第17話 当の主人はメイドに転生(笑)


 その夜、白金寮3階。

 ファドリシア皇女ウェブリーの居館として建てられるも、彼女の死の発表後、皇女付きだったメイドを中心に編成された王室直属メイド隊、通称エイブルメイド隊の寮として今にある。まあ、当の主人はメイドに転生(笑)したわけだが、つか、死んでないし。


 その最上階。旧姫殿下の居室を改装した大広間に、ここに籍を置く全てのメイドが集められた。その数はエイブルを筆頭に48名。その顔ぶれは個性的で、一般的なヒト属だけでなく、この世界で亜人と呼ばれるエルフ、ドワーフ、獣人なども含まれている。他の国ではありえない構成だ。


 整列したメイドを前に二人のメイドが立つ。


 肩口で切り揃えられた銀髪、アイスブルーの瞳、漂う雰囲気はその出自の高さをかもし出す美少女。だが、なによりも目を引くのは頭の上で時折動く猫耳。


 その脇に一歩下がって立つのは、流れるような金髪を髪留めでゆるくまとめた、少し大人びた顔立ちの美少女。長くとがった耳が彼女がエルフである事を物語る。


注目アテンション!」


 エルフ少女の一喝に全隊員が姿勢をただす。その姿は十分に訓練された精鋭部隊そのものだ。


「先般、我々が探し求めていたグリモワールの所在が判明しました」

「!!」


 室内の空気が熱を帯びる。全隊員の目が大きく見開かれ、頬が薄く紅潮する。


「場所は大霊廟。先日の勇者様ご降臨に伴い、大霊廟内見に随伴されたエイブル様が確認されました。そこでエイブル様から皆にお話があります」


 エルフ少女の言葉に合わせて、猫耳少女が皆に向かって首肯し、話し始めた。


「私たちは全員義雄様付きのメイドとなる事が決まりました」

「えっ!?」×全員

「以後、私達には義雄様のお世話と大霊廟の管理が付与される事になります」

「ええっ!?」×全員


「あそこは王族以外の出入りは固く禁じられてたはずです。大丈夫なんでしょうか?」

「大霊廟の管理権限は既に義雄様に委譲されました」

「そうは言われても……」


 さすがに数十年の長きにわたり王族以外の立ち入りが認められていない、いわば【聖域】に踏み入ることに恐れを覚え、引き気味のメイド達。

 思いのほか反応の悪い彼女達を奮い立たせるべくエイブルは鼻先にニンジンをぶら下げる策にでた。


「ヴィラールとぺロサは、見たくないですか?」

「え?」


 猫耳少女の意味深な言葉に戸惑う双子。追い討ちをかけるようにエイブルが双子のキラーワードを口にする。


「ゆ う し ゃ レ シ ピ ♪ 」


「!!」×双子

「この前のラーメン、美味しかったね~ 。大霊廟、いっぱいあるわよ、勇者レシピのグリモワール」


 いたずらっぽい口調で話しかけるエイブルにポニーテールとツインテールの双子が激しく反応する。


「行きます!」とヴィラール。

「食べます!」とぺロサ。


 エイブルメイド隊一の食いしん坊、もとい料理求道家を自負してやまない二人に異論があるわけもないが……チョロい。


 あとはそれぞれのウィークポイントを突いていけば良いでしょうね。そんなことを考えながら、エイブルは次のターゲットをロックオンする。


「ルイス、義雄様の世界では医術が発達しているそうよ。あなたはどう? 神聖魔法の無い世界の医療技術、興味ない?」

「あ、あります!」


 立て続けに医療担当のメイドが落ちる。


「ノボリト、アーティファクトが触り放題……」

「行きます!」


 ドワーフの少女が食い気味に返答する。もうこうなればあとはなし崩しに全員の了解が取れた。


「皆も理解しているでしょうがグリモワールの解析は、私たちが異世界魔法を獲得し、普通の幸福を取り戻し、ひいては私達の地位を回復することに繋がります。私たちの未来のために頑張りましょう!」

「はいっ!!」


 エイブルの檄に応え、メイド全員の力強い返事が室内に響いた。


 ☆


 大霊廟


 そんなこんなでエイブルさん指揮下のメイドさんが大霊廟に来たわけだが……


「こ、ここ、これ! 殿方が、殿方が!」


 薄い本を手にフリーズするナカノ。一緒に覗き込んでる二人のメイドの顔も真っ赤になって固まっている。


「る、ルイス、これは医学的にアリなの?」

「グリセンティ、ヤオイ穴ってわかんないです! あ、ナカノ様ページめくるの早いです!」


「ふわわ~っ!!これが全てアーティファクト……これも! アレも! ふにゃあ~」

「ああ! ノボリトが目を回して倒れちゃいました」


 料理雑誌のカラーグラビアを目をキラキラさせて見入る双子の少女。


「カレー?」とヴィラール。

「カレー!」とペロサ。

「これ、作ろう!!」×双子


「見てくださいサイガ! これが……グリモワール! 近接格闘異世界魔法の奥義書です!」

「エイブル様、やはり原書は迫力が違いますねえ〜!」


 今回はエイブルと各部門の責任者のメイドをためしに大霊廟に迎え入れたわけだが……その場に座り込んで読みふけるエイブル達の姿は、ただの本屋にいる迷惑な立ち読み客にしか見えない。


「お前らぁ!仕事しろ!!」


「あっ!!」×全員


 『あっ!』じゃないよ、まったく……こりゃ落ち着くまで、当分仕事にならないだろうなあ。多分残りの娘も似たり寄ったりか。


 まあ、いいけどね。のんびりといこうか。世界崩壊も神様スパンでの時間感覚だろうから、明日、明後日ってわけじゃないだろう?

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