第12話 なんのボーナスステージだよ!
試食会を終え、俺は誘われるままにエイブルの案内で王都の街並みを散策することになった。なんだかんだで監視下にある自分の立ち位置でどこまで行動が制約されるか確かめておきたいのと、正直……
「外サイコー!!」
いやあ、なんちゃって勇者だよ。色々制約されて城から出してもらえないとかありそうじゃん。それでも良いよ。会社辞めて引きこもりたいって社畜時代に何度思った事か。でも、同じくらい憧れてたのが陽のあたる道を仕事もせずにブラブラするなんだよなあ。しかも隣には美少女猫耳メイドさんとか、なんのボーナスステージだよ!
転生前は早朝、日も暗いうちに家を出て、日付けも変わって帰宅する毎日。たまの休日は泥のように眠りこけ、目を覚ませば溜まったアニメを消化して飯を食ったらまた眠る。お天道様をまともに見るのはついぞ無かった。
うん。ブラックはいかんよ。転職万歳! いや、転生万歳!
エイブルとそぞろ歩く王都の感想を言えば雰囲気はヨーロッパの古都だ。街並みは華美な装飾や、豪奢な建物は少なく、建築レベルも四階建のレンガ造りの建物が限度の辺りを見ると歴史で習った産業革命以前の都市イメージだが、まったく不快感がないのには驚いた。
「空気が違うよな。臭くないし、地面はぬかるんでない。下水とかのインフラが整備されているだけじゃない、通りや脇道の清掃も行き届いているんだねえ」
俺のこの世界の都市イメージは近世以前のヨーロッパを想像していた。建物こそ立派だが、道に汚水が溢れて悪臭が漂い、衛生観念や細菌学が発達しておらず、伝染病が度々発生し、国民は総じて不健康。ところがこの国にはそんなところが全くないのだ。
「街の基盤や衛生観念は先代勇者様の手により今の形に改められたと聞きます。生まれた時にはもうこれが当たり前でした」
どうりで。この街の雰囲気というか環境はどっちかというと江戸の町なんだよなあ。この形にするのには先代さんは環境整備と啓蒙活動に並々ならぬ力を注いだんだろうな。
往来する人々にしても一様に華美ではないが小綺麗で活気に満ちた目をしている。
「しかし、よく闇市とかスラムが発展しなかったなあ。国民が飢えないのはすごいが、富への欲求や食への欲求が全然無いわけじゃ無いだろ? そういうのは強者と弱者を生み出して、貧富や格差を発生させると思うんだが、どうなん?」
食いしん坊が普通にいるのはわかっているけどね。なんせ国の代表が今回のレシピ開発の言い出しっぺだし。
「闇市ですか? 他国にはあるそうですよ。主にスラム街でそういう非合法な商売は運営されているようですね。我が国は金持ちこそ多くはいませんが、貧困に喘ぐ者は一人としていません」
「この国より裕福な他国にはスラムがあるの?」
「スラムの住人は魔王軍の侵攻で国を追われた人々が主な住人です。他国に逃れてもよほどの事がなければ市民権を得る事は難しいでしょうね。あとは地位的に市民権を得られない人々です。亜人、異教徒がそれにあたります。ファドリシアの国民は、この国が滅びれば皆スラム行き確定ですね」
自らのスラム行き発言にエイブルが苦笑いする。本人はあまり気にしてないあたり冗談のつもりかな。
「富への欲求、食への欲求を否定する訳ではありません。その情熱は国民を前へ進める力になります。但しそれが弱者を犠牲にして良い理由にはなりません。この国の成り立ちがそれを許しません」
「この国の成り立ち?」
「私たちはこの土地に流れ着いて以来、ずっと生きる為の戦いを続けてきました。それは他国との戦いではなく、私たちの居場所を守るための戦いです。そして建国以来ファドリシアは負けていないのです」
そう言い切ったエイブルの瞳は強い自信と誇りに満ち溢れていた。
「負けないからこそ、人々は勝つ日を信じて耐えられます。我々の、ファドリシア国民としての誇りが地に堕ちることはありません」
俺のいた日本も、明治維新という激動期を経て第二次世界大戦までは寡婦や戦争孤児は国や地方によって厚く遇され、それ故に兵士は後顧の憂いなく戦い抜き、国民も国の強さ、正義を信じて高い民度を誇ったが、敗戦後は一転し、弱者は切り捨てられ、国民は現実に絶望し、一時期、国はえらく荒廃していたそうだ。
まあ、プロパガンダ的なものもあるから一概には言えないけどね、それに比べてもーー
「強いんだな、この国は。民も」
「ただ、この状況がベストという訳ではありません。未だ他国には私たちと同じ境遇の人々が苦しんでいます。その全てを受け入れる力は今のファドリシアにはありません」
「それに……この世界に生きる限り、逃れられない【業】もあるのです……」
「ん、何?」
エイブルの言葉は最後の方は小さく呟いたこともあり、町の喧騒にかき消されてしまい俺の耳では捉えきれなかった。
そこからはこの国の周りというかこの世界の話になった。かいつまんでいうとこんな感じだ。
俺たちの住んでいるこの大陸は『アヴァロニア』と呼ばれ、周りは海に取り囲まれているそうだ。海の向こうには大陸があるという昔話もあるが、沖に出るのは海の魔獣に襲われる危険があるため、誰も確かめたものはいないらしい。空に至っては魔法でどうなるものではない未踏の世界だそうだ。
そんなアヴァロニア大陸を東西南北に割り振ると、北西の方に魔王が治める魔国があり、周囲を緩衝地帯や国が滅ぼされ人の住めなくなった土地が囲み、さらにその周囲を囲むように二つの大きな国と中小国家があるらしい。
ちなみにユーラシア大陸に当てはめてみると北部ヨーロッパとロシアあたりが魔族領。大陸中央部は度重なる魔王軍の侵攻により荒廃した土地が広がり、中国から極東ロシアにあたる辺りは大森林地帯が広がる。インドのある辺りに『クレンカレ』という帝国があり、そこからさらに西に向かうとソルティア教の総本山『ソルティア』法王国が中東の位置にある感じだ。
大国である二国の周辺には中小国家があり、ここファドリシアはまんま日本のあるあたり、大陸の縁にへばりつく形である。世界の人口分布は西側が高く、東に行くにつれて少なくなる。つまるところここは僻地、辺境ということらしい。
種族については人族、亜人族(エルフ、ドワーフ、獣人)と魔族(構成は不明。ツノが生えたのや、大きいの、亜人ぽいのもいるそうだ)比率は人族が七割、亜人族が三割。魔族はわからない。そりゃそうだ。
ちなみにファドリシアにいる亜人は亜人全体の一割くらいらしい。
宗教はソルティア神を信仰するソルティア教のみだそうだ。信者は人族のみで、そのほぼ全ての人族が信仰しているとソルティア法王国は標榜しているそうだ。
「んん? この世界には神様一人だけなのか? ファドリシアにはソルティア信者があまりいないのはなんで? そもそも亜人はソルティアを信仰したらダメなのか? 神様を信仰するのは自由だろ?」
思いついた疑問をまとめてエイブルにしてみた。気になるのはやはり管理神に関係する事だ。
「ファドリシアの王家は、元は大陸の南に祖を持つそうで、ソルティアではない神を信仰する国だったそうです。古伝によると、その昔、この世界には二柱の神がおられ、その加護の元に様々な国があったそうです。それぞれの神を信仰する国々は時に反目しながらも、お互いが競い合う事で世界は発展していました」
管理神はもともと二柱いたわけだ。二つの信仰がもたらす適度な緊張が世界の成長に影響を及ぼした訳だ。精神的な成長が伴えば、やがてはお互いを認め合い、理想的な世界を構築することもできるだろう。ま、うまくいったためしはないな。前の世界でも宗教的な対立に答えは出ていないし、むしろ終わりが見えてなかったもんな。
「ある日、二柱のうちの一柱が突然消えたのです。神の名は人々の中から失われ、以来その加護が信者に降りそそぐ事はありませんでした」
消えた!? 神が?
「驚き戸惑う人々に、突然、人族のみで構成されたソルティアの使徒の軍勢が襲いかかりました。混乱の中、ロクな反撃も出来ず、多くの国が滅び、神の加護を失った人々は大陸中に安住の地を 求めて散りました」
「え、そんな簡単に滅ぶもんなのか? そこまで極端な力の差があったのか?」
「神の加護を失えば、傷付いたものを癒す事は出来ません。戦いはソルティアの一方的な戦いだったそうです」
神という精神的支柱を失い、加護をも失うーー士気は下がり、負傷者の回復手段も失えば、戦術的アドバンテージを大幅に失う。その結果は目に見えているか。しかし、ここの管理神は二柱だったはずが、今いる神はソルティアのみの上、神の爺さん曰く〈外界と連絡を断っている〉ソルティア自体も問題を抱えているということか……
「国を追われた人々がソルティア教徒の目を逃れてこの地にたどり着き、大森林地帯に張り付く様に築かれた国がファドリシアです」
王都の町並みは獣魔の侵攻の被害を免れたこともあり、長く戦乱と無縁でいたのだろう。古都の趣きをたたえる街並みを見上げながら俺はその歴史が放つ美しさに嘆息する。
幾多の困難を越えて、守り通したものがここにあるわけだ……
「同じように故郷を奪われたエルフ、ドワーフ、獣人などもこの地に逃れて来ました。私たちの先祖は手を取り合いファドリシアの民として国を支え、以来数百年、大陸中の同胞達の約束の地として密かに語り継がれてきました。ところが200年ほど前にとうとう……」
「まさか、見つかっちゃった?」
軽くボケてみたつもりけど……それ以外に思いつかん。イヤイヤ、かはりマシなソフトランディングがないとこの手の出会いはロクなことにならんよ!
「見つかっちゃいました。ソルティアが召喚した勇者に」
「はあ!?」
マジかよ! よりにもよって仮想敵のトップじゃねーか!
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