みっしょん:1 番外 ☆とある影の独白☆
ルーシ国第二王子ロマーン殿下が夏の休暇を終えて学園へと戻った日の夜、私は上司から王妃ソフィア様の部屋へ行くように指示され、王宮内の抜け道をいくつか使いながら目的地へと向かった。
「え。それは本当なの?」
回転扉のある通路へ着いた時、薄い壁の向こうの王妃の部屋から声を潜めてはいたものの動揺した王妃殿下の声がして、気配を消したまま聴覚強化の魔法を行使し、意識を中へ向けた。王妃殿下が話している相手は、彼女の親友である宰相夫人だった。
「ええ。とりあえず予防措置で息子と王太子殿下と側近の子息の方には
「ロマーンは第二王子ですから、後回しになってしまうのは仕方のない事。──
「ええ。素材が手元にないものだから取り寄せも兼ねると出来上がるのに
「陛下の分も?」
「念には念をというか。陛下がソーニャのことを愛してるのはわかっているけれど、
公にはなってはいないが、宰相夫人は防御と補助の魔法が賢者級だと言われている。賢者級の人間が作る魔法具であれば、不測の事態は避けられるだろう。
「それはそうね。陛下の心を乱す者の接近は出来る限り回避すべきです」
「そうそう。間者はどこからやって来るかわからないから」
物騒な話だった。これを聞かせるために、上司は王妃殿下のところへ行けと命令したのか、と思った瞬間──。
「そろそろ影の方がお越しになっている頃合いだと思うのだけれど。──来ていらっしゃるわよね?」
宰相夫人は、私がここへ来ることは把握済みだったようだ。依頼主は宰相夫人なのだろう。観念して絡繰の扉を回転させて姿を現わし、お二人の前に片膝をついて最敬礼する。
「王妃殿下、宰相夫人、お初にお目にかかります。影の私をお呼びとの事。どうぞご用命を──」
*******
王妃殿下の部屋へ向かった後、私に下されたのは学園へ戻られた第二王子に近付く令嬢の監視だった。
学校年度が変わり、学年が一つ繰り上がる生徒や、新入生や転入生が来る時期でもある。
数日もしないうちに、要注意と思われる女生徒が第二王子に近付くようになった。
王子にはれっきとした婚約者がいるのを知りながら、無遠慮に近付く女生徒の名は、アーンナ・クズネツォヴァ。
少々黒い噂のある、商人から男爵になった男の一人娘だった。母親は子爵の娘だったようだが、子爵家は火の車だったらしく、男爵の援助金と引き換えに買ったのだろうといわれている。
その母は娘を産んだ後に身体を壊して亡くなったそうなので、ちゃんとした教育係に躾けられる機会はなかったのだろう。男爵令嬢なのに、環境のせいなのか感覚は庶民そのもので、礼節も何もなっちゃいない。
それを見かねた王子の婚約者のエリザベータ嬢が一度窘めたが、作法も何も身についていないことを何とも思わない男爵令嬢にとってそれは馬耳東風だった。
普通の王族の感覚であればあんな娘の相手はしない筈だが、なぜか王子は男爵令嬢に構うようになった。王子の周りの男子生徒も。その反面、秩序を乱す男爵令嬢の言動は女子生徒からは反感を買っている。
(確か、ロマーン殿下は
幸いなことに学年が違う王太子殿下は公務で学園へ来ない日もあり、件の令嬢との接点がほとんど無かったし、ニアミスをしても
監視を始めたばかりの頃は宰相夫人作の魔法具を使用する度に心躍らせていたが、急速に男爵令嬢の意のままになって行く王子の姿を見る羽目になった私は、歯痒さを覚えながらも早く王子のところへ
介入できればよかったが、監視目的で配された私にそこまでの権限はないのが実情だったというのもある。が、それも遅きに失してしまったようだ。
(あの
王妃直筆の手紙と共に出来上がった
王子の変化にエリザベータ嬢はショックを受けていたが、過密なスケジュールのせいもあって気落ちする時間もなかったのだろう。その後も健気にカリキュラムをこなしていた。
婚約者が自分の為に真摯に学ぶ姿を見ようともしない王子は、更に男爵令嬢にのめり込むようになる。自分の婚約者を悪し様に言う男爵令嬢が、その裏で何をしているのかを一切疑うこともせずに。
(たらればなのはわかるが、
言い逃れができないように、男爵令嬢の行動は第二王子への接触を確認してからずっと監視し、宰相夫人から渡された記録媒体で隠し撮りしていたので彼女がやったことは全て記録している。
何度かあった定期報告で男爵令嬢の人となりについては上に報告済みだったし、
夜会の前日、第二王子は夜会の場で婚約者への断罪と婚約破棄をするのだとアーンナ嬢に意気揚々と語るのを聞きながら、私は苦々しく思う。
(あの時、エリザベータ嬢から
王子が計画している婚約破棄が上手くいかないことは目に見えていた──。
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