ep13 わたしは焼け野原に蘇った。激しく動揺した

 そしてまた、わたしは蘇った。


 視界が全て焼けただれていた。

 建っていた高層ビルが全て崩れ落ちている。街のあちらこちらが燃えていて、真っ黒な煙が空に向けて立ち上っていた。

 麗奈は瓦礫の中の空白地帯、いつもの月と星の石に寝転がっていた。


 起き上がって周りを見回した。

 また一時間くらい経ったのだろうか。目を凝らすと、崩れた瓦礫の隙間に真っ黒く焼けただれた塊が見えた。それが人間だったものに気づき、慌てて目を逸らす。

 よく見れば、建物が灼熱している様にも見える。何となく、体が熱い。


 もしかして、もう隣の国が攻撃を仕掛けてきたのかな。

 話を聞いたのが、ちょっと前。口ぶりからすれば数日のうちに開戦だと思っていたのに。

 この壊れ方って、もしかして爆弾?


 色々考えながら、麗奈は一歩足を踏み出した。

 月と星の石から出た途端に、全身が沸騰するような感覚に襲われた。体に全く力が入らなくなって、歩き始めた勢いのまま瓦礫に頭から突っ込んだ。

 自分の身に何が起きたのか、全く理解が追いつかなかった。


「ああ……あああああぁぁ――」

 声がかすれる。全身が沸騰するように熱くなる。ギリギリ視界に映った自分の手が、真っ赤に腫れ上がって燃え始めたのが分かった。じきに強烈な痛みとともに視界が失われた。

 ああ、わたしいま全身が燃え上がったんだ……。

 再び麗奈は意識を飛ばした。




 これは正真正銘の呪いだと思う。

 麗奈はまた、蘇った。


 月と星の石に膝を抱えて座りながら、呆然と周りを眺めていた。

 あれからまた時間が経ったのか、既に辺りは夕暮れに染まっている。蘇る前に見えていた黒煙は、白煙にまで落ち着いていた。

 それでも、周りから伝わってくる熱は、それ程変わっていない気がする。


 麗奈の服は全てが焼けてしまったからか、今は水色のワンピース姿になっていた。足にも水色のスニーカーを履いている。

 ある程度の服が残っていると、そのまま再生されて蘇るらしいことがわかった。恐らく今回は、何も残らずに焼け尽きたんだと思う。


 麗奈の視線の先には、メルフェレアーナと一緒に稼いだ硬貨が、無造作に地面に散らばっていた。

 もしかしたら、最初にあの光に包まれた時点で、全て焼け尽きていたのかもしれない。何となく、金属だけは影響しなかったのか。よく見ると、貨幣の下に麗奈の身分証明書のカードが落ちている。


「雨でも降れば、周りが冷めるのかな?」

 ふと呟いて、そのまま上に手をかざした。


 雨。降らせてみようか。


 魔力をごっそり使う。

 麗奈の手の平から膨大な量の水が、上空に向けて放たれた。高高度まで打ち上げた水を、風の力で攪拌させて雨粒くらいの大きさまで分裂させて、一気に広範囲に広げた。

 魔法操作を切断させる。水が重力に引き寄せられて、次々に落ちてくる。


 そして、雨が降り始めた。

 特に量を考えずに打ち上げたため、降り始めた雨はもの凄い土砂降りになった。夕焼けの光が雨に遮られ、一気に辺りが暗くなる。

 地面に辿り着いた水は、瞬く間に濁流になって、軽い瓦礫を攫って流れていく。


 麗奈も流されそうになって、慌てて瓦礫の高い場所に駆け上がった。


「うわ……やりすぎた……」

 下着までずぶ濡れになりながら、麗奈は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 月と星の石も、麗奈の見ている前で濁流に呑み込まれていく。


 雨は時間にして、二十分くらい降っただろうか、打ち上げた水が全て終わって突然雨が止んだ。夕焼けの明るさが再び戻ってきた。

 辺りを流れていた水も、所々に水たまりを残して一気に引いていった。


「あれ? いつの間にか、月と星の石から外に出ても大丈夫になったんだ」

 しばらく瓦礫でぼーっとしていた麗奈は、体が焼けないことに気がついた。体を焼く何かが、雨と一緒に流れたのかもしれない。


 足元に気をつけながら瓦礫の山を下りると、不思議なことに月と星の石だけは再び綺麗に露出していた。

 わたしの復活ポイント。

 忌々しいけれど、これの呪いがあるからわたしは何度でもやり直すことが出来る。

 でも逆に、この街の人たちって、命が失われたらそのまま亡くなってしまう。




 建物も人もいなくなって、特に行く宛がなくなった麗奈は、ゆっくりと瓦礫の街を歩いていた。自分が起こした雨の濁流で、貨幣も身分証明書もどこかへ流れていった。

 結局、体一つしか残らなかった。


 元々大通りだった場所を渡っているときに、ふと見たことがあるようなトラックが目にとまった。特に特徴があるトラックじゃなかったけれど、何故か気になったので近づいていった。


「うっ……嘘……」

 思わず麗奈は、膝をついていた。

 車内には、黒焦げになった人の塊が二体、物言わず佇んでいた。光は中の人間だけ灼いたのだろう、濁流で瓦礫に斜めに打ち上げられたトラックは、幾つか凹みはあるものの割合綺麗なままだった。


 これってもしかして、誰も生き残っていないってこと?

 女性兵士の話だと、地下シェルターとかに避難している人がいたはず。

 その避難シェルターすら透過して、焼き切った可能性があるってこと?


 最悪な状況が頭をよぎる。

 あの爆発の仕組みがはっきりとは分からないけれど、少なくともエネルギーは物質を透過している。

 ただ、建物が崩れ落ちた理屈は、それだけでは到底理解できなかった。


 立ち上がった麗奈は、再び歩き始めた。



 やがて、辺りが暗くなって、街だった場所は暗闇に沈んだ。


 歩いてみて分かったことは、大きく崩れていたのは高層ビルだけだった。三階建てくらいの昔ながらのビルには、一切影響がなかったようだ。麗奈はその無事だったビルの三階まで上がって、ドアが空いていた部屋に入った。

 そこは倉庫だったようで、使われていないベッドや、食料品の入った箱などが置かれていた。


 ちなみに他の部屋は、鍵がかかっていた部屋がほとんどだった。

 稀に鍵が開いている部屋も、中には黒焦げになった遺体と、その周りに焼け焦げた家具があるだけだった。さすがにそんに部屋にいつまでもいられるほど、麗奈の心は強くなっていなかった。


 部屋の鍵を中から閉めて、魔法で光の玉を浮かばせた。窓のない倉庫は、万が一光が外に漏れる恐れが少なかった。

 立てかけてあったベッドを倒して、念のため部屋全体に浄化の魔法をかけた。たぶん気休めだと思う。浄化の魔法は、使った人が汚れを認識していないと、落とすことが出来ない。


 食料品の箱には、保存食が入っていた。幾つか箱があって、ハムやチーズ、オレンジなどが入っていた。

 麗奈のお腹クーッと鳴った。


「毒……さすがにないよね。一応、浄化――」

 ハムの包みを開けて齧り付こうとして、麗奈は手を止めた。エルフの村で毒を受けたことを思い出していた。

 浄化を使うと、麗奈の手の中でハムの包みが一瞬光っただけだった。どうやら付いていた埃が落ちただけのようだ。


 考えてみたら、朝から何も食べていなかった。

 口の中に入れたハムは、ちょっとしょっぱかったけど、すごく美味しかった。その勢いで、チーズを囓り、オレンジも皮をむいて食べた。

 ちょっと喉が渇いて、近くにあった瓶を開けたらフルーツのいい香りがした。勢いで飲んだら、お酒だったようで盛大にむせた。


 ひとしきり笑った後、麗奈は大きなため息をついた。


 メルフェレアーナとの思い出の家から出たら、既に千五百年経っていた。街に来て、栄えた都市を見て、すごく平和だと思って内心喜んでいた。

 それが、あっという間に覆された。

 私の知らない千五百年の間に、何度も文明の栄えては滅びての繰り返しをしてきたのかもしれない。相変わらず、次元が違っても人間のやることは一緒なんだね。



 ふと、背中に何か冷たい物が走って、慌てて明かりの魔法を消した。部屋が真っ暗闇になる。

 コツンコツンと、誰かが廊下を歩く音が聞こえる。

 麗奈は嫌な予感がして、慌ててベッドの下に隠れた。息を潜めて、じっとドアの方を見据えた。ドアの下から、うっすらと明かりが漏れてくる。


 ガンッガンッ――。


 ドアの側まで来た誰かがノブを回して開かなかったからか、ドアを蹴り始めた。鉄製のドアはその程度では開かないようで、しばらくしたら静かになった。

 そう言えば他の部屋は、確か扉が木製だったっけ。


『この部屋から明かりが漏れていた気がしたが、気のせいだったのか?』

 外から話し声が聞こえてきた。

『魔光子爆弾が炸裂したのよ。さすがにこの街に生きている人なんていないわよ』

『だよなあ、さっき光っていたように見えたのは俺の見間違いか。魔光子の影響は五時間で消えるらしいけど、まだ残っていたのかな?』

 男と女の二人組のようだ。話からすると、隣の国の軍関係者なのかもしれない。

 話に出た魔光子爆弾が、あの全てを焼き尽くした光の正体なのかもしれない。


『残っていたとして、時間が経っているから目がチカチカする程度よ』

『確かに、そんな感じだった。しかし全部屋制覇はできなかったな』

『この部屋が開かなかった程度、進軍には問題ないでしょう』

『ああ、そうだな。金目のものは回収できたし、本隊に戻るとするか』

 それを最後に足音は遠ざかっていった。


 麗奈は静かにそっと、ベッドの上に上がった。

 そのままシーツに包まる。そのまま、すっと眠りに落ちていった。

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