もっと遡れたら
小笠原先輩の姿が見えた。先輩が、何かを見つけて、ぱっと笑顔になる。その視線の先には――女の子。他校の制服を着た可愛い子。彼女も笑顔になって自転車屋の前で合流する。午後5時16分。
そして二人は腕を絡まさんばかりにくっついて歩き始めた。うーん、確かにこれはただの友達って感じじゃないな。そしてこちらに近づいてくる。女の子はすごく可愛かった。小柄で華奢で白くて柔らかそうで、とにかく愛らしい。ぎゅっと抱きしめたくなるタイプ。山下さんとは全然違うじゃん、って思って、先輩に対して、なんだかなあって気持ちが湧いた。
私が山下さんをそっと押し出す。二人の前に山下さんが立った。その後ろに私。先輩が、驚いた顔をして、ひきつった笑みを浮かべた。女の子のほうは、きょとんとしてる。この子は山下さんの存在を知らないんだろうなあ。それを考えると、この子も被害者なわけだ。でも私は残酷な気持ちになっていて、山下さんが何を言って、これからどんな修羅場が始まるのか、ちょっぴりわくわくしてた。
でも――修羅場は始まらなかった。山下さんは何も言わなかった。その代わりに、二人にくるりと背を向けると、勢いよく走りだしたのだ!
――――
え、何事!? って思って、私も猛然と山下さんを追いかけた。しかし山下さんは早かった! 見失わないようにするのが精一杯。なんでこんなに早いのか……足が長いからなのだろうか。
ようやく山下さんが止まった。私も息を切らしながら追い付いて、彼女に声をかけた。
「……あ、あのっ……、なんで急に……走ったり、なんか」
苦しい息の下、ようようそれだけ絞り出す。山下さんは私の方を向くと、きっぱりと言った。
「私にはできない!」
「……ああ、二人に何か声をかけること……」
「無理なの!」
激しい断定口調だった。悲痛な表情で山下さんはさらに言った。
「私が何を言っても、もう先輩は私のところに戻ってこない! そんな気がするの!」
「う、うん……」
戻ってくるっていうか、山下さんがこの失恋から立ち直ってくれれば、それでいいんだけど……。山下さんはふっと、私から顔をそむけた。俯いて地面を見て、山下さんは言った。
「もうどんなに頑張ったって無理なの。やり直せないの……。……ううん、でも、過去に戻れたら。6月6日をぐるぐる繰り返してるだけじゃなくて、ここからさらに過去に戻れたら。そうしたらやり直せるかも……。でも、やっぱり駄目かも。私のこの性格じゃ、やっぱりまた先輩は離れて行ってしまう……。性格を直すにはどこまで遡ればいいの……」
過去って。私は眩暈がする思いになった。こちらは未来に進めなくて困っているのに、過去って。私は気持ちを落ち着けて、山下さんに言った。
「で、でも過去より未来のほうがいいよ。未来のことを考えよ? えっと、山下さんは6月5日に失恋したわけでしょ? 今日は6日だから、それは昨日のことでしょ? でも7日になったらそれはおとといの失恋になって、8日なったら3日前の失恋。そんなふうにどんどん離れて行って、1年前の失恋とか、30年前の失恋とかになったら、全然感じ方が違ってくるよ。今は近いから傷が生々しいだけで、30年後には失恋の傷もきっと、かさぶたくらいになってるはず」
「治らない傷だってあるの!」
こっちを向いて、きっとした目つきで山下さんが言った。美人が怒ってる。怖い。綺麗な分だけ迫力ある。私はたじろいだ。
「……でも……、ほら、それはこちらの捉え方の問題で……」
私はしどろもどろに声を出し、そしてなんだかいらいらしてきた。何故私は一方的に怒られているのだろうか。そりゃ、私の考え方は、能天気で苛立つものかもしれないけど。現在まさに失恋の傷に苦しんでる山下さんにとっては意味のないアドバイスかもしれないけど。でもさー、でも、私だって……。
「わ、私だって、小笠原先輩が好きだったんだからね!」
言ってしまった。言わないつもりだったけど、うっかり言ってしまった。山下さんが驚いた目でこちらを見る。そして、みるみる顔が曇っていった。
「……ご、ごめん……ごめんなさい……。私、そんなこと知らなくて……」
先程の怒りはどこへやら、小さな声で山下さんが謝った。しょげている。困っている。肩を落として。私は慌ててフォローした。
「い、いや、好きっていっても、すごく好きだったわけじゃないから! ちょっぴり! ほんのちょっと好き……ていうか、違うな! 好きというより、憧れ、ほんのりとした憧れだから!」
「……そうなの?」
山下さんがこちらを見る。そんな悲しそうな目で見ないでくれー。どうしたらいいかわからなくなってしまうじゃないか。私は笑った。とにかく話題を変えたかった。えーっと。えーっと、何を話せばいいんだろう……。
「――そうだ! お腹空かない!?」
考えた末に私が言った言葉はそれだった。山下さんがまた、えっ? って顔をする。私はにこにこ笑いながら、明るく言うのだった。
「私はお腹空いた! 近くにスーパーあるからさ、そこでおやつでも買わない?」
「う、うん、いいけど……」
私は山下さんの腕を取って、ほとんど強引に、スーパーへと連れていった。
――――
スーパーでお菓子をあれこれ買う。そして、公園に移動。公園は人が少なかった。小学生くらいの女の子たちが3人ほど、ブランコで遊んでるだけ。
私と山下さんはベンチに腰を下ろした。たった今買ったお菓子を食べ始める。食べながら、いろんなことを話した。小笠原先輩のことじゃなくて、今のヘンテコなこのループのことじゃなくて、お互いのこと。何が好きかとか、どういう趣味を持ってるかとか、そういうこと。
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