ep11 わたしは目の前の景色に首を傾げた。ここ……どこ?

 久しぶりに連絡用の通路を通った先に、かつての小屋がなかった。

 思わず麗奈は、足を止めてまじまじと見てしまった。


「えっと……なんで家の土台しか残っていないの……?」

 確かに麗奈は、一年半ほど奥の日本家屋とその側にある森だけで過ごしてきた。こっちの家に来なかった時期なんてたかだか一年半。土台以外の木造部分が全て無くなっているなんて、思いもしなかった。


 さらに周りから張り出してきた草木に埋もれて、いま麗奈が足元に見ている土台から先は、完全に森になっていた。ちょうどここが、ダンジョンの境目になっているんだと思う。

 取りあえず草をかき分けて、家だった場所に入ってみる。


 ベッドは……まあ、ないよね。

 壁や柱もないから、当たり前だけれど。

 かまどの跡は残っているから、ここに家があったことには間違いはないけど……。


 しばらく調べてみても、家だった形跡しかなかった。

 果樹園だった場所に向かってみると、林檎の木はまだそこにあった。低い位置にある獲りやすい林檎だけ、森の魔獣が食べたのだと思う。木の上の方には、冬を越えてだいぶ色が変わった林檎がいっぱいなっていた。

 そんな林檎の木を見上げながら、軽く手を振って十本ほど、氷の槍を果樹園の奥に飛ばす。ゴブゴブ言いながら襲いかかってきた魔獣を、全数貫いた。そして槍に突き刺したまま、森の奥まで飛ばした。


 今ね、君たちの相手をする気分じゃないの。ごめんね。


 予想よりも遙かに大きくなっている林檎の木に、何となく違和感を感じた。一年半で大きくなりすぎじゃないかな。

 首を傾げながら、果樹園までの道を戻る。家だった場所の前を通過して、街道に向かった。


 街道までの道も、ほとんど木々の枝葉で埋まってしまっていた。茂みをかき分けながら何とか街道まで出ることが出来た。



「あれれ……引きこもっていた間に、何かが変わった?」

 麗奈は自分の目を疑った。

 路面が、麗奈の知っている真っ黒な色な道路に変わっていた。幅はおよそ四メートル。どう見ても日本で何度も見たアスファルトの路面だった。

 さらに道路の端には、両側に白線が引かれていた。


 えっと……どういうこと?

 周りが森の中であることは、何も変わっていないよね。

 目の前にあるのって、日本にいるときによく見た、アスファルトの路面だと思う。うわ、自信がない。なにこれ。


 麗奈は道路端にしゃがみ込んで、アスファルトに触れてみる。爪で触った感触は、間違いなくアスファルト。硬くて表面はざらざらしている。

 麗奈は頭を抱えた。


 もしかしてまた、いつの間にか日本に戻っている?

 手の平からは……うん。ちゃんと魔法で炎が作れる。水も出せる。風も黒い髪の毛を舞い上がらせることができるし、地面にも穴が空けられた。

 よし、ここはちゃんと魔法が使える異世界のままだ。

 となると、ここ……どこ?


 立ち上がって左右を見るも、何も走っていない。

 ふと、麗奈は自分が出てきた森の茂みを振り返った。


「看板も……無くなっている」

 メナルア果樹園と書かれていたはずの立て看板は、跡形もなく無くなっていた。麗奈がかき分けて出てきた茂みだけ、木の枝の先が折れているだけだった。


 何かがおかしい。

 少なくとも今まで歩いた道筋は、間違いなくメルフェレアーナと歩いた道だった。

 前後左右、上下全て見てみても、今の情報だけでは何も分からなかった。

 正直、初っぱなから躓いたような気分だ。


「ここから街までって確か三十分くらいだったよね。そうすると二キロ位あるのかな?」

 左に向いた道の先は、少し先で曲がっていて先が見通せなかった。

 何だか思っていたのと違う展開に、歩きながら首をひねる。


 路面にはうっすらと轍のようなものが見える。ただ、轍の太さがどう見ても馬車の車輪で出来る太さじゃない。どちらかと言えば車のタイヤが走って出来る、滑らかな轍だ。


 もしかして、時間の流れが違ってしまったパターンなのかな。


 考えながら歩いていたら、後から何か唸るような音がして、慌てて麗奈は振り向いた。


「嘘……車だよ……」

 荷台があるボンネットトラックタイプの車が、エンジンの音を響かせながら走ってきた。トラックは、道路端で呆然と立ち止まった麗奈の側まで来ると、ゆっくりと止まった。

 近くで見ると、やっぱり麗奈が知っているトラックそのものだった。

 助手席側の窓が開いて、恰幅のいい女性が顔を覗かせてきた。


「あんた、こんな所に何しているんだい? その軽装だと、旅人って訳でもなさそうだね」

 あ、言葉が通じる。服装もそんなに変わっていない感じだ。

「わたしは、この先にある街に向かっているところなのよ」

「はあ? 何言ってんだい。今からじゃ歩きだと日が暮れちゃうよ」

「えっ? 三十分くらい先だと思っているんだけど……?」

「もしかして、遺跡を目指しているハンターさんかい? 確かに大昔の都市遺構はあるけど、あそこにはもう大したものはなかったはずだよ。

 それにしたって、徒歩はないんじゃないかい? 車に乗って移動すれば、道中で魔獣に襲われずに済むのに」


 何だか話がおかしい。

 麗奈が知っている街は、もう遺跡と呼ばれるほど古いものになっているんだろうか?

 ってか、時代設定が何だか飛びすぎなんだけど。前街に行った時は徒歩だったし、馬車が普通に走っていたよ?


「お姉さんが言っている街って、ここから遠いの?」

「あら、お姉さんだなんて上手いこと言うわね。この車で一時間くらい走れば、一番近い街までいけるわよ。

 街まで行くなら、荷台でよければ乗っていくかい? ちょうど仕入れに行く所だから、何も乗っていないわよ。人一人くらいなら問題なく乗っていけるよ」


 見た感じ、何かを謀ろうとしている様子はなさそうだ。純粋に、好意で話しかけてくれたことは分かる。


「話はまとまったのか?」

「あとはお嬢ちゃんの返事待ちよ」

「それなら、少し早いけれど魔石の切り替えした方がいいな。さすがに街まで魔石一個じゃ行けんか……」

 それまで動いていたエンジンが止まって、ガタガタ鳴っていた荷台も静かになった。運転席に乗っていたらしい男性が車から下りてきて、車のボンネットを開け始めた。

 ちょうど麗奈の位置から作業の様子が見える。


「それで、腹は決まったかい?」

「あ。街までお願いできるかな……」

 ボンネットの中には、大きなエンジンが載っていた。男性は、運転席側にある箱を開けると、腰の巾着から小指の先ほどの魔石を取り出し、その箱の中に入れていた。

 ボンネットを閉めると、麗奈の方を見て難しい顔をした後、フッと表情を緩めた。


「荷台は乗り心地が悪いかもしれんが、あいにくとこの車は二人乗りなんだ。相方が体格だけはでけーから、勘弁してくれな」

「はっ、あんた。いい度胸だね。夕飯抜きにするよ?」

「晩酌だけできれば、俺ぁ夕飯抜きでも問題ないぞ」

 そう言いながら、二人はいい笑顔で笑っていた。


 人間に絶望して、荒んでいた麗奈の心が少しだけほぐれた気がした。




 荷台に揺られながら程なくして、都市遺構の辺りにさしかかった。


 麗奈の記憶だと、大きな都市だったと思う。

 西門から山裾まで、たくさんの家が建ち並んでいたはず。それが全て無くなっていた。

 建っていた家はほとんどが木造だったこともあって、遺構として残っている物は崩れた石積みだけだった。立木が少ない山裾までの範囲が、かつてメルフェレアーナと林檎を売りに来た都市に間違いなかった。


 その街中に弧を描くように西から南に駆けて、アスファルトの道が拓かれていた。

 麗奈を乗せた車は、その道の中程で減速すると、ぴったりと止まった、


「このまま街まで行くけど、大丈夫かい?」

「ありがとう。このまま街までお願いできるかな」

 車はゆっくりと走り始めた。

 この街だった場所は、メルフェレアーナと林檎を売りに来た以外に、取り立てて思い出とか無いのに、なにかすごく胸を締め付けられる思いだった。


「確かあの街はね、千五百年ほど前に滅びた街だって聞いたことがあるよ。

 何か恐ろしい悪魔を怒らせちまったらしいよ」

「這々の体で逃げた先が、おれ達の目指す街って寸法さ。まあ、昔話に伝わっている程度の話だから、真意は定かじゃ無いがな」

 さすがに麗奈は声が出せなかった。


 何のいたずらか、ゆっくりと魔法の特訓をしている間に、気がつけば千五百年が経過していたなんて……。


 麗奈の視界を流れていく景色は、どこか遠い世界の出来事に見えた。

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