かかか

岸本何某

第1話

スマホを取り出した。

それから、週に一度だけ、私たちは幽かに繋がる。

学校は楽しいか、何か変わったことはないか。そんな質問に大した意味はない。メールの文面は気遣っているようで、その実投げやりだ。

変わりないよ、楽しいよ、お仕事頑張ってね。私の返事も最早決まりきっている。

形式上ただ交わす、まるで中身の無いすっからかんの挨拶。

だが、それでも。

その小さく無為なやり取りだけが、私にはどうしようもなく掛け替えのないものだった。

互いに一通のメールのやり取り。

それが済めば、私たちの繋がりは再び、切れる。

そうなると、同じ世界に住んでいるのかどうかさえ疑わしくなってくる。

落ち着かない。

次第に、宇宙空間に放り出されたような孤独がじわじわと心から滲み出てくる。

嫌だ。この感覚に抗うためだけに、私は私という外殻を形成してきたような気さえする。

騒めく私の心中を、ある考えがよぎった。

仕舞い掛けたスマホを再び起動する。

また文章を打ち込む。指先に迷いはない。

送信——。

先程とは、メールの送り先を変えた。

これで。

これで何も無ければ、何も無いのだろう。

確かめたいと思った。後悔はない。

だけど。

「怖いな」

そう言って壁にもたれ、私はそのまま暫く放心していた。


祭りの気配に沸く校舎にはふわふわした空気が充満し、学校全体が平生よりも一段軽やかに感じられる。

その中を重々しくスキップしつつ往くのは着ぐるみの小怪獣、ノゴラである。

「——悠ちゃんそっちできたー?」

「んん、もうちょい、です——」

カッコカリ高校は文化祭前日を迎え、各々が期待に胸ふくらませながら準備に勤しんでいた。

いつもならば無機質な壁も、天井も、床も、祭りの雰囲気に当てられた生徒の楽しさが暴走した結果、今は爆発的な陽気の混沌空間——いわば溢れ出るイマジネーションのごった煮で、びっちりと覆い尽くされていた。

「うはははは、これは面白くなるぞ!」

着ぐるみ越しのくぐもった高笑いも騒めく校舎の空気の振動にことごとく飲み込まれた。二年四組の教室の前を通りかかったとき、ノゴラは獲物を見つけた、とばかりに不運な男子生徒に狙いを定めた。

「おお、そこにいるのはアダシノ!」

「うっわ」

「しけたツラしてるね!まるで無理矢理女装させられる人みたいだ!」

アダシノと呼ばれた生徒は心底鬱陶しそうに、しけたツラを向けた。

「何だ、ノゴラかあ——」

「何だとは何だい、怪獣様のお通りだぞ」

「いや、誰か俺を救ってくれるのかと期待してたのに」

ノゴラかあ——と徒野空は遠い目をしながら、もう一度呟いた。

「え、どしたの君、何かあるの」

徒野は深く溜息をついた後、上目遣いでノゴラの方をチラリと見た。

そして着ぐるみの首元に顔を近づけ、もそもそと何か呟いた。

それを聞いた怪獣は、突如ぴたりと静止した。

「——ノゴラ?」

徒野が怪訝そうにする。

「——クッ——クッ」

いや、よく見ると小刻みに震えている。

「お前さては笑い堪えてるな?」

「ぶはっ」

笑いのダムはあえなく決壊した。

「くそ!ばか!もうやだ!着ないぞ!女装なんて絶対やらないからな!」

無理矢理女装させられる人は悲痛に吠えた。

ノゴラは着ぐるみの下でひたすらニヤついていた。


つまらない——。

太田真記者はキーボードをぞんざいに叩きながら漠然とした不満を感じていた。

ネタがない。取材の対象なしには取材もできない。

だからこうして、仕事をしているような素振りを見せつつ、ぼんやりとオフィスチェアの中で腐っている。

週刊和秋——太田が記者を務める雑誌は、かつては週刊誌の代名詞ともいえる存在だったが、近頃はどのスクープにおいても他社の週刊誌に先を越され、売れ行きも怪しくなっている。

せめて何か手掛かりがあれば——。

言いようのない焦燥感に駆られながらも、ただ闇雲に動く訳にもいかず悶々としていた。

ふと思い立ってメールボックスを覗いた。

いわゆるタレ込みを期待したのだ。

中には、見覚えのないアドレスからのメールが一件。

——ビンゴか。

すぐさま開封した。

迷惑メールだった。

一瞬で湧き上がった期待が耳や鼻からするすると抜けていくのを感じた。

ますます気が萎えたので、気晴らしに茶でもと思い、席を立とうとした瞬間。

新しいメールがまた一つ、今しがた届いたらしい。

——もう期待しないぞ。

投げやりに開封する。

「これは——」

太田は自身にスイッチが入るような感じがした。

「——面白い」

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かかか 岸本何某 @Volex

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