ep19 わたしはまた人間の軍隊と対峙した。激しく激怒した

 麗奈がしいてきた道は、魔法で均してきた道だけあって、アッシュが運転する車もスムーズに走り続けていた。

 フジの山の樹海から続く道筋に麗奈が選んだルートは、地球だと山梨県を通過して長野県の諏訪湖を通るルートだった。その道を逆に走る。

 今は最初の山を越えて、湖の湖畔を車で疾走していた。


「間に合うかな……」

「まだ大丈夫だと思います。連絡が来たと言うことは、まだ車両が健在だという証拠ですから。

 通常、戦争などで交戦した場合に、最初に通信車両が狙われます」

 そうだとしても、この車が走る速度は遅すぎるよ。メーターを覗き込むと、速度の単位は地球と一緒みたいだった。今は時速で五十キロ位は出ている。


「ねえ、もっと早く走れないの?」

「速度はこれが限界です。もともと悪路を走行するための車ですから、いくら道が良くなったからと言って、速く走ることはできないのです。

 道はこの一本しかありません。必ず合流できます」

 ハンドルを握って進む先を睨むアッシュの顔は、真剣そのものだった。

 そうだよね、わたしよりもアッシュのほうが、よっぽど心配しているよね。


 車が走る道はしっかりと固めてあるため、砂埃すら立たない。

 今は右手に大きな湖があって、澄んだ水目一杯湛えられていた。今は西日が反射して、湖面が光り輝いている。もうじき湖畔を抜けて木々が茂る峠道を駆け上がることになる。

 未だジュカイの街から出発した後続部隊が見えてこない。


 急がなきゃ。何か手はないのかな?

 魔法で何とかできればいいんだけど、魔法ってそこまで万能じゃない。

 空間転移なんてできないし、空だって飛べない。

 火を燃やすのも、水を溢れさせたりするのも、魔力を変換して物理現象に変えているだけ。地面を平して固めたのも、やっぱり魔力で地面に干渉してるの。

 あくまでも物理現象を超えることができない。


 でも、本当にそうなのかな。

 物理現象の枠から超えることができないのかな。

 やっぱり、空を飛びたい。

 でもどうやって空を飛べばいいんだろう……?


「ねえ、アッシュ? どうやって空を飛べばいいと思う?」

「何ですか、いきなり。私達が空を飛ぶことはでは来ませんよ」

「じゃあさ、どうして鳥は空を飛べるのかな」

 アッシュは一瞬怪訝そうな顔を麗奈に向けて、再び前方に視線を戻した。


「そういうのは、本当はソレイユが詳しいのですが」

「ソレイユ? その娘は今わたしたちと一緒にいるのかな?」

「いいえ。ソレイユは、後続部隊の通信車両にいる通信手です。ロイドの母親なんですけどね。五百歳は越えていたはずです。

 鳥については私の見解で良ければ、お話ししますよ」

「うん、お願い」

 峠を越えて道は下り坂になる。ここからは、ひたすら緩やかに下っていきながら、甲府盆地まで一直線に駆け抜ける。

 心なしか、車が走る速度が上がった気がする。


「単純に鳥は、体を軽くしているだけだと思います。体を小さくして、骨を細く軽くかつ丈夫な構造にし、筋肉を飛ぶことのみに最大限使う。

 そうすることによって初めて、重力に逆らって空を飛ぶことができるのです」

「そっか、重力に逆らえば空が飛べるんだね」

「……何でそうなるのですか」

 アッシュと話をしていたら、少しだけ落ち着いた。

 まだ、見える範囲で争いあっている様子もない。下り坂で見えないんだから、もっと先で戦っているんだと思う。


 でもそうか、重力があるからそもそも飛べないんだよね。だったら、魔法で重力を制御しちゃえばいいんだ。

 重力がわたしを引っ張る力だとして、魔法でその反対に向けて体全体を引っ張ってあげればいいんだ。何となく、体が軽くなった気がするよ。


 気が付けば、麗奈の体はふわふわと浮いていた。アッシュの少しのハンドル操作だけで、座っているはずなのに体が左右に持って行かれる。

 うん、できた。

 重力操作を下に向けると、麗奈の体がぐっとシートに沈んだ。車体も少し、左な傾く。いいね、いいね。


「な、なんですかこれは? 車が急に重くなりました……。

 あっ、メナルア様っ! 走行中に窓から出て行くのは危な――」

 シートベルトを外して、窓を全開に開けて、麗奈はそのまま車の窓から身を乗り出した。

 アッシュが後ろで叫んでいる。

 そのまま、空に向けて落ちていく。両手を広げて、大空に舞い上がった。


 風が髪をはためかせ、体全体で空を飛んでいく。

 森が、山が、どんどん下に落ちていく。地球で南アルプスって呼んでいた山の山頂が、すぐ横に見える。遠くに、フジの山が見えた。

 すごい。すっごいよ。

 わたしちゃんと自由に空を飛んでいる。

 自分の思い通りに、好きな方に落ちていける。やっぱり魔法って凄い。イメージして、自分ができると思ったら絶対にできるんだ。


 地上の方を見ると、さっき窓から飛び出した車が止まっていた。アッシュが車から降りて空を見上げているのが見える。

 麗奈が飛び降りたからか、急ブレーキをかけたんだと思う。後続の車に乗っていた五人もみんな車から降りて、驚いた顔で空を見上げていた。

 重力を細かく制御しながら、今度はアッシュが乗っている車まで一気に落下する。体に当たる風が強くなったので、ついでに風の魔法で空気の流れを操作して、操作性を向上させた。そして体にかかる抵抗を最小限にして、空を見上げていたアッシュの前にゆっくりと降り立った。


「なな、ななな……なっ、ななん……」

「ありがとうアッシュ。空が飛べるようになったよ」

 全員が麗奈の周りに集まってきた。全員が信じられない物を見たような顔をしている。

 なんだろう、空を飛んだだけなのに?


「なな、なんでメナルア様は、空を……飛んでいるのです……か?」

「え、だってアッシュがさっき重力に逆らえば、魔法で空が飛べるって言ったじゃん?」

「言っていません! そもそも、魔法で空は飛べませんから!」

「でも飛べたよ? 見てたよね」

「た、確かにっ……そうですよ。何でメナルア様は空を飛べるのですか」

「だから、重力に逆らっただけだよ?」

 あっけらかんとした麗奈の答えに、アッシュは大きなため息をついた。


「いいですか、魔法で空を飛ぶことができないのは、この世界では常識なのです。

 人間達が滑空する鳥を研究して、最近やっと大きな翼を模した機体で空を飛び始めたと聞いています。ただそれも、制空権がある鳥型の魔獣によって、ことごとく墜とされているようです。

 重力の概念すら、五十年前にソレイユが提唱し、世界に広まった物ですよ?」

「へえ、そうなんだ」

 アッシュががっくりと肩を落とした。麗奈に何を言っても無駄だと気が付いたようだ。

 仲間を促して、それぞれ車に乗るように指示した。


「メナルア様は……」

「もちろん、空を飛んでいく。急がなきゃだし」

「分かりました、現場で合流しましょう」

 それだけ確認すると、車は麗奈の前から走り去っていった。


「さあ、いくよ――」

 そして麗奈は、再び大空に飛び立った。




「あそこね。でもなんで、人間に守られているの?」

 麗奈の作った道は、できるだけ地球の地図に載っているような道を思い起こして、可能な限りまっすぐに進めるように作った。

 その際に、どうしても広く開けた草原を抜けていく必要があった。その草原に関しては、さすがに認識阻害をかけるのも難しかったため、最小限の隠蔽にとどめてあった。


 その最初の出口、森を出たすぐの場所にバスが横転していた。

 そのバスをまるで守るかのように、武装した人間達が、向かってくる軍隊に対峙していた。その人間達の前には、まるで壁にするかのように地球の戦車に似た車両が並べられている。


 麗奈は、上空からゆっくりとその二陣営を観察してみた。目に魔力を込めて、遠くを見渡してみる。

 まず、横転しているバスは、ジュカイの街から出発したバスに間違いなかった。バスの陰、遠くに展開している軍隊からの攻撃が当たらない位置で、体を欠損した魔族が、人間達に治療を受けていた。

 横転したことで怪我人が出たのだろう、添え木をあて、包帯を巻かれているエルフや、頭部に包帯を巻かれてぐったりと横になったままの鬼人が居る。怪我人を見ている人間達は、みんな服装がバラバラだった。


 壁になっている戦車の中には、ジュカイの街から出発した車両も横向きに止まっているのが見える。そういえば、車両の裏にいる人間達の中に、悪魔族の男女が人間達に混じっている。


「人間とは、敵対していたんじゃなかったのかな?」

 首を傾げながら、今度は敵対している軍隊に視界をズームして、戦慄が走った。

 一気に鳥肌が立ち、髪の毛も逆立った。


 あいつら、なんでこんな所まで来ているのっ!


 麗奈の視界に入ったのはあの日、麗奈が訪れた街を襲った奴らと同じ、紺色の軍服を着た部隊だった。

 忘れもしない。わたしはあいつらに殺された。絶対に忘れるもんか。

 何であいつらは、ここまで侵略してきているのか。


 アッシュに地図を見せて貰って、何となく地理的な物は把握していた。

 私がいたのは、関東平野の北西側。あいつらがここにいるということは、恐らく関東平野一円を征服し、わざわざ山を越えて甲府盆地まできたと言うこと。


 ジュカイの街から道を作っている時、この甲府盆地には東側と西側に人間の国があることを把握していた。二つの国は互いに協力し、平和的な関係を築いているとアッシュから説明を受けた。

 ちょうど中間地点でもあるこの場所は、ゴブリンなどの低級な魔獣の生息地域だった。冒険者が稀に魔獣の討伐に来る程度の、寂れた平原だ。

 だから、この場所に道を作った。


 奴らがここにいると言うことは、東の国は征服されたか、もしくは既に滅ぼされているか……。




 気が付けば麗奈は、紺色の軍服を着た軍隊の真ん前に降り立っていた。


 号令が飛び、麗奈に向けて一斉に銃が掃射される。数千発の鉛の弾が、麗奈に向かって高速で飛んでくる。

 それを、一回手を振り払うだけで全て地面に落とした。


 歯を、強く食いしばった。売られた喧嘩は買うよ。容赦はしない。


 お前達だけは、絶対に許さない。

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