ep14 わたしは理不尽な軍隊と戦った。虚しかった

 暗闇の中、麗奈は目が覚めた。

 うっすらとドアの隙間から光が漏れている。どうやらあのまま、寝てしまったらしい。ゆっくりと起き上がると、体全体が痛かった。

 どうやら、筋肉痛になっているようだった。

 気付かないうちに、緊張して体に力が入っていたんだと思う。


 ゆっくりとドアの鍵を開けて、少しだけ開けたドアの隙間から外を見てみた。特に何も気配を感じなかったので、そっとドアを閉めて鍵をかけた。

 魔法で光の玉を作って浮かばせる。


「外、どうなってるのかな。昨日の感じだと、隣の国の軍隊が進軍してきた感じだけど……」

 とりあえずまた、ハムとチーズを食べた。オレンジを囓りながら、そろそろご飯かパンが食べたくなってきた。

 さすがに、この倉庫には保存が利くものしか置いていないようで、漁った結果追加で出てきたものは、塩だけだった。


 丈夫な麻袋を見つけたので、中にハムとチーズを入るだけ入れた。それを一旦ベッドの脇に置いて、あらためて部屋を見回してみた。

 床には他に、ベッドや机、椅子などの備品が置かれているだけだった。天井を見上げたときに、そこに跳ね上げ式の扉があった。

 あそこから外に出れば、周りの様子が分かるのかな?


 階段が途中までしかなかったので、机と椅子を積み上げて足りない高さを補った。周りを見回しても梯子がないので、屋上に上がるときはよそから梯子を持って来るんだと思う。

 机と椅子を上って、梯子に手足を掛けながら慎重に扉を押した。


「うわっ、きゃああぁぁ――」

 やけに重いと思いながら押し上げていたら、隙間が出来た途端に大量水が流れ込んできた。慌てた麗奈は階段から手を離してしまい、椅子と机を巻き込んで床まで落っこちていた。

 体をあちこち打って、しばらく痛みに悶えた。


「誰よ、あんな所に水をためたのは……わたしか」

 床に置いてあった麻袋が濡れそうだったので、慌ててベッドに乗せた。

 再び机と椅子を組み上げて、梯子にしっかりとしがみつきながら、跳ね上げ扉を開けた。流れてくる大量の水に耐えていると、やがて屋上の水がなくなった。

 ゆっくりと扉を全開にし、そっと頭を出した。


 普通の屋上だった。

 所々水たまりがあるものの、防水処理が施されていた。見れば、排水溝に瓦礫とゴミが詰まっていた。そして……。


『動くな、死にたくなければ大人しく両手を頭の裏に持っていくことだ』

 いつの間にか、多数の軍服を着た奴らに取り囲まれていた。


 思わず麗奈は動きを止めた。

 何で分かったんだろう。ここは三階の上にある屋上だよ?

 水が流れた以外は、慎重に行動していたはずなのに。


 そのまま目だけで辺りを伺う。

 声を発した兵士は、たぶんわたしの後ろにいると思う。

 軍服の色は紺色。昨日街で案内してくれた女性兵士が橙色の軍服だったから、この兵士達はお隣の国の兵士に違いない。


「貴様、勝手な真似をするなよ。そこから出てきて、早く両手を上げろ」

 なお、声を張り上げて威嚇してくる。

 なんか、無性に腹が立つ。誰がお前達の言うことなんか聞くもんか。


 奴らのお望み通り、ゆっくりと上体を穴から出していく。

 兵士達は、銃口を麗奈の方に向けていた。そっか、この時代には普通に銃器が開発されているのか。

 人間には魔力が無いから、魔法世界であっても当然科学技術も発達していくよね。動力源は、火薬じゃなくて魔石の可能性もあるけれど、結局人殺しの道具を生み出すことしか出来ないんだ。


 麗奈は歯を噛みしめた。

 やっぱりこいつら駄目だ。何故わざわざ侵略するんだ。


 ここに来たとき、すごく綺麗な都市だった。街の外には魔獣がいるから、高い壁を築いて平和な街を作ったんだよね。

 非常事態だったらしく、町には人がほとんどいなかった。でもわたしが話をした人たちは、みんな親切で明るかった。

 確かに、人間が争い合うのはどこの世界でも変わらないかもしれない。

 だけど、なにもここまで街を破壊し尽くす事は無かったんじゃないのかな?

 話し合いで解決する道はなかったのかな?


 わかった。こいつらは悪だ。

 わたしは、ここにいる異世界の奴らを赦さない。絶対にだ。



 麗奈はゆっくりと立ち上がって、両手を上に掲げながら――魔法を発動させた。

 数千の雷が、辺り一帯を蹂躙する。


「なっ、魔族か――」

 兵士の驚愕する声が聞こえたけど、一瞬でかき消えた。

 一発だけ、轟音とともに迸った雷が、麗奈の周りにいた兵士を一気に炭化させた。肉の焦げた匂いが辺りに漂う。

 建物の周りに山になって積み上がっていた瓦礫が、雷の直撃で爆発して辺りに吹き飛んだ。


 パラパラと石が落ちる音を最後に、辺りが静寂に包まれた。


『敵襲だ! 全隊ユハ地区のレイ二七三番地に直ちに合流せよ!』

 拡声器の音が辺りに響き渡る。

 麗奈がいる建物に向かって、多久さんの足音が近づいてくるのが分かる。


 思わずため息が漏れた。

 上に上げていた両手を下ろしながら周りを見ると、炭化した兵士達が風でボロボロに崩れていくところだった。いや、雷の威力すごすぎ。

 見れば、麗奈に向けていた銃器でさえ、暴発したのかバラバラになっていた。


 麗奈は建物の縁まで歩いていって、片足を乗せた。

 下を覗き込むと、あちらこちらから紺色の軍服を着た兵士が、手に銃を構えながら駆けてくるところだった。


 パシュン――。


 兵士の撃った弾丸が、麗奈の頬をかすめていく。


「痛っいわね。いきなり撃ってくるんじゃないわよっ!」

 右手を前に突き出し、炎の玉を数千一斉に掃射する。打ち出した炎の段幕と、銃器から打ち出された弾が衝突してあちこちで大爆発を起こす。


「まだよ、その程度じゃ終わらないわよ!」

 麗奈の体全体が、魔法の発動体と化した。

 頭の毛が逆立ち、雷が四方八方に迸る。右手からは炎の弾幕が止め処なく打ち出され、左手からは鋭く尖った氷の礫が吹雪のごとく吹き下ろす。

 目からは視認したものに向けて光線が照射され、口から吐き出される息は鎌鼬となって全てを切り刻んでいった。


 暴力的なまでの魔法の嵐は、瓦礫すらも粉砕し、瞬く間に辺り一面を焦土に変えた。

 そして再び、辺りが静まりかえった。


 麗奈は魔法を解いて、大きく息を吐いた。

 見た限り、十キロくらい先まで完全に破壊し尽くした。さすがにやり過ぎたかもしれない。しかし、後悔はしていない。

 唯一残っているのは、麗奈が立っている三階建ての建物だけだった。


 同時に、自分の持っている魔力に戦慄した。

 これじゃまるで、歩く戦略兵器じゃない。自分で破壊しておいて、自分が怖くなった。実際、魔力は大して減っていない感じだ。

 これが、人間達が恐れていた魔法の力。


 いま、目の前の光景を見れば、その力がいかに恐ろしいものなのかが分かる。

 でもそれにしたって、栄えていた都市を侵略していい理由にはならない。

 だってここは、同じ人間のま――。


 パシュン――。


「えっ……?」

 胸元に強烈な痛みを感じて、思わず麗奈は自分の胸元を見た。

 打ち抜かれていた。心臓が貫かれていた。

「かはっ……」

 呼気とともに口から血が吹き出た。

 さらに後ろから発射された弾丸が、麗奈の体を突き抜けていく。


「なん……で……」

 思わず膝をつき、必死の思いで後ろを振り返ると、三階から上ってきた穴から紺色の軍服姿をした兵士が、麗奈に銃口を向けていた。

 そして、頭を打ち抜かれた。


 薄れ行く意識の中、兵士の驚愕に見開かれた目がとても印象的だった。




 蘇りの呪いは、麗奈を解放してはくれなかった。

 月と星の石で横たわった麗奈は、見慣れた青空を視界に入れていた。


「また……生き返っちゃった……」

 蘇る度に体の能力が向上しているのが分かる。

 首を横に向けると、そこは焦土のまっただ中だった。視界の先に麗奈が戦った三階建ての建物が見える。


 あまり遠くに移動していなかったらしい。

 思わず自虐の笑みが漏れた。

 ここからだいぶ離れたつもりだったんだけどな。


 ゆっくりと起き上がったところで、麗奈の動きが止まった。


「お迎えに上がりました、メナルア様」

 十人ほどの男女が、整列して麗奈の前に片膝をついて跪いていた。

 その全てが、側頭に立派な巻角を生やしている。人間ではないみたい。どちらかというと悪魔?

 その悪魔達の先頭に立っていた男が、顔を上げて麗奈をじっと見つめていた。


「えと……あなたたちは……敵?」

「メルフェレアーナ・メナルア様より言付かっております。

 月と星の石に蘇りし者に、付き従うように。必ず世界に平和をもたらしてくれる、と」

「は? 待って、わたしはそんな大層な存在じゃないよ?」

「いえ。光を纏って蘇るのを、しっかりと見ていました。

 さあ、その足元の神器を手にお取りください。想う形に変化するはずです」


 麗奈は言われるままに、月と星の石に手を置く。

 想う形って言われても……箒と鞄とかでもいいのかな?


 正直、このときのイメージに後悔することになる。

 月と星の石は、麗奈の思考に呼応して淡く輝き出す。ゆっくりと形が整っていき、麗奈の前に箒と背負い鞄が現れた。

 たぶん、普通は剣と盾とかなんだよね?

 おずおずと二つを手にとって、ゆっくりと立ち上がった。


「えと……」

「……」

 何とも言えない空気が、辺りを支配していた。

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