに星の石を設置したら施設全体が硬化したので、私たちの意思はある程度汲んでくれてるようです。

 あとは、当初の計画通り魔術を刻んでいるところですが……あと、一ヶ月くらいはかかるかと」

「わかった。ありがとう……ちょっと行ってくるね」

 大きく息を吸って、涙をぬぐった。


 麗奈は立ち上がった。


「メナルア様、これからどうされるのですか……?」

「うん。もう許せない。

 わたしは、ガンドゥン帝国を滅ぼすことに決めたよ」


 キッと唇を噛みしめた。

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