第11話 ソウル……フード。

 衆目を集める中、俺は説明を始める。


「皆さんお気付きですね。この料理は麺に利用した小麦はパンなどにも使われていますから、他の統制食糧に較べても比較的に家庭内での流用が可能です。スープ作りに至っては統制食糧の対象外のものを使っています」


「本来なら捨ててしまうような、流通に乗らないものか……」


「しかも、その素材は各地の特産品を使うことによって、その地方地方の独自の味を生み出すことが可能なのです。ベースのラーメンは比較的自由度が高く、スープは素材によって産地の特色を色濃く映しだす事が出来る。これぞ故郷の味、ソウルフードです!」


「ソウル……フード。文字通り魂の食事か」

「我らの魂に直接働きかける味だ、ポーションや、治癒魔法では癒すことのできない、心を癒すにはまさにうってつけだ!」

「急ぎ国許にこのレシピを送らねば!」

「故郷の人々の喜ぶ顔が、いや、遠く故郷を離れて務めを果す兵達の笑顔が目に浮かぶぞ」


 驚愕と興奮が室内を埋め尽くす。感極まったかのようにウォーレン将軍が空の丼を高々と差し上げ叫ぶ。


「今確かに勇者義雄殿は先代勇者様を超えられた!」

「万歳! 勇者義雄万歳!」

「よっ し 雄!」「よっ し 雄!」「ら あ め ん!」「ら あ め ん!」


 王様を筆頭に、国の舵取りを担ういい歳こいたおっさん連中が大興奮で大合唱。今、歴史が動いた気がする。ラーメンで。


 ☆


 招待客が引き上げ、熱気の収まった会場で片付けをするエイブル麾下のメイドさん達。そんな彼女達に混じって俺も片付けを手伝う。勇者様がする事ではありませんと止められたけど、何事もやりっぱなしは良くないし、する事もないし。何よりこのやり遂げた感を今しばらくメイドさん達と共有したい。


 皆がスープも残らず飲み干してくれたおかげでどんぶりと箸の回収が楽なのはありがたいなあと思っていると、隣にいたエイブルが空になったどんぶりを見つめながら呟いた。


「なぜ、先代様はラーメンをお作りにならなかったのでしょう?」

「ああ、それな。多分知らなかったんじゃないかな」

「そんな事があるのですか?」

「ラーメンって結構歴史が浅いんだ。今でこそ俺のいた世界ではメジャーな食べ物だけど、爆発的に広まったのは戦後ーー先代さんがこっちに召喚された後なんだわ」


 聞きかじりの記憶だが、ラーメンのルーツは中国だ。最初は明治だか大正だかにどこぞの食堂が看板メニューを模索してる時、中国人の料理人が故郷の麺料理として提供して、それが中国人留学生の間に広まりやがて人気を博したそうだ。


 ただ、ここまで広がったのは戦後だ。食糧難で困窮していた日本に米国が食糧支援で大量の小麦粉を送ってくれたのだが、いかんせん小麦が主食でない日本では余りまくり、その活用法としてラーメンが脚光を浴び、闇市を中心に一気に日本全国に広がったとか。先代さんには未知の料理な訳だ。


「ラーメンに限らず戦後、家庭を中心に広がった料理はたくさんあるよ。幸いレシピは大霊廟にあるから、色々と伝えていきたいね」

「そうですね。メイド達の中には料理の好きな子もいます。その子達にも是非教えてあげてください」

「うん」


 実際、ラーメン作りでは彼女達には助けられた。特に一人のメイドーー見た目中学生か? って子の料理センスは飛び抜けていた。

 当初魚介系スープ一品で進めていたラーメン作りにいきなりダメ出ししてきたのだ。インパクトが弱いって。そのおかげでとんこつ、いや、レボアの骨を使ったラーメンの二段仕立てでいけたわけで、具材の選別でも俺の意図を汲んで需要のないレボアの骨を持ちこんでくるとか大いに助けられた。

 名前はヴィラール……ペロサだっけか? ちょっとクセのある子だったけど。


「まあ、ラーメンだけで、あの王様が落ち着くとは思えないし、このまま次のレシピも考えていこうと思うよ」

「次のレシピですか?」

「うん。また手伝ってくれるかな? 俺も食事に関しては王様ほどでないけど切実なところもある。その割に料理に関しては自信がないんだよね。基本、食う側だったし、たちまち思いつくのもカレー、コロッケ……」

「ええ! もちろんです!! カレー……コロッケ……なんて魅惑的な言葉でしょう」


 俺を見つめるエイブルさんの目がキラキラと輝いてます。近くにいたメイドさんも聞きなれない言葉にもかかわらず、ハッとした顔で俺を見つめてるし。


 カレーは林間学校で作った事がある。コロッケは作り方を知っている。というか作り方を俺の世代はギリ歌えるのだ。カレールーとか、ソースとか超えなきゃいけないハードルは低くはないが大霊廟と彼女達の手が借りれればなんとかなるだろう。


 何より、それ以上にエイブル達メイドの存在が俺の中で大きなものになっていることに気付かされた。レシピ開発に明け暮れた一ヶ月、こちらに来た時、俺をあれほど懊悩とさせた前の世界の食事への渇望が、嘘のようにおさまっていたのだ。


 新レシピに取り掛かり、それなりに忙しい日々を送っての心の変化だけに、一時は俺、どんだけワーカーホリックだよ? と自分ながらに呆れもしたが全くの見当違いだった。

 俺は知らず知らずにこの世界に自分が一人で居ることに絶望していたようだ。現状、他の転送勇者ーー同郷の人達との繋がりをもつ事が出来ない俺は、いわゆるホームシックというやつにかかっていたみたいだ。


 まったく、分かっているようで分からないのが自分の事だよなあ。そんなだからいきなり死ぬんだよ。


 まあ、そんな心の乾きはメイドさん達とのラーメン作りに明け暮れる中での、日々のたわいのないやりとりや、調理の合間、彼女たちの作ったまかないを一緒にとるうちに自然と癒されていたわけだ。


 うん。ウサギは孤独にすると死ぬという噂話があるけど、あれは嘘らしい。ただし、俺ーーおっさんは死ぬわ。おっさんは一人では生きていけない生き物なのだ。ロビンソンクルーソーもフライデーがいなかったら詰んでたな。それだけにこの繋がりは大切にしたい。


「そのためには……これからも君達の助けが俺には必要だ!」

「私は……私達は義雄様に……勇者様にとって必要なのですね」

「え? うん。そうだね? そうだとも!!」


 皆のモチベーションのアップを、あと、俺の好感度アップも多少(多少だよ!)含めてオーバーに言ってみたのだが、なんだろう? 会話の中に小さな違和感と、エイブルの横顔に浮かんだ、やもすれば見落としかねない、ほんの小さな陰りが見て取れたような気がした。


 やがて、何かを吹っ切ったかのように、小さく息を吸うとエイブルが真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「義雄様、この後、よろしければ私と少し街を歩いてみませんか?」


 なに!? イベント発生ですか? フラグですか? これが勇者特典なのですか!?

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