ep20 わたしは自分の持つ力が怖くなった。仲間に救われた
カチャカチャと、金属が当たる音が聞こえる。麗奈に向けて銃を撃った列が後ろに下がり、新たに前に出てきた部隊が麗奈に向けて銃を構えた。
銃を構えたまま、無表情で上官の命令を待つ。つかの間の静寂が訪れた。
ほんとうに、この人達って相手の命を奪うことに、一切の躊躇いがないんだね。
まあでも、確かにそうだよね。わたしだって、後ろから一撃で撃たれた。
街だって、人がたくさんいたはずなのに、地球の核すらも及ばないほど無慈悲な殺戮兵器で全てを無に帰した。
あのとき奴らが何を使ったのか、アッシュから聞いて本気で殺意を覚えた。
魔素消滅爆弾。
目の前の軍隊が所属する国が使った、爆弾の正式な名前だって。その空間にある魔力だけでなく、都市のあちこちで使われている魔石の魔力も、強制的に消滅させる爆弾らしい。
それは、機械の駆動に使われている魔石すらも無効化するんだって。だから一部の建物が支えを失って崩壊していた。
魔力とは、ナナナシア星のエネルギーに他ならない。
そのエネルギーを消滅させると言うことは、範囲内のエネルギーが無くなり、その失われた空白地帯には急速にエネルギーが補充される。
その際に、範囲内にいる全ての生き物が、高速で動くエネルギーに晒され、摩擦による高熱で一気に灼かれる。無機物すらも透過し、例え地下にいようとも無関係に灼き尽くす。
そしてその後には、本当の意味で無機物以外何も残らない。全ての生命を奪う、大量殺戮兵器。
それが、魔素消滅爆弾。
そんな非人道的な兵器を使う、軍隊……。
目の前に現れなければ、一切関わるつもりは無かった。
『全員構えっ! 撃てェグッ――!』
司令官の号令が終わる前に、麗奈は振り上げた手を一気に振り下ろした。
瞬時に、麗奈の魔法が発動する。
麗奈の前、見える範囲の全ての物が、一気に圧縮された。
人が、兵器が、乗り物すらもことごとく潰れる。
生えていた木々も、少し先にあった小高い丘も、そして足下に生えていた草さえも、全て麗奈の足の裏と同じ高さに、一切の抵抗を許さず瞬時に圧殺された。
音すらも、その戦場から消えた。
「戦争は何も生まないんだよ。わたしだって、本当は誰も殺したくはないよ。
でも、お前達はたくさんの命を奪いすぎだよ。これ以上やるのなら、国すらも潰すよ」
目から、止めどなく涙が溢れてくる。
麗奈を宙に浮かばせた重力魔法は、使い方を変えるだけで、恐ろしい殺戮魔法になる。見える範囲の空気を一気に重くして、地面に落とした。
やった事は、本当にそれだけ。
麗奈が潰した世界は、血の染みすらも許さない世界だった。
そのまま麗奈は、力なくしゃがみ込んだ。
嗚咽が漏れる。
魔法が怖くなった。麗奈の持っている力は、麗奈が思っているよりも遙かに強大だった。
絶対に誰にも、まともな目で見てもらえない。
みんな、わたしの元から離れていく。
ありすぎる力は、誰からも忌避される。強大であれば強大であるほど、恐れられて離れられる。
本能でわかる。
わたしの力は、とてつもなく怖い力だ……。
「メナルア様……」
しばらくすると、後ろから声をかけられた。思わず首を振る。
怖い。顔が向けられない。
麗奈は膝を抱えて、顔を埋めた。
「私たち悪魔族も、人型の種族としては恐ろしい程の魔力を持っています。
この間も、実は街を一つ滅ぼしているのですよ」
アッシュが、ゆっくりと話し始めた。
「魔法は、使う魔力の量によって威力が変わるのはご存じですか?
同じ火の玉を作るのにも、魔力を百使うのと、魔力を千使うのとでは格段に威力が変わってきます。
その時わたしが込めた魔力は十万。小さな街でしたが、一気に消滅しました」
そう、ちょうど今メナルア様がなさったように……。
麗奈が顔を上げて振り向くと、困ったような顔をしたアッシュがそこに立っていた。アッシュはそのまま麗奈の横まで来ると、すっとしゃがみ込んだ。
悪魔族特有の小柄なアッシュは、しゃがみ込んでちょうど麗奈の視線と同じくらいになった。
「その街では、攫われた魔族が人体実験の検体にされていました。
私たちが踏み込んだときには、既に無事な状態でいる魔族は一人もいませんでした。
魔力器官を抜かれて、それでも生かされているエルフの女性。手足を削がれ魔道具を縫い付けられた状態で、延々と攻撃魔法を受け続けていたエルフの男性。
およそまともに生きている魔族はいなかったのです」
「それで……怒ったアッシュは街を……?」
しっかりと頷いたアッシュに、麗奈は何だか自分に近い物を感じた。
アッシュが立ち上がりながら手をさしのべてきた。麗奈がその手を掴むと、優しく引き上げて起こしてくれた。
「その時わたしは、始めて街を破壊するほどの、大きな魔法を使いました。
絶対に許せませんでした。同時に激しく後悔しました。でも、わたしが全てを灰燼に帰さなければ、もっと魔族の被害者が増えていたと思います」
「そんなことがあったんだ……」
「ですから、メナルア様が為したことは、人命を守るという点では正しかったと信じています」
「そう……だよね。わたしが倒した軍隊も、わたしが倒さなかったらみんなの命が危なかったんだね……」
今も、横倒しになっていたバスを、みんなで協力して起こしたところだった。人間と魔族が手を取り合っている。麗奈としては、この世界に転移してから初めて見る光景だった。
人間は常に魔族を物としか見ていなかった。
それは千五百年前も今も変わらないと思っていた。
「人間も少しは変わったのかな?」
「そうですね。人間の国の中でも、フィレンメール王国は、比較的我々魔族に対して理解がある国でした」
「あれ? どうして過去形なの? 今目の前にいるんだよね?」
「……この先にあるフィレンメール王国も、魔素消滅爆弾で既にもう国が無いそうです」
アッシュの言葉に、麗奈は大きく目を見開いた。目の前が、真っ暗になるような感覚に襲われた。
さっききまで横転していたバスの近くに行くと、支え合っている人たちの、その統一感のなさに驚いた。
フィレンメール王国の民は、同じ武装の王国兵士だけでなく、子ども、老人、女性などの見るからに一般人に見える人たちが大勢いた。
その人々が、怪我をした魔族を看病していた。
「アッシュ、そっちは終わったのかい?」
麗奈とアッシュが近づいていくと、恰幅が言い悪魔族の女性が近づいてきた。
「メナルア様が全て一気に片付けてくれました。ソレイユさんも無事だったようで、安心しました」
「さっき慌てて飛んでいった時は、さすがにびっくりしたよ」
「そ、それは言わないでくださいよ……」
どうやらアッシュは、麗奈のことが心配で草原に入っててすぐ、車を乗り捨ててまで駆け付けてくれたらしい。
何だか嬉しいな。
見た目はかわいい弟みたいなんだけど、魔法を昔から使っていたから、わたしの感じていたことに気づいてくれた。
「アッシュ、ありがとう」
「あっ? ふぇっ?」
不意打ちだったんだと思う。アッシュはすごく慌てていた。
「少し、いいでしょうか?」
麗奈がエルフの女性をバスに乗せようと、背中に負ぶって歩いていると、少し高そうな服を着た青年が声をかけてきた。青年は、背中に鬼人の女性を背負っていた。
バスがすぐ近くだったので、頭だけ下げると先に女性をバスに乗せることにした。青年は笑顔を浮かべると、同じように女性を背負ったままバスに乗り込んだ。
「この度は、私達の国民も救っていただき、ありがとうございました」
バスを降りて、邪魔にならないように前方に移動したところで、再び青年が話しかけてきた。金髪碧眼の、爽やかな青年だった。
と言っても、麗奈としては特にお礼を言われるようなことをした覚えが無い。
フィレンメール王国の王族か何かなのかな?
「わたしは、わたしの敵を倒しただけだよ。結果的にあなたの国の人たちも助かったと思うけど、お礼を言われるほどのことはしてないよ。
そもそもあの紺の軍服を着た奴らは、わたしの敵なんだ。次に来たら、彼の国はわたしが滅亡させるよ」
「実際に同じ国、ガンドゥン帝国から侵攻を受けていましたから、私達も当事者です。
申し遅れました、フィレンメール王国第二王子のレイフォールと申します」
レイフォール王子は、少し憂いを帯びた表情で麗奈に頭を下げてきた。
「ソレイユ殿とも情報を共有しましたが、私の国は魔素消滅爆弾で王都を制圧され、南から侵攻してきたガンドゥン帝国から東に避難する途中でした。
東の同盟国であるデサント王国に助けを請うために、移動していたところだったのですが。
ソレイユ殿の一行が襲われている現場に、たまたま遭遇しました」
急いでバリケード代わりに戦車を横に展開させて、あの位置まで後退させたところだったらしい。
南からも東からも、ガンドゥン帝国の侵攻を受けたということになる。
東から来たガンドゥン帝国軍は麗奈が制圧したとは言え、フィレンメール王国の避難民にとって、正直言って逃げ場が無い状態だった。恐らく、デサント王国はガンドゥン帝国に制圧されている。
もし、麗奈が作った道を通ることができれば、もしかしたら彼らも助かる可能性もある。
麗奈は周りを見回した。
正直、困った事態になった気がする……。
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