第16話 ただし……私は既に死んでいます。

 白金寮三階。


「こちらです」

「ここ?」


 階段を上がった正面には、おおよそメイドの私室とは思えない立派な扉があった。うん、さすがにもう何があっても驚くもんか。で、扉を開けたらーー


「……なんだよコレ!?」


 はい、前言撤回。

 扉を開けたら異世界だった。まさかの異世界の異世界とは……想像の斜め上をいく光景が広がっていた。

 どうやら内部はぱっと見て、フロアの部屋全ての間仕切り壁を取っ払って一つの部屋に改装してあるようだ。

 その中で数十人のメイドがどこぞの防空司令部のようなデカいテーブルを囲んでいくつかのグループが喧々豪語、鬼気迫るやり取りをしている。


「7巻コッチに回して! 8巻巻頭とのすり合わせするから!」

「ムリ! 後半は未解析!」

「じゃあ後半の文脈解析こっちでやっとく」

「『お前はすでに○んでいる』は呪文? 直後に対象死んでるけど」

「呪文じゃないです。おそらくキメ台詞かと」

「跳刃◯背拳は呪文? ~拳が付くけど?」

「それこっちに回して。使用キャラとモーションで格闘スキルか、北◯神拳、南◯聖拳にカテゴライズする」

「種もみは……」

「先代勇者様の『食材の育て方』に記述があるわ。勇者レシピのお米の種ね!」


 テーブル上を滑るように行き交うのは大霊廟でエイブルが手にしていたコミックの写本や、レシピ翻訳当時の資料等らしい。

 どうやら一人で一冊の本を解読するのではなく、過去に先代勇者に翻訳された文献等を参考に文脈、単語、さらにはキャラ分類による使用奥義を各専門分析班が解析しているらしい。


「なんてアツいんだ……この情熱はどこから来てるんだ?」

「えっ? 義雄様? え、……エイブル様?」


 やがて、俺がいる事に1人のメイドが気付くとそこから波紋の様に動揺が走り、それまでの喧騒が嘘のように収まる。集まる視線だが、目を合わすたびに気まずそうにそらされる。


「ここでみんな何をしているんだ? ただの翻訳。という訳ではないよな……」

「異世界のグリモワールを解析して、この世界の魔法大系とは別の魔法を手に入れる事が、ここにいる私たちメイド全ての悲願なのです」


 誰に問うたわけでもない俺のつぶやきに、背後から答えが返ってきた。振り向くとメイドの一人が前に進み出て来る。


「えっと、名前は?」


 エイブルよりやや高い細身の体、整った顔立ちに金髪ストレートの髪から覗き出ている耳は長く尖っている。どう見てもエルフだ。


「ナカノです。エイブル様の補佐を任されております」


 という事は彼女も魔法が使えないというわけか? エルフで忌み子ってハンデでかくないか?


「ここにいるメイドさんは皆、その……魔法が使えないわけ?」


「はい。一切使えません。当たり前とされる事が出来ない私達は、世間では様々な差別を受けて来ました。エイブル様はそんな私達に手を差し伸べてくれたのです」

「王宮のような意図的に魔法の使用が制限される場所だからこそ王族のおそばでお仕えするのが相応しいと、エイブル様麾下のメイドに招いてくださったのです!」

「王宮内ならソルティアに目をつけられることもありません。私たちにとってこの世界で一番安全な居場所です!」


 ナカノの言葉を皮切りに他のメイド達も口を開いた。エイブル……ファドリシア王に独自のコネクションを持つだけでなく強力な人事権や裁量権を持つメイド……俺なんかよりチートっぽいよなぁ。


「なあ、エイブルはやっぱり王族なのかな?」

「……」


 核心をついたであろう俺の質問に口ごもるメイド達。それを庇うかのように口を開こうとするエイブルを先程のナカノが制する。


「私達は、たとえ義雄様が勇者であってもそれに答える事はありません!」

「ナカノ……私は」


 なおも言葉を続けようとするエイブルを庇うように他のメイド達もエイブルと俺の前にたちはだかる。


「エイブル様は……エイブル様はこの国の為に必要な方です!」

「エイブル様の為ならこの命、義雄様に差し上げます!」

「死人に」

「口無し」


 

 次々と悲壮な決意を表明する。いやいや、誰かがサラリと物騒な事を口走ったぞ。君たち気が早すぎるぞ。殺気ぽいのがダダ漏れだぞ!


「ちょ! エイブル彼女らをなんとかしてくれ!!」

「みんな落ち着きなさい!」


 エイブルのとりなしで皆が平静を取り戻す。落ち着いたのを見計らってエイブルが俺の方を向き直ると、真っ直ぐに俺を見つめ、口を開いた。


「義雄様のご推察通り私は王家に連なる者でした」

「でした? 過去形?」

「現ファドリシア王の第一皇女、ウェブリー・アウル・ファドリシアが私が捨てた名前です。ただし……私は既に死んでいます」

「ヒッ!」


 短い悲鳴と共に翻訳メンバーのメイドさんが卒倒した。さっきキメ台詞とか言ってた娘だ。慌てて介抱する同僚メイドさん達。


「いつの間に……エイブル様を……」

「許しません……殺します」


 涙目で俺を睨む翻訳メンバー。なんか手にしてにじり寄ってくる子までいるし! 待て、君ら何かスゲー勘違いしてるだろ!!


「そこのメイド! 勘違いすんな!俺は秘孔は突いてないぞ! お前ら、そういうのは俺のいた世界では『漫画の読みすぎ』って言うんだぞ!!」

「私は公には死亡した事になっている、という意味ですが……」

「そこ、ちゃんと言おうよ! エイブルがやんごとない立場ってのは分かった。そして、君の主導でここは運営されているわけだ」

「はい」

「メイドの子達の君への尋常じゃない忠誠心、この子達の身の上。君達の目的。大体は理解した」


 他国の嫌がらせの理由とか、エイブル達メイドの抱える問題、魔王という存在、ソルティアという神。神の爺さんからのミッションを進める上で必要な情報がさまざまなカケラとして存在している。それらまるでパズルのように互いが関わり合っているのだろう。


「義雄様、ここにいるもの達を私を含めて、全て貴方にお預けします」

「へ?」


 いきなり何言い出すんだよこの元お姫様は!?


「お願いします。私達にそのお力をお貸しください!」

「は、はあ!?」


 近い近い! グッと鼻先まで寄り切られ、ウルウルされた瞳で懇願されてレジストできるほど俺の美少女耐性は無い。なんちゃって勇者の俺にはYES以外の選択肢などあろうはずも無い……で、どう救えと言うのだろう? 魔法を使えるようにする? 魔法の代わりになるものを与える? 社会通念を変えてしまう? まさかの婚活の手助け? まあ正直なところ、橋の上での流れで協力するつもりではあったので、ここはエイブルの思惑に乗っかっておこう。


「とりあえず、わかったから。メイドさん達にもそれでメリットがあると言うなら構わないよ。あとで全員の大霊廟への入室許可も出しとくよ」

「いいのですか!?」

「俺の立場が必要かはともかく、入りたいんでしょ? こっちも色々と思うところがあるんで、単に世話というよりも協力してくれるとありがたいかな」

「ハイ!! 一生お使えいたします!!」

「重いよ! そこは一所懸命でいいからな」


 深々とお辞儀をするエイブル達に見送られ、早々に白金寮を後にした俺は王宮への道すがら誰に聞かせるでもなく呟いていた。


「誰かを救うって、実は一番難しい事じゃないか……どうにも他人事の軽重は測りずらいよなぁ」



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