みっしょん:1 第二王子が妹を断罪する計画してるから阻止します☆前編☆

 映像はとある教室の、移動教室から戻ってきた生徒たちを映している。

 生徒たちは各々の席へ戻り、帰り支度をしていくが、教室の出入り口付近で待っていたエリザベータ付きの侍女が、戻ってきたエリザベータを見るなり早足で彼女に近付き、『お嬢様、この後オルロフ教授の授業がございます』と耳打ちした。


『次はオルロフ教授のところね。わかったわ。──ダーリヤ、荷物をお願いね』


 エリザベータの後ろに付いて教材を運んでいた侍女の名を呼び、教室に置いてあるエリザベータの荷物の回収を頼むと、『承知しました』と返して教室へ入っていく。

 エリザベータはそれを見届けると、オルロフ教授の教室がある方向へ進もうとしたが、エリザベータを待っていた侍女が『お嬢様、お待ち下さい』と呼び止めた。

 呼び止められて足を止めたエリザベータ。


『本日はサロンで授業をされるそうですよ』

『サロンで?』


 少し驚いた顔で瞬きをするエリザベータに、侍女は楽しそうな顔で語る。


『先程、教授の奥様からお手製のリンゴのケーキの差し入れがあったそうで、本日の授業はお茶の時間にすると仰いまして。率直に言いますと、早く愛妻のケーキを食べたい、ということですわね』


 教授の姿が目に浮かんだのかエリザベータはくすくすと笑う。


『まぁ、素敵ね。そうとわかれば、ご相伴にあずかる為に早くサロンへ行かないと』

『はい』


 和やかな雰囲気でサロンへ向かう二人。その背後の教室で、『無いわ!』と、女生徒が悲鳴を上げた。

 映像の視点は教室内へと移動し、無いと叫ぶ女生徒の姿を捉える。

 女生徒はアーンナだった。アーンナは焦ったように机の中や鞄の中を見るが、目当てのものが見つからないらしく、『無い、無い』と呟く。それを見た第二王子が心配そうな顔で『何が無いんだ?』と声をかけた。


『鞄に入れていたお母様の形見のブローチが見当たらないんです……』

『形見のブローチ?』

『はい……』


「そんな大事なものを持ってくるなよ…」と会場で突っ込む声がしたが、映像は続く。


『もしかしたら途中で落としたかもしれないから探してきます』


 そう言って教室から出ようとしたアーンナは何も無いところでつまづき、鞄に教材を入れ終えて教室を出て行こうとしたエリザベータの侍女ダーリアに──というより、鞄に向かってぶつかっていった。

 その時、アーンナが袖に隠し持っていたブローチが、鞄のポケットに入り込んだ瞬間がズームアップされ、鞄が床に落ちた。ことり、とブローチが鞄のポケットから転がる。


「何度見てもすごいよね、アレ。あんな風に忍ばせるなんて、プロだよねぇ」


 何のプロなのかわからないが、ビクトルは映像を見ながら感慨深げだ。というより、あんなタイミングでよくズームアップできたものだとアーンナの動きを察知しトレースできた撮影者を褒めたい。


『酷い、エリザベータさんが私のブローチを盗ったんだわ!』


 言いがかりが酷い。思わず酷いのはあんただろうと突っ込みたくなるが、いきなり自分の主が人様の物を奪ったと難癖をつけられた侍女ダーリアは一瞬ポカーンとしたものの、すぐに正気に戻ると毅然と言い返した。


『何を仰っているのかわかりませんが、そのブローチにお嬢様は一切触れておりませんわ。もちろん私やもう一人の侍女のタティヤーナも触れておりません。ブローチからはあなた様の魔力しか感じませんから、袖などに引っかかっていただけだったのでは?』


 理路整然と話すダーリアの勢いに押されたアーンナは図星だったらしく、顔を真っ赤にさせる。その接触が作為的なものだったと白状しているようなものだったが、本人は気付いていない。


『なっ。なんでそんなことがわかるのよ!』

『え。なぜおわかりにならないのですか?』


 心底意外だと言わんばかりの顔で答えるダーリア。触れればその人の指紋のようなもの──ダリアの言を借りれば魔力──が付くのでわかる人が視ればわかるものなのだが、アーンナにはそれがわからないらしい。宰相家の侍女は別格だったようで、さらに言い募る。


『これ以上お嬢様に難癖を付けられるのでしたら、正式に抗議しないといけなくなりますわね。やってもいないのに、犯人だと濡れ衣を着せられるのですから。それでも納得されないのでしたら、然るべきところで鑑定していただいても構いませんわ。私とお嬢様の潔白が証明されるだけですけれども』


 分が悪いと悟ったのか、アーンナはそれ以上ダーリアに食ってかかることはしなかった。それを見たダーリアは鞄を拾い上げ軽く埃をはたいた後、スカートをつまみ淑女の礼をして『失礼致します』と、教室を出て行った。

 その鮮やかな淑女の礼に見惚れる者もいたが、教室は再びざわめき始める。修羅場が終了してしまうと、野次馬になっていた生徒たちは興味をなくしたかのように教室を出て行った。


「うん。相変わらず所作が美しいね、ダーリアは」


 そう呟いた後、補足説明するようにビクトルは語った。


「ちなみに、当家のダーリアとタティヤーナは子爵家令嬢だからね。ただのメイド風情がクズネツォヴァ男爵令嬢に物申すのは不敬だ、と思った方がいたのなら認識を改めて頂きたい」


 侍女について語るビクトルの横で、エリザベータは愕然とした顔をしていた。


「あの日、あのようなことがあったなんて知りませんでした……」

「そうだろうね。ダーリアもリーザには余計な雑音は聞かせたくなかったんじゃないかな」


 映像はあれだけではなかったようで、学園内の寄宿舎に場面が切り替わり──女生徒の部屋が映し出された。


「なんで?」


 自分の部屋の映像が流れて思わず呟くアーンナ。


『失敗したわ! なんなのあの侍女。一切触れてないとか言い切るし、魔力がどうとか言ってたし』


 ぶつぶつ言いながら、映像の中のアーンナは悔しげに何かを壁に投げつけていた。壁に何かが当たる硬質な音が響き、母の形見と言っていたブローチが床に転がる。力一杯投げつけたせいか、ブローチの縁が欠けヒビが入った。


「あれって“母の形見”なんだよな?」と突っ込みが入る。


『あー悔しい!』


 キィーっと奇声をあげながら爪を立てて髪をかき混ぜるご機嫌ななめなアーンナの、毒が吐かれる場面を目の当たりにしたロマーン王子が自分の隣にいる令嬢と映像の中の令嬢を思わず見比べる。


「嘘よっ! 私、そんなことしてない‼︎ 」


 アーンナが涙を浮かべて全否定する。華奢な肩を震わせて涙をこらえる姿は庇護欲をそそるものだった。

 その姿を見、アーンナに同情的な目を向ける者もいたが、それに惑わされない者は冷めた目でアーンナを見ている。

 そんな中、ビクトルが「再生終了」と声をかけると中空の映像は消え、会場は元の状態に戻った。後ろに控えていた従者がビクトルの前に進み出てジュエリーボックスを差し出すと、ビクトルは月桂樹のブローチを元の場所へ戻す。

 一方、皆の注目を浴びているアーンナは目線をビクトルから彼の隣のエリザベータに移すなり、人差し指をスッと向けた。


「エリザベータさんが私を陥れる為に作ったのね! 酷い‼︎」


 その声にざわめく会場。証拠を持って来たのはビクトルなのに、妹の方を責めるアーンナを見て「ええっ、そっち行くかぁ」と若干引き気味の声が上がる。

 いきなり非難されたエリザベータの表情は強張るが、ビクトルはそんな妹の肩に片手をそっと置いて囁く。


「リーザが無実なのはわかりきっていることだ。ここはお兄様に任せなさい」


 囁きと同時に、にっこりと極上の笑顔を自分へ向けるビクトル。その笑顔と反比例するように兄が激怒しているのを感じたエリザベータは黙って頷くしかできなかった。その時、ビクトルの笑顔を真っ正面から見てしまい、ある意味流れ弾を食らった状態のどこかの令嬢が膝から崩れ落ちる音がし──令嬢のパートナーがあわあわしながら腰砕けの令嬢を介抱する。


「これは作為的に作られたものじゃないよ。君を監視していた者が君の行動を記録したに過ぎないし、映像を加工する技術はまだ無いからね」

「監視⁉︎ ──え? プライバシーの侵害じゃないですか! それこそ酷いです‼︎」


 アーンナは自分が監視されていたことに動揺を隠せない。


「君がやったことを考えれば、不穏分子の監視ということでプライバシーどころじゃ無いのはわかると思うけどね」


 呆れたような顔をして、やれやれと言わんばかりのジェスチャーをするビクトル。


「不穏分子? 私が?」


 ヒロインなのになんで? と小さく呟くアーンナ。それを横目にし、ビクトルは声を上げる。


「衛兵」


 ビクトルの硬質な声に、会場の警備の一部が駆け寄り──ロマーン王子にくっついていたアーンナを引き剥がしにかかる。


「おい、アーニャを離せ! 王子である俺の命令が聞けないのか‼︎」


 王子の制止が飛んでも衛兵はそれに従う事はせず、「段取り通りに頼みます」と声を掛けたビクトルの言葉に衛兵たちは承ったと言わんばかりに頷き、裏口の方へとアーンナを連行して行く。


「やめろ! やめろと言っている‼︎」

「殿下っ、いけません。おやめ下さい」


 アーンナを連れて行く衛兵に向かって怒鳴るロマーン王子。追いかけようとする王子を必死で止めに入る王子の従者。王子の醜態に思わず目を伏せ、ため息をついたビクトルは従者の代わりに諭しに行った。


「これは王命ですので、殿下の“お願い”でも聞けません」


 ビクトルが介入すると、心外と言わんばかりに王子はビクトルに詰め寄った。


「父上が? 何でアーニャを捕まえるんだ⁉︎ アーニャは何もしてないだろう?」

「彼女には殿下や男子生徒の心を魅了し操ったという、内乱罪の疑いがかけられています」

「内乱罪⁉︎」


 物騒な話になり、会場がざわめく。


「殿下もあの映像をご覧になり、一時混乱されていたでしょう? 他にもあるのでご覧になられればおわかりいただけると思いますが……。クズネツォヴァ嬢がかけた魅了が解けていない状態の殿下に今、何を進言してもご理解頂けないのは承知しております」


 言外に頭を冷やせと言われた王子は、茫然と佇む。それを流し見た後、ビクトルは周囲の注目を向けるようにパンパンと手を鳴らして悠然と語る。


「会場にいる皆さん、せっかくの夜会をぶち壊しにしてしまい申し訳ないが、本日ここで目撃されたことは他言無用に願いたい。これは王命でもあるので皆、従うように。違反した者には相応のペナルティが課せられるそうだから、親兄弟は勿論、信頼している人物でも話すのはお勧めしないよ?」


 内乱罪で女生徒が拘束された後に、“王命”や“他言無用”と言われ、ただ事ではないのだということを認識して皆真顔になっている。

 そんな彼らを眺めながら、「言い含めても話してしまう口の軽い人はいるだろうけど……」とビクトルは呟きつつ、「これが王命だという事と、ペナルティがあるという事はちゃんと言ったからね」と、大事な事なのでそこを強調してから続けた。


「それと、何人かには役人が事情聴取をするだろうから、召喚を求められたら素直に応じるように。逃亡を図った場合は、それ相応の罰が下るとしか言えない」


 夜会が行われていたとは思えない会場の雰囲気に、ふぅと溜め息をついたビクトルは最後の締めに入る。


「後日改めて王家主催の夜会が開かれるそうだから、それまで皆自宅や寮で待機してもらうことになるだろう。──伝達事項は以上だ」


 ビクトルの言葉で夜会は解散になった。夜会に参加していた紳士淑女はそろそろと帰って行く。


「お兄様……」


 予想以上に大事になったのを肌で感じているのか、エリザベータは不安顔でビクトルを見上げてくる。


「大丈夫、悪いようにはならないよ。最悪の事態は回避出来たようなものだからね」


 ビクトルの語る『最悪の事態』が何なのか、エリザベータにはわからなかったが、王命で行われた女生徒の捕縛は普通では無いので充分非常事態なのでは無いか、と肌で感じていると、未だ茫然としたままのロマーンの元へ歩み寄ったビクトルは王子に語りかけた。


「ロマーン殿下。落ち着いたらでいいので、他の記録映像も見て頂きたい。リーザのスケジュール表と教授陣の証言、お妃教育の日誌などが記録されています。あの令嬢の映像もありますが、彼女が殿下に吹き込んだ言葉がどれほど偽りに満ちていたのかを──殿下は知らねばなりません」


 ──というより、リーザの頑張りを見てもらいたいだけなんですがね。

 と、ビクトルは兄の顔を覗かせながら、自分の従者にアイコンタクトをして、先程のジュエリーボックスを王子の従者へ渡すように指示をした。


「記録映像は他にもありますが、王妃殿下に全てお渡ししてありますので、もしご所望でしたら王妃殿下の方へお願いします。──それでは、ごきげんよう」


 そう言って、ビクトルは一礼すると、成り行きを見守っていたエリザベータに微笑んだ。


「リーザ、帰ろうか」


 兄に促されたエリザベータはロマーンに向けてカーテシーをしてから、後ろ髪を引かれるように会場を後にする。

 皆が一斉に帰り支度を始めた為に車寄せは人だかりが出来ていて混雑していたが、ビクトルはこうなる事はわかっていたので予め待機させていた馬車へとエリザベータをエスコートする。


「まだやる事があるから、リーザは先に帰っていて」

「え?」


 ビクトルはエリザベータをエスコートして馬車に乗せるとすぐに馬車を降りた。一緒に帰宅するのだと思っていたエリザベータは不思議そうな顔をする。


「陛下への報告とか色々あるからね」

「わかりました。どうかご無理はなさらないで下さいね」

「うん。わかってる。──おやすみ、リーザ」

「お兄様、おやすみなさいませ」


 おやすみの挨拶を交わすと、馬車の扉を閉めてビクトルは御者に視線を向けて声をかける。


「──イワノフ、出していいよ」

「かしこまりました」


 馬車を見送ったビクトルの前に、二頭立ての馬車がゆっくりと滑り込み停車する。


「ビクトル様、お待たせしました」

「ありがとう、ヴァレンティーン」


 たいして待つことは無かったものの、ビクトルは御者の隣に座る従者のヴァレンティーンに礼を言って馬車に乗り込む。


「予定通り、これから陛下に報告に行くよ」

「承知しました。──王城へ頼む」


 ヴァレンティーンが御者へ行き先を指示すると、馬車が走り出す。

 ふーと深く息を吐いた後、ビクトルは緊張を解き、胸元の薔薇を象った銀細工の繊細なラペルピンに口を寄せて囁く。

「──母上、ご覧になっていましたね?」

『勿論です。記録もバッチリしておりますよ。茶番劇を見せられる羽目になる陛下と王妃殿下にはお気の毒としか言えませんが』

 ラペルピンから、ビクトルの母アナスタシアの声が響く。

「……そうですか。──母上、その遠見の術を今度ご教示下さい」

『いいですよ。媒体が無いと術が使えませんから媒体になるアクセサリーを複数用意してからにして頂戴ね』

「了解致しました。アーガイルから持ち帰った素材に良さそうなものがあるので、それを加工するとしましょう」

 馬車に揺られながら、思い立ったようにラペルピンの先の母に声をかける。

「母上」

『何ですか』

「今日の僕は何点でしたか」

『最高のお兄ちゃんでしたよ。満点です。よくやりましたね』

 母から満点をもらい、ビクトルはほっと息をついた。

「お褒め頂き恐悦至極」

『後処理などで数日はせわしくなるでしょうが、あなたの相手もそろそろ決めないといけないし、やる事はまだ山積みです』

 予想外のところから豪速球が来たのでビクトルは思わず「あー」と声を上げてしまう。

『誰かいい人、いないのですか?』

「まだ出会えていないようです」

『それは残念ですね』



 王立学院文化祭の夜会をご破算にした、第二王子の婚約破棄から始まった女生徒の捕縛劇の報告等で、その日の夜、ビクトルは雑務に忙殺され、そのまま寝る事なく朝を迎える事になるのをまだ知らない──。

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