ep23 わたしは魔術をみんなに教えて貰った。頭が痛くなった

「つまり、千五百倍の時間差をひっくり返すことが出来れば、この部屋はもの凄い重要な部屋になるってことよね」

「えっ? そうなの?」

 一通り話をした結果、ルルネが下した判断は麗奈の想定していない結論だった。

 麗奈がいまいち分かっていない顔で眉間にしわを寄せていると、それを見たルルネが大きくため息をついた。


「あのね、メルフェレアーナ殿下。例えば時間の流れを今と逆に、百倍にひっくり返せただけで、その有用性はかなり大きくなるのよ。

 例えば会議とかで十時間かかったとするわね。十時間は六百分だから、それを百分の一にする。実際に会議にかかった時間は六分程度になるのよ。

 だから、もの凄い時間の短縮になるの」

「お……おおお、なにそれ。凄いじゃん」

 改めて説明されて、その凄さが分かった。もし時間の流れを反転させることが出来れば、現実の時間に対して学習効率が恐ろしく跳ね上がる。

 その分寿命は短くなるけれど、そこを度外視してもいいくらいの効果がありそうだ。


 ただ問題は、どうやってそれを変えるかだけなんだよね。

 魔術なんて使ったことないもん。魔法だったら、いくらでも使えるんだけどな。


「でもどうやって、あの部屋に魔術を反映させるの? 中に入ると、時間において行かれちゃうんだよ?」

「そうね、そこで重要になってくるのが、ここがダンジョンであるってことかしら。

 ついさっきまでダンジョンコアを観察していたんだけど、あんなダンジョンコアは初めて見たわ」

 やっぱり何だか言っていることが分からなくて、麗奈は首を傾げた。さすがに星と月の石から貰った知識にも、ダンジョンコアの知識はなかったかな。

 こうなると、やっぱり長年研究している人たちの方が強いと思う。


「たぶんだれど、ダンジョンコア経由で魔術文字を部屋の天井辺りに転記させて、誰かに維持して貰っている間に最後の仕上げをすればいいと思うわ」

「……そ、そうなんだ」

「そうと決まったら、さっそくやるわよ。私はソレイユとライザスを探してくるわ。この件に関しては、悪魔族の同志にも協力して貰わなきゃだから」

「あ……ちょっ……」

 目の色を変えたルルネが、城の外に走り去っていった。

 後に残された麗奈は、大きなため息をつくしかなかった。


 あのね、何か期待されているみたいだけど、魔術なんて使ったことがないんだけどな。

 魔法だったら、何となくのイメージで再現することが出来るんだよね。

 でも魔術ってアッシュにも描いてある文字を見せて貰ったけれど、文字があって文法があるみたいなの。それも、しっかりとした英語の文法だよ。

 魔術文字って言っていたけれど、見ているだけで頭が痛くなった。

 どうしよう……。


 麗奈はその場で途方に暮れた。




「その辺はなんと言いますか、メナルア様らしいですね」

 あの部屋のことを周知したところ、かなり重要な案件だと言うことで、再び就任式のメンバーが会議室に集結した。


「それでその、時の部屋だけでなく、以前にメナルア様より提唱いただいている北の魔術塔と、南の魔術塔についても話を詰めないといけません。

 両方とも魔術が絡みますから、同時進行で進める必要があります」

「それらは初耳ですね。詳しく説明頂いてもいいですか?」

「もちろんです、レイフォール殿。むしろ、助力を頂かないと難しい案件ですから、本腰入れて参加して貰いますよ」

「ええ。任せてください」

 なんて、アッシュとレイフォールの間でどんどん話が進んで言っている。完全に麗奈は蚊帳の外だった。


 そのまま、二つの案件についてのプロジェクトが立ち上がり、あっという間に会議がお開きになった。

 麗奈の担当は、魔術文字を書き込むことと、最後に起動させることになった。


 やっぱりというか、一番面倒くさい仕事が回ってきたよ。

 今回のような大規模な施設に関して、膨大な量の魔力が必要になるんだって。魔術を記述するのにも魔力を込める必要があるし、さらに起動するためにもそれ相応の魔力が消費されるんだって。とほほ。

 英語……苦手なんだよね。何回も言ってるけど。


 本来なら複数人の魔族が協力して仕上げるのだけど、魔力が多い麗奈なら一人で全部こなせる。

 結果的にそれらを一度にクリアできる人材は、麗奈だけらしい。


「そんなわけで、魔術のイロハをしっかりと学んで貰うわよ」

「……はい」

 ソレイユにロイド、ルルネの三人が麗奈のサポートに回ることになった。

 さっきルルネが言っていたライザスは、どちらかというと専門が建築向けなので、レイフォールに引っ張られていったようだ。ほんと、できたばっかのこの国には魔族と人間族の垣根がないので、凄くいいことだと思う。




 魔術の勉強をしてみて分かった事だけど、基本的に小学校レベルの英語が分かれば、何とかなる感じだった。それでも最初は無理だったんだけど。

 単語を覚えて、短い英文を書く。

 自分たちの国のためだって思ったら、何とか頑張れた。それよりも、魔術言語を全部覚えている三人が、もの凄いと思った。


 魔術は媒体に描き込んで使うから、呼んだ時の発音とか全く関係ないんだけど、三人とも見本を描きながらペラペラ喋っているから、呆気にとられた。

 ほんと、魔術専攻の学者さんって、恐ろしいと思う。途中から魔術文字の発音で会話していたし、それで魔法を発動させていた。


 人間族で体内に魔力器官がないルルネが、魔術文字の発音だけで魔法現象を起こしていたのには、さすがに目を見張ったけれど。本人曰く、正式な魔術の発音が星に届けば、魔石などの媒体なしでも魔法が使える――らしい。

 まあ、ソレイユとロイドも目を瞬かせていたけどね。完全に想定外だったみたいだよ。




「メナルア様の提案通り、部屋の入り口にカメラを置いたわ。映像が映るはずだから、そこのモニターを見ながら天井に魔方陣を描いて、魔術を記述してみてもらえるかしら?」

 ソレイユがモニターの裏に魔石をはめ込むと、画面が点灯して時間の流れがおかしい部屋が映し出された。これ、ある意味すごい技術だよね。びっくりした。


 車があるんだから、カメラもあるよね? なんて言ったら、本当に出てきた。映像を見ながら遠隔で操作しないのかな、って聞いたら、全員目が点になっていたかな。

 どうやら、遠隔で何かを操作することがないらしい。そういう機会も無いからか、発想すらなかったのだとか。

 道理で通信関連が弱いわけだよね。


 だったらと、この世界でのカメラとモニターの使い方を聞いたら、なるほどもっともな答えが返ってきた。

 某国の王族が、奴隷同士を戦わせる時に、特別席からだと遠くて見えない。そのため、カメラとモニターをケーブルで接続して、離れた場所でも臨場感ある戦いが見られるように開発したのだとか。

 なので、基本的に超高級品扱いらしい。


 凄いよね。そんな高級な物が、前に乗ってきた車の中から普通に出てきたんだもの。

 どうやら、昔見た物を参考にして、フィレンメール王国のみんなで作ってみた物らしい。基本的な動作は魔術でできるから、ある程度の物は見ただけで再現できるのだとか。


 異世界って凄いなって思った。

 だって、魔石を使っているから電気がいらないんだよ?

 さすがにモニターとカメラなんて、電気がないと動かないと思うよね。でも、魔石と魔術で、わたしが知っているカメラとモニターの役割をきっちりこなしているの。

 魔法と魔術の文明って、凄いなーって思ったよ。

 だって魔石使うから、電柱とか電線とかがいらないのよね。発電所も不要だから、何かすごくエコだと思う。


「メルフェレアーナさん、どうかしたのかしら?」

「……あ、ごめん。考え事をしていた。大丈夫だよ。

 あとメルフェレアーナって長いから、できればレアーナって呼んで欲しいかな」

 無駄なことをぼーっとしながら考えていたら、ルルネに心配されてしまった。

 慌てていたから、いつも思っていたことが思わず口をついて出ていた。言ってしまって、慌てて両手で口を塞いだ。


「わかったわ。レアーナさん、カメラの向きはこれでいいかしら? もう少し下から映した方がいいかしらね」

「うん、もう少し下からのアングルがいいかも」

「了解、ロイドに伝えてくるわね」

 そう言うと、ルルネはエントランスに続く階段を駆け上がっていった。


 ロイドとルルネがカメラの位置を調整してくれている間に、魔方陣と描き込む魔術文をソレイユともう一度確認した。


「魔方陣と、描き込む文字はこれよ。魔方陣と文字一文字ずつに魔力を一万ずつ込めると、永久機関なにるって言われているわ」

「この紙に書いてある通りに転写すればいいのかな?」

「そうよ、ダンジョンコア経由だから色々難しいかも知れないけれど、レアーナさんなら大丈夫よ。

 さあ、映像が動いたから向こうの準備もできたみたいよ」

「わかった。やってみるね」


 ソレイユさんがモニターの隣で、魔術を書いた紙を持っていてくれる。

 何度も書いて練習して、しっかりと頭に入っているはずだよ。

 もし失敗しても、何とかなるってみんなに励まされたから、頑張ってみる。


 モニターを見ながら、麗奈はダンジョンコアに魔力を流し込んでいく。

 画面の向こうで、部屋の天井に魔術文字が浮き上がった。まもなくして文字が、ゆっくりと光り輝いた。


 こうして麗奈が描き込んだ初めての魔術は、あっさりと成功した。

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