ep17 わたしは魔族のために新しい街を作った。やりすぎた

「ここは……完全に空白地帯、なんですね」

 富士山の麓は危ない。

 もし地殻が揺れ動いたら、あの山が噴火するよね……そう麗奈が呟くと、悪魔族のみんなの動きが固まった。


 麗奈が知っている歴史でも、周期的に富士山は噴火していたと思う。富士山は休火山であって、死火山じゃない。だから、このままここに留まっていたら、いずれ魔族は本当の意味で絶滅してしまう。


「メルフェレアーナ・メナルア様、あの平原一帯を魔力走査しましたが魔獣以外には生体反応はありません」

「待って、フルネームじやなくて苗字だけでいいから」

 悪魔族の男性――名前はロイドって言ってたかな――が、飛ばしていた機器から回収したデータを見て、そう結論づけた。さすがに、ドローンまで開発されているとは思わなかった。魔石で動く車もあるくらいだし、不思議ではないんだけど何かもやもやする。


 今は、悪魔族の一団と一緒に小高い山の頂上に来ていた。

 目の前には四方を高い山に囲まれた、広大な平野が広がっていた。地形的には、盆地に該当したと思う。


「わたしの世界だと松本平って言って、けっこうな都市があって栄えていたんだよ。でもこっちは魔獣があちらこちらに棲息域を広げているから、もしかしたら誰も住んでいないかなと思ったけれど……アタリだったね」

「ここに……新しい拠点を作るのですか……?」

 アッシュが麗奈の顔をまじまじと見つめてくる。


「当然作るよ。そのためにわざわざメナルア邸のダンジョンコアを確保してきたんだから。派手にやっちゃうよ」

「失礼ですが、メナルア様。今から街を作るとなると、さすがに全員を移住させられるだけの規模が作れないのではないですか?

 私としては遺跡などを再利用するのではと思っていたのですが……。

 すでにあちらからは、出発したという連絡は受けています」

「今でも人跡未踏なんだよ。遺跡なんてあるわけないじゃない」

 訝るアッシュ達を引き連れて、麗奈は松本平の中心地に向けて、魔法で整地しながら進んでいった。基本は車で移動するんだけど、土魔法の整地は地面に手を当てて、視認さえしていれば効果範囲がもの凄く広いから助かる。

 あっという間に、平坦に固められた道ができあがっていく。


 後続のみんなは、麗奈の敷いた道を車で走ってくると思う。所々魔術で隠蔽してきたから、ジュカイの街にあった車じゃないと通れないようにはしてある。

 安全には気を使ってきたつもりだよ。




「さてそれじゃあ、ここにお城を作るよ」

「いや、待ってください。何をなさるおつもりですか?」

 相変わらずアッシュがうるさいけれど、後続の一団が来る前に大方終わらせちゃいたいから、放っておこう。


 念のため、もう一度ロイドに付近を魔力走査をお願いした。やっぱり周りには森以外には何もないみたいだったので、さっそく作業を始めることにする。

 まず地面に手を当て、目の前に半地下の部屋を作り出す。土が少しだけ盛り上がってドーム状の空間ができた。


 階段を下りて、全員にその半地下の空間に入って貰った。

 中央に作った台座に、車から運んできたダンジョンコアを乗せて貰う。麗奈がメルフェレアーナと出会ったときにはただの結界で、確かゴルフボールほどの大きさしかなかった。それが麗奈が魔力を注いでいるうちに、何だか無駄に育って大きめのスイカ位になっていた。


「しかし、このダンジョンコアは規格外の大きさですね。帝都が管理しているダンジョンに潜ったことがありますが、そこの高難易度ダンジョンですら拳大程度の大きさでしたよ」

「ええっ、アッシュ君はそんなに強いの?」

「私だけでなく、悪魔族は人間の百倍ほどの能力を持っていますよ。単純に強さだけならば、幻の竜人族の次くらいはあります。

 ただ、そんな私たちでも、人間達が作る戦略兵器には到底敵いません。奴らは力が無いのを技術で補いますから」

「人間はどうやっても、やっぱり人間なんだね」

「……何ですか、その宙に浮いたような感想は……」


 ここに入る前に念のため、みんなで乗ってきた車の周りに、魔術で結界を施しておいた。さすがに車がダンジョンに飲み込まれるのは本意じゃないしね。


 まずは、城と城壁を作ろう。ダンジョンコアに手を触れて目を瞑った。

 魔力を流し込みながら、ダンジョンコアから地下深くに感覚を伸ばした。真下に希少鉱石を含んだ岩体を発見したので、土と入れ替えながら地表まで持ち上げる。


「なっ、なんだ? 地面が揺れていますよ? メナルア様ですね、さすがメルフェレアーナの名を継ぐだけのことはあります」

 アッシュが相変わらずうるさい。

 最初会ったときは物静かな青年だと思っていたんだけど、何だか慣れてきたらやたらうるさいことが分かった。好奇心旺盛で行動力も高くて、普段はすごく頼りになるんだけれど、けっこう抑えていた部分もあったのかな。何でもかんでも聞いてきて、最近は面倒くさいとか思っている。

 作業に戻らなきゃ。


 脳内のイメージで、岩体を地表に出してそのまま一気に城を立ち上げる。イメージはおとぎ話のシンデレラ城。これだけは譲れない。地上に立ち上げたと同時に、地下にも逆さまの城を作り出した。

 さすがにこうしないと、地下にぽっかりと空間ができてしまう。当然ながら、城はダンジョンになっている。

 ただこのままだと、時間遅延の影響がそのまま出てしまうので、表の城の入って左側、ちょうどメルフェレアーナと過ごした家と同じくらいの空間を、時間遅延専用の部屋として隔離した。


 さあさあ、次々に改造していくよ。


 一つの国を作ろうと思っているから、今作った城の周りに色々な施設が必要になるはず。だからお城の周りには、かなりの空間を空けておく。

 けっこう離れた場所に城壁を立ち上げて、深い堀を作る。ちょうど周りに二本の川があるからそれを繋げて水を満たした。


 ちなみに、麗奈の周りはアッシュだけじゃなくて、他の悪魔の男女達も騒ぎ始めた。あのさ、作業の邪魔しないで欲しいんだけど。

「なんだ、いきなり暗くなったぞ。閉じ込められたか?」

「うわ、いきなり壁が明るくなったわ」

 お城が立ち上がるときに、一緒に中に取り込んだから暗くなっただけだよ。明るくなったのはダンジョン化したからなんだよね。

「ああっ、遠くから地鳴りが聞こえるわ。何が起きているのかしら、もしかして敵襲?」

「轟々何かが唸っているぞ。嵐でも来たのか」

 城壁を立ち上げているだけだよ。堀に水を流せば、半分地面の中だから聞こえるよね。

 ほんと、やること説明したはずなんだから、いちいち反応しないで欲しいな。けっこう気が散る。落ち着け、おちつけわたし。


 城周り終わったから、あとは家と国壁の立ち上げだよ。

 幸い街を作る予定のエリアには木が山ほど生えているし、少し深く掘れば岩が一杯ある。これなら、景観と耐震の両方を両立した洋風の街並みが作れるね。ヨーロッパの白壁の街並みを再現するのだ。


 川が城から北方向に流れているから、北側一帯は穀倉地にしよう。城から南には二十万人くらいが暮らせるように、先に区画を区切って全て二階建ての建物を作っていくとあとで楽だよね。

 それからそれを全て囲うように、十メートルの国壁を立ち上げることにする。門は東西南北の四カ所に設置。その国壁からドーム状に強力なバリアを張ることも忘れない。


 イメージを全て、ダンジョンコアに流し込むと、さっきよりも激しい揺れが部屋を襲った。全員が尻餅をつく中、十分ほどそのまま揺れ続けて、唐突に静かになった。


「よし、おわった。さすがに疲れたよ……」

 目を開けた麗奈は、大きく息を吐いた。

「あ、いけないいけない」

 もう一度ダンジョンコアに手を当てて、城、城壁、国壁以外の土地について、ダンジョンの管理権限を解除した。これで、畑を耕したり、家の増改築ができると思う。

 メナルア邸がダンジョン化したときに一番困ったのが、地面までがダンジョン壁扱いになったことで、穴が掘れなくなったことだった。最初は何が起きたのか分からなくて、いきなり固くなった地面に八つ当たりをしていたのは、今となってはいい思い出……。


「みんな、できたよ」

 麗奈が振り返ると、アッシュも含めて全員が固まって震えていた。確かに最後のは、震度に換算すると六弱くらいはあったからね。日本と一緒でここが地震が多いとはいえ、あんなに長時間揺れることはないもんね。


「あ……あの……メナルア様。もう、大丈夫なのですか……?」

「うん、みんなこの部屋から出るよ」

 階段を上がり、上開きの扉を開けた先はお城のエントランスだった。弧を描いた階段に、最新式のエレベーター。天井からは、煌びやかなシャンデリアが吊されている。

 全員がダンジョンコアルームから出て跳ね上げ式の扉を閉めると、扉の上に大きな石がずれ動いてきた。石には、入り口に向けて城内の案内図が描かれている。


「メナルア様……ここは……?」

「お城の中かな。せっかくだから、魔族のみんなで住める大きな国にしようと思ったのよ。だからそのシンボル兼、国の中枢兼、わたしのお家かな?」

「はっ? 国……ですか? 拠点と聞いていましたから、村程度の規模を想定していたのですが……」

「それじゃ、未来がないじゃないの。せっかく新しく作るんだから、最初からたくさんの魔族が暮らせるようにしなきゃ。

 さあ、みんな来て。エレベーターで展望室まで行くよ」


 城の奥にある一般向けエレベーターにみんなを乗せて、最上階の展望室まで一気に上る。

 そしてアッシュたち悪魔族は、目の前の光景に絶句することになった。


 来たときに一面に深い森だった場所は、高い壁に囲まれた綺麗な街並みに変わっていた。

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