ep12 わたしはその都市の規模に目を見張った。栄えすぎだ

 トラックの荷台に揺られながら、かつての都市遺構を後にした。都市遺構を抜けると、じきに荒野にさしかかった。

 荒野の真ん中に、一本アスファルトの道路が走っている様は、何だか滑稽に見えた。確かアメリカとかの映画でこんな道が映っていた気がする。


 太陽はちょうど真上に昇っている。たぶん街に着く頃には、お昼になるんじゃないかと思う。

 軽快に道を走るトラックは、けっこうな速度が出ている感じだ。ただ、元々が高校生だった麗奈には、自動車を運転したことが無いので、速度の感覚がけっこう早い程度しか分からなかった。


「もうじき街に着くよ。そういやあんた、身分証明書みたいなものはもっているんかい?」

 そう言えば、わたしの持っている身分証明書って、千五百年前の今は都市遺構になった街で発行して貰ったものだけだっけ。あとは冒険者ギルドのギルドカードだけど……。


「これって、身分証明書になるのかな」

 トラックの後ろにある窓越しに、二枚のカードを掲げて見せた。女性は振り返って、じっと麗奈が提示した二枚を見比べて、複雑な顔で首を傾げた。

「そっちの市民証みたいなのは、何となくそれっぽいわね。でももう一つの文字が書かれたカードはなんだい? 私は知らないねぇ」


 程なくして、車は減速を始めてやがて止まった。麗奈が荷台から覗くと、長い車列の最後尾に付いたようだ。

 車列の先には高い壁があって、その下にあるこぢんまりとした門で検問を7しているようだった。と言っても、乗っている車が二台並んで通れそうな門なので、小さいわけじゃないはずだ。


 その壁の上から、何だか見慣れた建造物が顔を覗かせていた。

 あれは……高層ビル? まさか。


「そっちの文字が書かれたカードは、探索者ギルドのカードじゃねえか? 米を買いに来る客のなかに、稀にそのカードを持ってる奴を見たことあるぞ」

「ああ、いわれてみれば。滅多に来ない客だから、分からなかったよ」

 車内ではカードの話題で持ちきりだったけど、麗奈はそれどころじゃなかった。立ち上がって、屋根に手をかけてじっくり見てみる。


 間違いない、見たことがある高層ビルそのものだよ。

 それに壁の規模もすごい。右を見ても左を見ても、遙か彼方まで続いている。中にあるのは、かなりの大都市だと思う。

 なんだろう、ここって魔法の世界じゃなかったの?

 わたしが知らない千五百年の間に、いったい何があったの?


「そのどこかの市民証が使えればいいけど、それが駄目なら銅貨三十枚いるはずだよ。あんた持ってるかい?」

「ええ。それくらいなら持っているよ」

 メルフェレアーナと最初に林檎を売りに行った時には、ほとんどお金が残らなかったけど、その後はけっこうお金が残った。林檎の需要は高かったので、二人分持って行けば、税金を払ってもかなり余裕ができた。

 いま麗奈の手元には、銀貨五十枚くらいはあったはず。ただ、使えるかどうかは分からないけれど。


「それなら大丈夫だね。街に入ったらお別れだけど、それでいいかい?」

「はい、ありがとうございます。助かりました」

 走ってくれば同じくらいの時間で着けたかもしれない。それでもあの時、せっかくの好意を無駄にはしたくなかった。

 異世界に来て、人間にあまりいい思いはしなかったけれど、全員が悪意を持っているわけじゃないことは知っていた。ただあの二人、金髪と銀髪の男達は顔を思いっきり、一発くらいは殴りたかった。




 身分証明書は問題なく通り、無事街に入ることができた。検問では、出入りの記録をしているだけで、麗奈の証明書も無事個人情報が読み込めたようだ。

 もっとも、記録された住所に首を傾げられた。


 検問所を通ったところにある駐車場に停車してくれたので、麗奈は荷台から飛び降りた。助手席の窓に近づくと、女性が窓を開けてきた。結局この人は、車から出てこなかったな。

 麗奈は巾着袋から銀貨を一枚取り出した。


「お世話になりました。これ、少ないですが……」

「そんなの受け取れないよ。困った時はお互い様じゃないかい?

 ここの街は物価が高めだから、それは私達からの餞別だと思って持っていきな」

 運転席に座っている厳つい男性も、笑顔で頷いてくれた。思わず麗奈の胸がいっぱいになる。結局最後まで二人の名前を知らない。でも、優しさはものすごく感じられた。


「ありがとうございます。気持ち有り難く貰っておくね」

「ああ、そうしてくれると嬉しいね」

 二人はそのまま手を振って車で走り去っていった。

 異世界の人間は最低だと思っていたけれど、こんな出会いがあると全ての人が悪いわけじゃないと言うことを、ひしひしと感じた。



 街の景色は、麗奈の記憶にある東京の街並みによく似ていた。

 整理された幅の広い道路に、高層ビルが建ち並ぶ街並み。道路を走る車はほとんどがトラックだったけれど、この世界に来る前に良く見慣れた街並みだ。

 大きな違いは、電柱が一切無いことか。

 さっき乗せて貰ったトラックにも、魔石が動力源として使われていた。それとおなじように、待ちのあちこちにある信号や街灯も魔石が動力源として使われているようだった。

 麗奈が住んでいた地域も、電柱の地中化が進んでいたけれど、全ての電柱が無くなったわけではなかった。この点は、今見えている異世界の都市がどれだけ進んでいるのかがよく分かる。


 ただ、思わず苦笑いを浮かべるような光景も見られた。

 街中を武装した人々が普通に歩いていた。魔獣の素材で作ったのだろう鎧を着て、手に剣や槍、魔法の杖などを持った集団が街を囲う壁の方に歩み去って行った。結局魔石は、魔獣を倒して入手しなければならないのだと思う。


 当然ながら、その集団に魔族は一人もいなかった。


 ちなみに麗奈は、簡素な街服に肩掛け鞄。巾着袋を腰にくくりつけているだけで、武器は何一つとして持っていない。

 ビルを見上げながら歩く街並みは、やっぱり不思議な感覚だった。ビルの入り口に掲げられているプレートを見ると、全て日本語で書かれていた。この辺のビルは、ほとんどが農園らしい。上を見上げて不思議な気持ちになる。



「すみみません。ちょっと聞きたいんだけど」

 軍服を着た女性が通りかかったので、麗奈は声をかけてみた。


「はい、何でしょうか?」

「わたしはこの街の地理に疎いのだけど、案内所みたいな物ってこの辺にあるのかな?」

「それでしたら、探索者ギルドがいいですね。

 この道をまっすぐ四つほど交差点を渡って、右側の通りにありますよ。

 しかし、観光ですか? 今の時期は少し観光には適していませんよ」

「えっ、どういうこと?」

「ええ。隣の国が戦争の準備を始めたようで、いまは市民のみんなに避難を呼びかけているところです。

 探索者ギルドに行くのなら、とりあえず避難所の場所を聞いた方がいいでしょう」

「そう……なんだ。ありがとう」

 女性は敬礼をすると、麗奈の来た方向検問所に向けて歩み去って行った。


 麗奈は教えられた道を歩きながら、首を傾げていた。


 街並みを見れば、文明が進んで平和になったように見える。

 地球の東京と違うところは、生活の社会基盤ベースが魔石だということか。魔石は魔獣からしか採れないから、今も冒険者ギルドが探索者ギルドに名前を変えて、探索者が外に集めに行く仕組みが変わっていない感じだ。


 それでも、これだけの建物が建っているということは、大きな争いが無いんじゃないかな?

 でもさっき軍服を着ていた人は、戦争が起こりそうだと言っていた。何で何で何のために、争いなんてするんだろう。

 そう考えると、存外ここの世界の人間も麗奈が生きていた地球とあまり変わっていないのかもしれない。権力を持った人が、欲を出して近くの国に戦争を仕掛けていく。それ自体が消耗するだけで、何の意味も無いのに。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと公園が目に入った。木がたくさん植樹されていて、噴水がある普通の公園だ。

 それが、やけに気になる。


「普通の……公園だよね」

 歩道から公園の敷地に足を踏み入れる。

 やっぱりただの公園だ。噴水の側を通りかかった時に、思わず足を止めた。

「え、何でここに月と星の石があるの?」

 噴水の反対側、一段高い場所に見慣れた石があった。大きさも形も、あの日蘇りの呪いがかがった石と形が一緒だ。


 ここってもしかして、私の復活ポイント……?


 唖然として、麗奈はその場で固まった。

 まさか、この場所が街になっているとは思わなかった。さすがにこの石を破壊したり撤去したりできなかったのだと思う。


 そっか、あれから一度も命を失っていないもんね。

 もうここにお世話になることは、無いんじゃないかな。


 それがフラグだったのだろう。

 そこまで考えたところで、突然視界が真っ白に染まった。目の前にあった木が一気に燃え上がった。何が起きたのか、判断する時間が無かった。

 薄れ行く意識の中で、肉の焦げる匂いが鼻をついた。全身を焼かれるような激痛が、一瞬脳に駆け巡る。

 激しい爆発音を遠くに聞きながら、麗奈は意識を飛ばした。

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