ひかげの海に私の歌を

楠木黒猫きな粉

第1話 死して別れる事はなく

俺は何を成しただろうか。ナニカを成し遂げたことがあっただろうか。

いいや、そんな事は一度たりともなかった。何も自分で考えず、周りの濁流に飲まれただけの人生だ。言うまでも無い空虚な軌跡。描く事はあっても叶えたことなんてなかった。けれど、俺を愛してくれた彼女はどうだろうか。俺に触ることすらできなかった彼女の人生はきっと光輝いてる筈だ。

いや違う、こんなもの自分の願望だ。そうあってほしいという思いを相手に押し付けているだけ。彼女の軌跡は輝いてあるべきだという低俗な決めつけだ。

どこまで俺は馬鹿なのだろう。君だってそうだろう?

こんな男についてくるなんて馬鹿で仕方がない。けれど俺は君の隣から消えた。足枷だった『俺』という存在はもう側にいない。

君はもう自由なんだ。だからどこへでも行ってくれ。

なぁ、もうどこかへ行ってくれ。君は自由なんだ。こんな俺に構わないでくれ。


——必然の海の底。男はないはずの空気に囚われる。日陰の海底に届かない日が差し込んだ——


やめてくれ。もう君を縛らせないでくれ。どこか遠くに行かせてくれ。


——偶然の空の上。女はいるはずのない男を掴み取る。陽だまりの空に一筋の陰が差し込まれる——


離さない。そう言われた気がする。そういえばいつも彼女は俺を離す事はなかった。ならこれは彼女が願った事なのかもしれない。

なら、この光は自由の君が落としたものなのだろう。


——感情の上で男は光に包まれる。それは太陽のように暖かく日陰の海から引き上げる。自由の空はただ笑った。これは貴方の罪だと、私から自由を奪った罰だと——


そうか、これが空虚な軌跡に巻き込んだ罰なのか。理不尽だ、身勝手だ。けれど俺だって身勝手に君の自由を願っていた。


——それじゃあ始めましょう?日陰の海を照らすほどの『もう一度』を——


俺と彼女の身勝手なもう一度。誰もが夢想する二度目を始めてしまう。最低でどうしようもない空虚な軌跡を消すために。


——次は貴方がナニカを成せますように——


俺と君は永遠に死して尚も別れる事はなく。



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