1章:前兆

 事の起こりは2006年6月末でした。

 真夏のような暑さの中、引越を敢行しました。

 新居は古い鉄筋アパート。仕事場にはエアコンもついているし、リモコンもあるというので、締切を抱えていた私はパソコンをセッティングし、ネット環境を整えると、段ボール箱の片付けもそこそこに執筆を始めました。締切を抱えていたのです。

 新規のGA文庫で新シリーズの『ソードジャンカー』。数年来温めてきた企画だったので気合いも入っていました。元々、別の出版社でノベルズ上下巻で進めていた企画でしたが、そこがノベルズそのものがなくなると言うことで、編集者の伝手で紹介していただきました。

 引っ越し数日後には気温30度を超えてしまったので、当然、エアコンをつけます。パソコンもありますしね。


 異変が起こったのは翌日だったと思います。

 朝から体が妙に重い。

 太った?

 いや、私のスペックは身長178cmで、その頃の体重は63kg。BMIでいえばやや痩せ型。若干軽いくらいです。ところがその時、全身に10kgくらいのウェイトをつけているくらいに重く感じました。両手両足に1kgずつ。胴体に6kgくらいですか。とにかく動くのが辛い。というより、動きたくない。動けない。

 最初は引越のドタバタで疲労がたまっているのか、風邪でも引いたのかくらいに考え、ちょっと高めの栄養ドリンクや栄養剤を飲んだりして対応しました。


 その後、さらに異変が起こります。

 仕事をしていて記憶がない時間ができました。いつの間にか寝ていたのです。しかも、不意に強烈な睡魔が襲ってきてガクンと首が下を向く。首の痛さで意識が戻る。

 さらには熱があるわけでもないのに頭が熱く、ぼうっとしている。まるでサウナに首だけ突っ込んだような感覚。のぼせというヤツです。


 数日後には全身のウェイトが20kgに増えた気がしました。

 この時の症状は、疲労感とのぼせの他に、集中力と根気の欠如、極端な睡魔……。簡単に言えば、持久走を走った後にサウナに頭を突っ込んだような状態を想像してください。

 こんな状態でまともな仕事が出来るわけはありません。

 案の定、9月になってGA文庫の編集さんに書き上げた原稿を渡した時、三分の二はボツになり、ほぼ全面的な書き直しになりました。あの時は症状を説明しながら「大変だったんですよー」などと笑い、編集さんもそれほど深刻には受け止めていなかったようです。これが大失敗だったことに気づくことになりますが、それは後の話。


 原因に気づいたのは、こんな状態が1ヶ月半ほど続いた八月半ばでした。

 ボロボロの状態で、それでもPCに向き合って原稿を書いていると、視界の隅をなにか黒い物が漂っていきました。マックロクロスケではありません。床に落ちたものをさわってみると、黒いススのような埃です。よく見れば他にも幾つか落ちている。

 重くて眠くて回らない頭でしたが、ようやく気づきました。


 エアコンだ!


 果たしてエアコンの吹き出し口を見てみると、ファンは真っ黒な埃とカビに覆われていました。汚れているなんて物ではありません。すぐに清掃しようとしたが、とてもじゃないが無理。しかも、かなり古い機種で、すでにメーカーはエアコン製造をやめていました。どうやら前の住人がかなり前に着けていたものだったようです。

 これに関していえば、私が迂闊でした。普通ならチェックしているところ、不動産屋(しかも仲介だったのも失策)の「使えますよ」の言葉を真に受けてしまい、おまけに締切に気を取られて見逃してしまっていたのです。最終的に撤去費用は不動産屋に負担してもらい、新しいのを翌年買うことにしました。これも計算外の出費で、引っ越し費用とあわせて後で効いてくることになります。

 結局、残りの夏はエアコンなしで過ごすことにしました。


 その後、症状は徐々に軽くなり、9月になる頃には少しだるさがあるというレベルになりました。ウェイトでいえば5kgくらいに減った感じ。

 翌2007年、人間ドックに行きましたが、まったく異常はなし。夏場になると少し体調が不安定になりましたが、昨年ほどではなく、だるいというくらい。それで、もう大丈夫かと安心していました。


 だが、実はこの頃、目に見える大きな異変が進行していました。

 髪が……ゴソッと抜けていたのです。


 どちらかと言えば毛は多い方で、くせ毛も少しあるのでヴォリュームはありました。父方母方どちらの親戚にも禿げはいません。親父は83になっても白髪とは言えフサフサです。

 ところが、短期間に前髪から頭頂にかけてドッと抜け、その後生えてこなくなりました。体内が不調になると、エネルギーを節約しようとして髪や爪に回すエネルギーを減らすといいます。そう言えば、その頃は爪に横筋が多くなり、もろくなっていたのを思い出します。シールをはがそうとすると、爪が薄皮のようにめくれそうになったほどです。ちなみに爪の縦筋は健康に関係ないようです。

 自分で感じていたよりも体は疲弊してダメージを食らっていたのでしょう。

 というわけで、この頃から手ぬぐいをかぶるようになりました。

 陽に焼けていないうえにになってかなりブサイクなので、さすがに気になったのです。ジェイソン・ステイサムな感じにしたいじゃないですか、どうせなら。しかし、陽に焼けない体質(というか肌が弱くて赤くなる)なので、いまだに綺麗な禿げにはなっていません。

 最近になってようやく禿げ頭のままで外出するようになりましたが、手ぬぐいのストックはいつの間にやらずいぶん増えました。お気に入りはTV『三匹のおっさん』で泉谷しげるさんがかぶっていたもの。ネットで検索すると、静岡のデザイナーさんによる注染という伝統技法のものでした。手ぬぐいは高くても2000円もしないし、使い道が多いので重宝しますよ。

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