第10話 国民食の名は伊達では無いのだよ!


 王様のリクエストから1カ月が経ち、俺はついに新レシピの発表にこぎつけた。

 これが意外と難しいのですよ。シロウトが他人様に出せるものに仕上げようとしたら、リアルに大変だった。失敗続きの味の調整とか、試食の繰り返しに、何度心が折れそうになった事か。金を取れる料理って実はすごい事なんだなあ。


 助かったのは城のメイドさん達の協力が得られた事だ。エイブルが毎日、アシスタントとして部下のメイドを日替わりで連れて来てくれたのだ。最初、エイブルに頼んだら『私だけが専従でかかりっきりになれば、苦労を共にした事で採点が甘くなります。妥協なく、広く意見を求める事が肝要でしょう』と配慮してくれたのだ。

 結果、納得のいくものができた訳だが、どんだけ優秀なんだよこの猫耳美少女メイドは!


 発表当日、王宮内で一番広い謁見の間に開設された特設会場。中はファドリシア王を筆頭に国の有力者が一同に会している。俺の初謁見よりも人が多いのは、30年ぶりの新レシピへの関心と期待の高さがうかがわれる。


「くっ、亡き父をこの場に連れて来たかった……」

「こ、この日の為にわしは生きながらえて来たのじゃ」


 なんか言っていることが、どこぞの優勝からしばらく遠ざかっていた野球チームのファンみたいなことになってるぞ。


「では、始めましょうか」


 俺の合図とともに、エイブル指揮の元、動員されたメイドさん達によって参加者の前に供されるどんぶり。たちのぼる湯気の向こうで参加者の目が大きく見開かれる。


「なんと!? このスープは黄金か琥珀か?」


 箸を使いこなしてるのは先代レシピにうどんや蕎麦が伝えられているからだろう。まあ、フォークなんか使われたら興ざめだったよな。器用に引き上げられた麺を凝視する人々。皆の手がしばし止まる。


「麺が黄色いぞ」

「細い……うどんでは無い、蕎麦とも違う」


 俺が大霊廟から探し出したのは製麺機だ。蕎麦やうどんなら包丁で切るが、なんつーかラーメンではコイツで打ったタネを切るというイメージがある。手打ち? 贅沢言うない。


 パスタとかのパスタマシンもそうだ。それに意味があるかは素人の俺の知るところではないが、様式というのは先人の知恵だ。軽々に変えるもんじゃない。そんなのは天才に任せときゃ良いのだ。


「御託はいいのでとっとと食ってください。ラーメンが伸びちゃうでしょ」

「ラーメン!? これはラーメンと言うのか?」


 次々と慣れた手つきでたぐり寄せた麺をズルルッと吸い上げる参加者の皆さん。


「う、うまい! 蕎麦とは味も食感も違うぞ」

「麺、麺が違うのだ! この喉越し、弾力……細いくせにうどんとは違う力強さが」

「スープも蕎麦やうどんほどの上品さは無いが力強い!」

「出汁? 出汁の取り方が違う?」


 あんたらどれだけ食レポ好きだよ。


「ふむ……」


 ひたすらラーメンをすする参加者の中、ひとまわりも体の大きな男が丼を手にするや、一気に麺をすすり上げる。


「ずずずずーーーッ!!」


 勢いよく吸い込まれる麺。丼を下ろす事なく、高く掲げるとスープをこれまた一息に飲み干す。

 人々の目がその振る舞いに釘付けになる。

 麺もスープも綺麗に平らげ、ゆっくりと置かれる丼。


「あれは?」


 俺のそばに控えたエイブルに、男の肩書きを小声で聞いてみる。


「近衛騎士団団長ですね。お名前はウォーレン将軍と」


 武辺一辺倒というわけでは無いな。あの身のこなし、衆人の目を一気に引き寄せるパフォーマンスとか、かなりの切れ者と見た。俺の視線を感じとったのか、チラッと俺を見るとウォーレン将軍が感想を述べる。


「確かにうまい。だがこれでは万人を魅了するとは言い難いな、いささか物足りぬと……」


 キター! お約束のそのセリフ、言ってくれるのを待ってました!!


「ふっふっふっ」


 不敵な俺の笑みを怪訝そうに見つめるウォーレン将軍。周囲に走る緊張感。コレだよこのタイミング!!


「何がおかしいのですかな? 勇者殿」

「ラーメンの力を侮ってもらっては困る。国民食の名は伊達では無いのだよ!」


  再放送からDVD、果てはネット動画のお気に入り登録まで、繰り返し見たアニメの名セリフ。使い所に迷いはないぜ!


 将軍の前に新たな丼が供される。続けて他の参列者の前にも次の丼が供された。

 うって変わってざわめく室内。


「な、なんだこれは!?」

「スープが白く濁って 何も見えん?」

「く、臭い!」

「この様な獣臭いものーー」


 独特な香りにあからさまに忌避の表情を浮かべる者。底の見えない白濁したスープに戸惑う者。ざわつく衆人を制する様にあの男が声を上げる。


「待たれよ!」


 ウォーレン将軍が丼に手を伸ばす。ゆっくりと丼に口をつけ、一口。同時にその目がカッと見開かれどんぶりの中を凝視する。


「これは……なんという濃厚なスープ! ラーメン? これもラーメンなのか?」

 探る様にスープに挿し入れられた箸が麺を引き上げる。先程よりさらに細い麺に将軍の箸が止まる。


「この様な細い麺でこの力強いスープを御せるのか?」


 答えを求める様にズズッとすすり上げられる麺。直後、将軍の箸は壊れた器械の様に次々と麺を口へと運び込む。


 将軍の額に玉のような汗が吹き出す。それでも将軍の手は止まらない。麺が尽きるや丼を差し上げ一気にスープを飲み干す。


 その喰いっぷりは一見、先ほどと変わらないようにも見えるが、将軍の放つ熱量は明らかに違っていた。


「ゆ、勇者殿、これは一体?」


 先ほどの表情とは一変し、興奮を抑えきれない様子の将軍。ふっ、ハマったな。


「ああ、もしかして将軍は北部の出身ですか?」

「いかにも。北端の大森林地帯のそばだが……なんだこの魂を揺さぶり、我が血肉を湧き立たせるスープは!? しかも細身の麺がスープを隅々まで纏い、力強い味わいを口中に溢れ返させる!」

「これはレボアの骨を断ち割ったものを北部原産の根菜等と一昼夜、丁寧にアクを取りながら煮込み続けたものです」

「骨からこれだけの力強いスープが取れるというのか!? 」

「ええ、レボアの肉は統制食糧との事ですが、骨はどうなのです?」

「統制食糧の対象では無い。だがレボアの骨は、地元でもそれ程の使い道が無い……まさか!」


 ふっ、気付いたか。もう一つダメ押ししておこうかね。


「ちなみに、先に食べていただいたラーメンのスープは王都近郊の魚をベースにした魚介系ラーメンですが、スープに使用したのはこれも統制食糧対象外のいわゆる雑魚を干したものを利用したものです」


「!!」×ALL


「だからか……」


 列席者の誰とはなしに呟いた言葉はここにいる皆の総意だろう。まあ、それでも鈍感な人のために解説をしよう。


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