2009年5月末、いきなりでした。

 その年の2月には幻狼ノベルズから『ディアボロガンナー』を出し、次の仕事をなんとかしないとなと思っていたところ、以前KSSさんで仕事をした編集さんがI社に転職し、彼からゲームノヴェライズを打診されました。

 引き受けてプロットを出したものの、ゲーム会社さんから却下されたという話を聞いた翌日――気温がいきなり30度を突破した日に駅前の書店に向かって歩いていました。そこで3年前と同じ症状が襲ってきたのです。全身のだるさとのぼせです。

 これはダメだと思ったので医者に行くことにしました。それと同時に、仕事のことが頭をよぎりました。引き受けた仕事は6月末までと言う結構厳しい条件でした。この状態でプロットを再提出し、原稿を書いても、3年前のようにボツになるレベルのものしか仕上がらないかもしれない。そもそもこの状態で一ヶ月で書けるとはとても思えません。治療出来るにしてもいつまでかかるかわかりません。断るしかありませんでした。

 仕方なく下した決断でしたが、初めて一旦引き受けた仕事を断った精神的なダメージは思いの外大きいものでした。


 さて、医者に行くとは言ってもどこに行けばいいのか。この時点では自分がなんの病気なのか皆目見当がついていません。

 まず、内科に行ったのですが、自律神経失調症――女性で言う更年期障害みたいなものですねと軽く言われました。この時点では男性更年期障害どころか、女性の更年期障害についての知識もありません。閉経に伴って女性ホルモンの分泌が減って色々体調の変化が起こる――それくらいです。恐らく一般的な男はそれくらいしか知らないでしょう。人ごとですから。なんせ男の大半は月経が実際はどんな物かも知りません。身近に症状を訴える人がいれば別でしょうが、母親が更年期になる頃には就職してひとり暮らししている場合が多いので知らないままでしょう。そういう話をするすらマレではないでしょうか。月経に限らず性の話をすることをタブー視する、あるいは忌む風潮はまだまだ強いですし、学校のプールにおける生理中の女子児童への不適切な対応などいまだにあるくらいですから。もう少しオープンに話が出来るようにならないかと思います。

 ちと脱線しました。


 内科としては出来ることはないので、心療内科に行ってくださいと。

 ついでに、昼間の睡魔については睡眠時無呼吸症候群の可能性もあるということで、自宅で検査する機材を渡されましたが、これが無理でした。呼吸の検査ですから鼻に管を当ててマスクのように耳で固定。さらに血中酸素濃度のモニターのために人差し指にセンサーをつけて寝るのですが、これがまったく寝られない。普段から寝つきが悪いんですが、この頃には仰向けで寝ることが困難になっていたのです。

 実は少し前に四十肩になってしまい、レントゲンを撮ったのですが、その時、首がストレートネックになっていると指摘されていたのです。この時、スマホはまだ使っていない(というより、iphone4がブレイクするのは翌年)ので、スマホ首ではありません。

 思い当たるのは、あの2006年の1ヶ月半、突然襲ってくる猛烈な睡魔で意識がなくなり、首を何度もガクンと落としていたこと。大した脳みそではないとはいえ、重量5kgの頭が落ちたら首にもの凄い負担がくるのは想像に難くありません。それを一ヶ月半です。寝違えどころではありません。

 このストレートネックのせいで首こり、肩こりがひどくなり、いまだにこれが続いています。さらには仰向けに寝ると呼吸が苦しく、いびきをするようになり、おかげで横向きに寝るしかなくなったのです。ところが、測定器をつけると横向きに寝られません。

 というわけで、睡眠時無呼吸症候群の測定は出来ませんでした。というより、意味のあるデータが取れなかったわけです。金の無駄でした。

 仕方がないので、数日後に近くの心療内科へ。診察は思った以上に時間かかり、10時に行って15時半までと言う長時間。これには後述する別の要因がありました。で、結果。問診と検査で鬱ですねと。鬱状態ではなく、本物の鬱。


 ところで、病状とは関係ないのですが、心療内科でちょっとした問題が起こりました。

 医者が採血になんと二度失敗! 心療内科は小さな医院が多いので、看護師がいないところもあります。私が行ったのもまさにそういうところで、医者が事務以外のすべてをひとりでするわけです。

 健診などでの採血では血管はいつもはっきり見えるし、失敗したことなどありません。ところがその日はあまり見えません。右と左の肘の内側で失敗し、三度目に手の甲にトライ。が、それも一度目は失敗して、針を刺してから血管探してまさぐり始めたところで違和感が。そして、ようやく成功して血が抜けていくと、いきなり視界が狭まり、暗くなって、ツーンと耳鳴りが……。

 次に気がついた時、床に転がって天井を見ていました。見知らぬ天井とはこのことです。


 あれ? 俺何してたっけ? いや、ここどこだっけ?


 医者と看護師が茫然とこっちを見下ろしています。現状認識には数秒かかりました。失神していたのです。生まれて初めての経験。見事に数秒間の記憶がなくなっていました。医者は平謝りで、ベッドでしばらく休むことに。倒れた記憶がないので頭を打ったかどうかも不明。こぶはないし、背中を丸めていたので問題はなかったようです。 というか、普通後ろに倒れないように支えるなり、床を絨毯にするとかあると思いますが、なにもなし。この時点でこの医者に対する信用がた落ちです。

 表に出た症状は貧血に近いのですが、交感神経と副交感神経を迷走神経が刺激すると、迷走神経反射という事が起こり、失神状態になることがあると本を見ながら説明されました。調べてみると、採血や排便などで起こることがあるとか。

 しかし、これまではなかったので、針を3回も刺し、血管を針先でまさぐられたからじゃないかと思いますが……。おまけに診療までの時間が長すぎて空腹だったし。 悪条件が重なりすぎたのかもしれません。


 とにかく、投薬療法でしばらく様子を見ることに。これまで飲んだことがないほど多い種類の薬でした。ここも問題だったかもしれません。

 その後、数日は気温も高くないので問題の症状も出ず、なんとか頭も使える状態でした。

 翌週、2回目の心療内科。

 睡眠は改善されましたが、問題の頭の火照りは気温が上がっていないので発症が確認できないのでなんともという話をすると、「何度くらいでなるの?」と。室温28度くらいでと答えると「暗示をかけているようなもの」と一蹴されてしまいました。いちいちチェックするから神経質なんだと思われた模様。いや、原因と結果の因果関係を調べるのは基本でしょう。それに温度計見てから症状が出るのではなくて、症状が出てから温度計見ているし、通常時の温度計の表示は室外で、室内はボタンを押して切り替える上、室内と室外の温度は意外と比例していないのです。

 承服できませんが、もうしばらく様子を見て、ダメなら医者変えるぞと心に決めました。


 薬を飲み始めて2週間を過ぎたところで、問題発生。

 朝、起きられない。体が動かない。全身が鉛のように重く、這うようにして起きる。こんなことは初めてでした。

 翌日も同じでした。こうなると薬のせいだとしか考えられません。本来なら医者か薬局に相談すべきところなのですが、医者には言わずに薬をやめました。これまでの経緯からどうにも信用できなくなっていたのです。

 すると、2日もかからずに体は元の状態に戻りました。しかし、今度は副作用がきました。睡眠導入剤も処方されていたため、急に断ったおかげで寝られなくなったのです。

 その後、3日間でわずか5時間くらいしか眠れず、ついに薬の力を借りて4日目になんとか眠れ、その後、少しずつ常態に戻っていきました。これほど苦しかった経験はありませんでした。徹夜で原稿を書いた方がよほど楽しい。

 結局、医者への不信から心療内科に行くのはやめることにしました。


 振り返って見ると、更年期障害によるひとつの症状を鬱病だと勘違いしたことによって、無駄な寄り道をしてしてしまったのです。根本的な治療をしないで対症療法的に対処したのが間違いだったわけです。


 ここまでが2009年の夏。

 この後、翌年春には花粉症になり、気圧や気温の上下で体調が明らかに変わるようになり、仕事量も減っていきました。

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