2章:発見

 体は相変わらずなにもしていないのに疲労感で一杯。仕事面ではどん底。

 しかし、自由業なので仕事をやらなければ収入がありません。

 2008年まではアップダウンはありながら、同年代のサラリーマン程度の収入は維持していました。厚生年金がなく、健康保険も収入で上下する自由業は、理想としてサラリーマンの1.5倍必要と言われますから、はっきり言ってそれでも少ないわけです。

 ところが、症状が本格的に出る前に書いた2009年5月のオリジナル『ディアブロガンナー』が出た後、仕事がなく、焦りばかりが募っていきました。

 もちろん、その間にも企画はありました。ひとつはファミ通文庫さん向けに書き上げた後、何度も書き直し、最終的に「弊社では不可」となり、後に大幅に書き直してKDPオリジナル『まどうっ!魔法少女になるんです?』として電子出版した作品。もうひとつは『ソードジャンカー』が中断した後、GA文庫さんに出した企画で、企画書段階でダメ出しをくらい続け、このために精神的に追い詰められていくことになりました。

 焦った私は2009年9月になって、しばらく仕事をしていなかったMF文庫Jの担当さんに企画書添付のメールを送ってみました。

 担当さんはコミック部門に移って編集長になっておられましたが、文庫編集長に話を通していただき、打ち合わせをすることになりました。

 こちらの体調など事情を話して理解していただいた上で、別名義でやることを決めました。とにかくモチベーションを上げ、気を強く張り詰めるためにはどんな方法でも採用するしかなかったのです。加えて、神代名義では一般向けヒロイックファンタジー、ライトファンタジー、スペースオペラ、ゲームノベライズ(18禁含む)とジャンルがバラバラになっていたので、ライトノベル読者からの印象が薄くなっていました。ブランディングが必要だったわけです。

 そして、2010年4月に穂村元名義の『斬光のバーンエルラ』1巻が刊行にこぎ着けました。後にアニメにもなったコミック『がっこうぐらし!』(原作は海法紀光さん)を描くことになる千葉サドルさんのイラストのおかげもあって、短期間に3刷まで行きましたが、ヒロインの設定で私の読み違い(編集さんもスルーしていた)があり、一部ネットで叩かれていたようです。精神的にも耐えられないので、今に至るも実際には目にしていません。9月に2巻、比較的症状が落ち着いていた12月にはファミ通文庫さんでノヴェライズを1本出し、これでなんとか生活できるレベルの収入になりました。

 これが2000年頃ならもっと部数が多かったでしょうが、この頃には初版部数が2割ほど減っていました。現在(2019年)はさらに落ちているようです。


 それはともかく、2010年。

 ここでようやく男性更年期障害という言葉が出てきます。


 2010年6月15日に放送されたTV朝日『たけしのみんなの家庭の医学』という医療バラエティでした。『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』がリニューアルした番組ですね。

 妻である漫画家・赤星たみこさんが更年期障害で不安定になり、罵られ続けた温厚な夫が変貌していくという実話を紹介し、その夫がLOH症候群(加齢男性・性腺機能低下症候群)と診断されたというもの。男性更年期障害の中でも男性ホルモンが年齢平均値よりも顕著に低いものをそう呼んでいるそうです。

 その番組内の症状や自己診断などを見て、まさにこれだよと身を乗り出しました。

 そして、ググってAmazonでとりあえず数冊の本を入手しました。そのうちの1冊が今は亡き漫画家はらたいら氏の『はらたいらのジタバタ男の更年期』でした。クイズダービー終了後に体調がおかしくなり、どうやらそれが更年期障害だったという体験記です。仕事を減らし、療養し、様々な薬や療法を試した経験を振り返って記してあります。ほぼ、同じような症状であり、悩んだことも経験したことも同じ。違うのは、彼には仕事を休んでも大丈夫なくらい充分な蓄えがあり、私にはなかったということです。そして、フリーランスにとっては、これは致命的な差でした。

 2006年の引っ越し時には別ジャンルに挑戦するために1年くらいは仕事をしなくても食えるくらいの蓄えがありました。それが引っ越し、エアコン買い換えに加えて、体調不良での収入不足(もちろん売れる物が書けなかったのが第一ですが)のため、どんどん食われてしまい、この頃には蓄えが底を突きかけていたのです。


 では、そもそも更年期障害って?


 更年期障害とは、本来は加齢と共に徐々に減少していく性ホルモンの分泌が、なんらかの原因で急激に少なくなり、それによって様々な症状が引き起こされることです。主な原因としては肉体的な変化と肉体的・精神的ストレスです。

 性ホルモンは男女ともに20代から徐々に低下するのが一般的で、女性の場合は閉経の前後から卵巣から分泌される女性ホルモン(エストロゲン)が急激に低下することによって引き起こされます。

 しかし、男性の場合は閉経に相当する肉体的変化はなく、ストレスなどで睾丸から分泌される男性ホルモン(テストステロン)が低下するのが原因とされます。しかし、男性に更年期障害はないという医者もおり、また市販薬も女性用はあるが男性用がないことからも一般への知名度は高くありません。

 症状としては人によって異なりますが、代表的なものは男女問いません。全身の疲労感、顔のほてり、発汗、集中力欠如、記憶力低下、情緒不安定、抑鬱症状、などです。そこに男の場合、勃起不全や性欲減退などの性的症状、さらに筋力低下も加わります。なぜかというと、男性ホルモンの大半を占めるテストステロンは筋肉や骨の製造指令を出すホルモンだからです。メジャーリーガーやアスリートが筋肉増強のためにテストステロンを注射したというニュースもありましたが、それがこれです。

 私の場合、疲労感やほてりも仕事に影響しましたが、最も問題になったのは集中力欠如でした。執筆においては前日に書いた原稿に目を通し、その世界に入り込んでキャラクターの言動を書いていくことになります。ところが、まずその世界に入り込めません。入り込むのに時間がかかる。

 また、読書にも影響を与えました。本を読んでいても目が文字を追っているだけで、内容が全く頭に入っていなかったのです。ある時など、主人公がいつの間にか別の場所に移動していて、その理由がわからない。5ページ遡って、ようやく移動の描写があったことに気づく始末。こんな状態ですから、昔は2時間で読めた本でも1週間かかる始末です。おかげで読書量が激減しました。

 映画もそうです。まず映画館に行く気力がわいてこない。しかも、体調に波があるので、行ける体調かどうかはその日にならないとわからない。おかげで立川シネマシティではずいぶん予約をキャンセルしました(20分前までキャンセル出来るという他に例を見ないシステムなのです。ありがたい一方、申し訳ない気持ちでいっぱいです)。もちろん、収入減で娯楽に割ける金が減ったのも大きかった。最悪なのは作家にとって重要なインプットが減るとアウトプットにも影響するということです。

 こういう生活をしていると、ますます気が滅入ってくるし、毎日金をどうするかといった思考にしかなりません。鬱が改善されることなどありえません。

 ある研究によると、インドのサトウキビ農家の知能指数を収穫前と収穫後に調べたところ、収穫前はIQが低いという結果が出たそうです。つまり、収穫の心配=金の心配が脳に影響をしていると。確かに、脳というCPUにいつも金策という無駄なプログラムが走っていたら処理能力ガタ落ちだし、発熱もしますよね。

 しかし、番組によって道が見えたことでようやく治療に光が見えました。

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