ep26 わたしは北と南の魔術塔を完成させる。全力でだ
また、わたしは蘇った。
見上げた天井は、昼前にも見た天井だった。
また、北の魔術塔にある星の石で復活したらしい。
周りがざわついている。さっきと同じ人たちが、同じような作業をしていて、みんな揃って目を見開いていた。
「……め、メナルア様!」
全身を灼かれた影響なのか、しばらく動けなかった。やっと起き上がって一息ついたところで、アッシュが階段から駆け下りてきた。
アッシュの顔を見て麗奈は少し口を開きかけたものの、結局苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「上に休憩のための部屋があります。動く前に、少し休まれてはいかがですか?」
「……うん、ありがとう。そうさせて」
アッシュの後について階段を上っていく。エントランスに出たところでそのまま目の前にある部屋に進んだ。
途中、知った顔が心配そうに声をかけてくれる。ここの施設で二度目の復活ということもあって、みんなが麗奈の特性を知っていて、顔を合わせる端から心配してくれた。
少しだけ、目頭が熱くなった。
調理場が備え付けられた少し広めの部屋だった。
アッシュは麗奈を椅子に座らせて、慣れた手つきでお茶を淹れ始めた。緑茶の爽やかな香りが漂ってくる。
テーブルの上にはお茶と、クッキーが乗ったお皿が置かれた。
「何が起きたのか、伺ってもいいですか……?」
「うん、あのね。光に灼かれたんだ――」
あの謎の光はここまで届かなかったのか、麗奈が光に包まれて焼滅した話をすると、アッシュは目を見開いて驚いていた。
太陽から来る光が強くなって、周りの温度が一気に上昇したこと。山の木々が焼けて、シーオマツモの街が燃え落ちた。お城を囲っていたガンドゥン帝国軍が光に灼かれて燃え上がり、灰すらも残さず焼滅した話をしたら、さすがのアッシュも息を飲み込んでいた。
もっとも、麗奈も焼滅しちゃったから、その辺までしか話ができなかった。
「そう……ですか。もしかしたら、その現象は、私たちが起こしてしまったのかも知れません」
「えっ、どういうことなの?」
「はい。つい先ほどですが、星の石の周りに描いていた、魔方陣と魔術式が簡易起動しました。
起動するためには最低でも、南極の術式が完成する必要があったのですが……無事あちらも作業を終えたのでしょう。
ただ……これは憶測なのですが、今回の簡易起動が星に影響を及ぼした可能性があるのです」
「うん? どゆこと?」
アッシュの言葉に、麗奈が首を横に傾げた。
うんそもそもね、星に影響を及ぼす魔術って何?
魔術塔の構想はわたしが出したものだし、元の知識はナナナシアに貰ったものだよね。
だったら、星がおかしくなるような技術って何なのかな。
もしかして、わたしたち何かやっちゃった?
「あの……たぶん、どのやり方でやっても、必ず影響はあったと思います。
結局、外部から無理矢理、星の軸を安定させているので、軸を整えるために軸がぶれるのは仕方ないことなのです。
ただ、何が起こるのかは知らなかったので……」
「うん。何のことだか分からないけど、結果オーライだね」
「……ちょっと違うと思いますよ」
何にしても、北と南の魔術塔は絶対に必要だったから、もうどんな状況になっていても、ある程度は覚悟して外に出ないといけないのかもしれない。
シーオマツモ王国の街は壊滅した。それは覆せない。
お城はダンジョンだから、中の三人は無事だと信じている。確信はないけれど、あの光の照射でびくともしていなかったから、大丈夫だよね。
今は、できることを一つずつやっていこう。
もう一度、星の石が置かれている部屋に戻った。
簡易起動している魔方陣を、しっかり起動させて星の石に接続する必要があるらしい。ちょうど死に戻りしたから、さっさとやっていこう。
星の石に手を触れて、魔力を流し込んだ。
そう言えば、星の石にしっかりと魔力を流すのって初めてだよね。
麗奈の魔力は流せば流しただけ、星の石に吸い込まれていく。そのままイメージの中で星の石と周りの魔方陣を繋ぐようにイメージを広げていった。
周りで魔方陣に魔力を流していた悪魔族の数人が、ゆっくりと手を離した。
淡く輝いていた魔方陣が、星の石と繋がったことで強く優しく輝き始めた。白い光が紫色に変わっていく。
麗奈は一息吐くと、星の石から手を離した。
と手を離しても、魔方陣が星の石から魔力の供給を受けて、優しく輝いている。
「できた……のかな?」
「はい。完璧です、メナルア様」
その声を合図に、静かに経過を見守っていた人たちが沸き立った。
これで、塔がしっかりと稼働したはず。
いままで自然に星に戻っていた魔力だけでなく、人間達が機械で消費し変質した魔力も、塔で回収することができるんじゃないかな。
南の魔術塔も稼働すれば、さらに魔力ネットワークも構築することができるってアッシュが言っていた。
各国ごとにソウルコアを置いて、その下の機関にソウルブロック、ソウルタブレットを配置して、個人がソウルメモリーを持つ。魔力還元率を上げると同時に、ゲームのようなステータスシステムも提供できると思う。
それに上位端末から下位端末に向けてなら、簡単なメッセージの送信ができるはず。端末同士の送受信までは、できなかったみたいだけど。
魔術ってやっぱり難しいんだな。
「よかった、あとは南の魔術塔だけだね。
ところでアッシュはこれからどうする予定なの?」
「もともと簡易起動したら、四人くらいでシーオマツモ王国まで戻る予定でいました。そのうえで、メナルア様に北極の魔術塔まで来ていただくつもりでいたのですが……だいぶ予定が変わってしまいましたね。
ただお城にいるだろう、ロイド達三人が心配なので、翌朝に予定通り戻ることにします」
「わかった。わたしもお城が心配だけど、そっちはアッシュに任せるね。
できれば明日の朝には着きたいから、少し仮眠をとってから南の魔術塔に向かうことにするよ。
あ……ねえ、ここで使っている時間って、シーオマツモ王国基準でいいのかな?」
「ええ、それで大丈夫です。私達もシーオマツモ王国基準で生活しています。それに関しては、南極組も同じでしょう。
北極点と南極点は、自分たちで時間を決めて生活しないと、寝る時間が狂いますからね」
「そっか、やっぱりそんな気がしていたんだよね」
北極点から南極点まで二万キロくらい。
できればお昼前の時間には着きたいから、ここにある時計で日付が変わるくらいには出たいかな。
通る空路は念のため、アジア大陸とアメリカ大陸の間にある海峡を通過して、そのまままっすぐ南極を目指せば、一番被害が少ないと思う。
色々なことを考えながら、麗奈は仮眠室で瞳を閉じた。
「行ってらっしゃいませ、メナルア様。ご無事をお祈りしています……」
「ありがとう。アッシュも道中気を付けてね」
深夜零時に目覚ましが鳴り、麗奈は仮眠所から抜け出した。
階段を下りて休憩室に入ると、アッシュが待っていた。軽く食事を取りながら談笑をした後、魔道エレベーターで別れた。
その際に、お弁当箱と水筒を渡してくれた。一緒に用意してくれたリュックサックに入れて、この友人のちょっとした気遣いが有り難かった。
深度五千八百――今度は確認できた。
凄いと思う。魔法で作り出した空間なのだろうけど、それにしても一ヶ月足らずで作ったことを考えると、悪魔族の技術力の高さは想像以上だった。きっと、フィレンメール王国の人たちとの、技術の相乗効果もあったと思う。
「うわっ、何これ……海水なのっ?」
エレベーターホールが再び深度五で停止し、扉が開いた。と同時に、部屋に大量の海水が流れ込んできた。慌てて麗奈は魔法で水を操作し、ゆっくりと歩きながら大量の海水を外に押し出していく。
外に出ると、一面に張っていた氷が溶けて荒れる海原が視界に入ってきた。波が塔に打ち付けて、屋上が水浸しになっていた。
海水を掃き出し、土魔法で簡単な防波堤を、縁に沿って一周立ち上げた。
周りは暗闇に沈んでいた。新しく麗奈が建てた防波堤に、波が打ち付ける音だけが聞こえる。何も見えないので、頭上に明かりを打ち上げた。
「あー、アッシュ達って車で移動するんだよね……スロープ付けておこうか」
再び土魔法で、内側と外側を車で行き来できるように幅広のスロープを作り出した。これで壁を越えて海面まで着水できるはず。
しばらくして、土壁の色が変わった。きっと塔のダンジョン化範囲に組み込まれたんだろうな。形が変わったけれど、アッシュなら分かってくれるよね。
そもそも、北極の氷がとけることは想定していなかったんだと思う。
もともと屋上が海面ギリギリだったし、普段なら氷が溶けるなんて考えられないもんね。
これが、この塔を作って、簡易起動させた弊害だって言うのかな。
いずれにしても、南極にある南の魔術塔を完成させないといけない。経度を確認して、何となくの感覚で飛ぶ方向を決めた。
太平洋のど真ん中さえ通れれば、ある程度の陸地は放置して大丈夫だよね……。
麗奈は空に舞い上がると一路、南極に向けて飛び立った。
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