ep21 わたしは人間を受け入れることにした。悩んだ末にだ
周りを見回してアッシュを探すと、丁度フィレンメール王国の王国兵士の女性と話をしているところだった。
アッシュが王国兵士に頭を下げ、王国兵士が慌てて首を横に振って頭を上げて貰おうとしていた。何だか、不思議な光景。
似たような光景は、他にもあちこちで繰り広げられていて、ここだけ見ていると人間と魔族の垣根が無くなったかのような錯覚を覚える。
実際には、フィレンメール王国の人たちが特殊なんだと思う。
「レイフォール王子は、これからどうする予定なの?」
「国にある研究施設は全て破壊してきました。国王や母上、兄上を亡くし、国民の大半を失いましたが、私にはまだ守るべき国民がいます。
もし可能であれば、避難経路を使わせていただければと思っています。新天地にて国を興し、次こそはガンドゥン帝国に屈することが無い強い国を作ります」
レイフォールの唇を噛みしめた顔がなんだか凜々しくて、麗奈は自分の顔が赤くなるのが分かった。
「そ、それなら、わ、わたし達の街に来ない……?」
「街……ですか……?」
思わず口から出た言葉に、麗奈はハッと息を飲んだ。
待って、わたしったらいきなり何を言っているの?
確かにあの街は、ダンジョンコアからわたしが作った街だよ。
でも、魔族の街にしようって、そういうつもりで作り上げた街だったはず。
アッシュにも、そう話をしたよね?
駄目じゃんわたし。思わず口に出ちゃっているし……。
「お心遣いはありがたいですが、私たちがいると再びガンドゥン帝国に狙われることになります。
つい先ほども、帝国軍から救って頂きました。これ以上、ご迷惑を掛けるわけにはいきません。それだけ、我が国の技術は危険なのです……」
「あ、えっと……そ、そうなんだ。でもまだ、次に拠点にする場所が決まっているわけじゃないんだよね?」
「ええ、しばらくは戦車や車を中心に、生活をしないといけませんが……」
レイフォールと話をしていると、王国兵士と話をしていたアッシュが歩み寄ってきた。何だか表情がすぐれない感じがする。
「メナルア様……少し、お願いがあるのですが」
麗奈はレイフォールに軽く断りを入れると、アッシュに振り返った。
「どうしたの、アッシュ?」
「はい。こちらにいるフィレンメール王国の方々を、新しく作った街で受け入れることはできませんか?」
「えっ……?」
アッシュの口から想定外の言葉が出て、麗奈は目を瞬かせた。
「だ……駄目でしょうか?」
「いや、待って。わたしは駄目じゃ無い、むしろわたしもレイフォール王子に同じような話をしていたところなんだよ。
アッシュが魔族の代表だから、意見を聞こうと考えていたんだよ。どっちかといえば、わたしが逆にお願いする方じゃないかな」
麗奈が振り返ってレイフォールの顔を見ると、なんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
そういえば、悪魔族の人たちって発明家気質なんだっけ? だとすると、もしかしたらフィレンメール王国の人たちと相性がいいってことなのかな。
「えっと……改めて、うちの街に来ませんか?」
「はい、よろしくお願いします」
レイフォールは、キラッキラの笑顔で返事をしてくれた。
眩しいよ。惚れちゃいそうだよ……。
全員が車や戦車に乗ったことを確認して、認識阻害してあった道からダンジョンの街に向かってもらった。麗奈は森の端で、車が走り去っていく姿を見送る。
アッシュ達には先にダンジョンで作った街に入って貰って、細かい話をしてもらうように頼んである。
念のため麗奈だけは一人で残って、しばらくの間追っ手が来ないか偵察することにした。飛翔の魔法で、大空高く舞い上がる。
しばらくすると、一台の車がフィレンメール王国のあった方向から走ってきて、麗奈が平らに均した場所の前で止まった。車から降りてきた紺色の軍服姿の人間に、激しい殺意を覚えた。
それでも、歯を食いしばってじっと様子を伺う。
奴らは、平された地面に乗って色々と観察を始めた。
スコップを取りだして地面を掘り出す者、先端に妙な玉が付いた棒を持って手元の板を見ながら歩く者。草が圧縮された場所は、緑色のシミがある程度なので軽く掘り起こしている。
しばらくして、ガンドゥン帝国の部隊が圧縮された場所にさしかかった。スコップが弾かれ、棒の先端に付いている玉が淡く輝くと、慌てて片付け始めた。
「何かに気づいたって、ことなんだよね……?」
百メートル位上空でその様子を見ていた麗奈は、眉間に皺を寄せた。
そのままガンドゥン帝国の兵士は車に乗って、最初に走ってきた方向に戻っていく。それを麗奈は、上空に飛んだまま追いかけることにした。
車は草原を西に走っていき、しばらくすると城壁に囲まれた都市が見えてきたた。
既にガンドゥン帝国に占領された、フィレンメール王国の王都だ。魔素消滅爆弾の影響か、都市のあちらこちらが崩壊している。
車や戦車が開発されているとは言え、原動機は魔石で動いているようで、たくさんの車両が動かなくなったままその場に放置されていた。
その車両を、フィレンメール王国の技術の結晶を、ガンドゥン帝国が横から奪っていこうとしている。
家を荒らし、瓦礫をひっくり返して。放置されている車両も物色し、使える物を全て外している。
非人道的な兵器で命を奪っただけでなく、根こそぎ攫っていくのか。
平和を乱すあいつらは、わたしにとっては悪でしか無い。
「……絶対に許せない」
そのまま旧フィレンメール王国の上空まで移動して、手を下に掲げる。
麗奈の瞳が真っ赤に染まった。
強大な魔力が渦巻き、周りの空気すらも大きく掻き乱す。渦巻く風が麗奈の髪と衣服をはためかせた。
魔力渦は雲を呼び寄せ、あっという間に都市の上空は真っ黒な雲に覆われた。
「大人しく……滅びなさい」
そして、最大威力の重力魔法を、解き放った。
都市が丸ごと円形に沈み込む。潰されて、圧されて、地下深くにまで一気に陥没していく。瞬く間に大地に大きな、真っ黒の穴が口を開けた。
遅れて、黒い雲も麗奈を突き抜けて墜ちていく。びしょ濡れになった麗奈の視線の先で、雲が圧縮されて大きな水の塊になって、速度を上げて大地に墜ちていく。
水は地面を抉り、周りの全てを巻き込んで、土砂となって真っ黒な穴に雪崩れ込んでいく。周りの地形が、一気に変わった。
まさに一瞬の嵐。
思い出したかのように、日差しが地面に差し込んだ。
「はぁ……もういっそのこと、ガンドゥン帝国を潰してこようかな」
ゆっくりと地面に降り立ち、地面に手をつき再び大量の魔力を流し込んだ。
ゴゴゴゴゴという地響きとともに、穴がどんどん小さくなっていく。
再び平らになった地面には、一面に草が芽吹いた。草原にはまるで、そこに何もなかったかのように、綺麗な花が咲き乱れた。
麗奈は大きく息を吐いた。
けっこう無茶な魔法を乱発しているのに、魔力が尽きる気配がない。
ほんとうに化け物みたいだよ、わたし。
でもこれで、レイフォールの仇は討てたと思う。さすがにガンドゥン帝国まで潰しに行ったら、今度は私が侵略者になっちゃうよね。
なんか中途半端で悔しいけれど、取りあえず……帰ろ。
麗奈は魔法で空高く舞い上がると、お城を作った街に向かって飛び立った。
「えっ、まだ戻ってきていない?」
街まで飛んで南門に下り立つと、街に残っていたロイド達四人がギョッとした顔で出迎えてくれた。空から下りてきたのが麗奈だと気付くと、途端に全員が安堵した顔に変わった。
門の脇には無線車が置かれていて、いつでも交信できるようになっている。
「ええ。受け入れ態勢が整って、待っているところなんだ。
二時間くらい前に、出発するという無線連絡は受けているから、一応は大丈夫なはずだよ。こっちは、無線を常に受信できる態勢になっているし、何かあれば連絡が来ると思う」
てことは、わたしの方が先に戻って来ちゃったということか。空を飛ぶと一直線に飛んでくることができるから、いつの間にか追い越していたみたいだ。
「それにしてもびっくりしたわ、メナルア様は空も飛べるのね」
この娘は確か、家を受け入れできるようにしてもらっていた娘だよね。金髪の間から伸びている巻角が、すっごく可愛い。
「さっき飛べるようになったんだよ。アッシュがね、重力に逆らえばいいって、教えてくれたんだよ」
「アッシュは物知りだから、分かる気がするわね」
「待ってレリティア。重力ってことは、うちの母さんが提唱していた理論だぞ? まさか、魔法で操作できるってことなのか?」
ロイドにとっては、魔法と重力を意識して考えることが出来なかったらしい。しばらく、もう二人も交えて五人で話をしていると、遠くの方からエンジンの音が聞こえてきた。
「あ、戻って来たね」
じきに車と戦車が次々に南門をくぐったんだけど、先頭車両を運転していたアッシュの目が驚きに見開かれていたのは面白かった。
隣に乗っていたレイフォールも、何とも言えない苦笑いを浮かべていた。
こうして、麗奈の作った街にたくさんの人が入植した。
途中で大きなトラブルはあったけれど、何とか解決できたから良かったと思う。
しばらく忙しくなりそうだよ。
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