私は7回目
頭がどうにかなりそうだったけど、これでちょっとは安心した。でもこれから先どうすればいいかはわからないけど……。ずっと6月6日が続いたら、やだなあ……。
「私は7回目なの」
山下さんは冷静に言った。私は訊いた。
「何が?」
「これが7回目の6月6日なの」
……ええ……。それは壮絶だな……。
「私はこれが2回目。ところで……私たち以外にこの不思議な現象に気付いた人はいないの?」
「いないみたい。少なくとも私はまだ会ってないないわね」
ということは、山下さんはたった一人で6月6日を6回も繰り返していたということか……。それってほんと、壮絶じゃない?
「でも……どうしたらいいんだろう? なんでこんなことになっちゃったんだろう? ここからどうやったら抜け出せるんだろう?」
ごちゃごちゃした頭で私は力なく言った。7回も6月6日を繰り返すなんてやだよー。なんとか明日が来て欲しいよ。
私は考える。こうなってしまった原因を。でも何も思い浮かばない。過去に何かあったのかなあ。例えば――6日の1日前である5日とかに、何かが。でも、何も思い当たるものはない。ごくごく普通の一日だったと思うんだけど。私は山下さんにも訊いてみた。
「この原因ってなんだと思う? 最近なんか変なことあった? 例えば6月5日とかに。私はいつもと変わらない日だったんだけど、山下さんは、何かあった?」
「……私は……」
山下さんが言いかけて、やめた。視線を落として、迷ってる。少しの間沈黙があったけど、でも心が決まったのか、また、口を開いた。
「私は――失恋したの」
「失恋」
この美しい山下さんが。こんな人を振る人もいるんだなあと私は変なところで感心した。
「私……。小笠原先輩と付き合ってたの」
びっくりな人名が出てきた。私は驚いて、訊き返した。
「小笠原先輩って……あの、小笠原先輩!? バスケ部の」
「そう」
小笠原先輩のことは私も知ってる。ていうかこの学校の有名人だ。イケメンで背が高くてスポーツ万能で成績優秀で明るくて人望があって。非の打ち所のないような人。アイドル的存在で、多くの女の子の心をときめかせて、その小笠原先輩と、山下さんが、――付き合ってた!?
どすんと、衝撃が私の胸にやってきた。付き合ってたのか……そうか二人はラブラブだったのか……。……実を言うと私も小笠原先輩がちょっと好……いや、好きってのは違うかもだけど! 好きっていうか憧れだけど! そうただの憧れ! テレビの向こうの有名人にキャーキャー言うようなもの! ただそれだけ!
ひょっとして、私も失恋したんじゃない? って気持ちが押し寄せてきたのだ。でも、でも違うから! これはただの憧れで恋じゃないから! だから失恋じゃない! ノーカン!!
やたらビックリマークで溢れる心情を押し殺して、私は可能な限り平静を装った。山下さんは、もちろん、こっちの気持ちには気付いてないみたいだった。
暗い顔で彼女は話を続けるのだった。
「昨日、6月5日のことだけど、先輩が、よその学校の女の子ととても仲良さそうに歩いているのを見たの。私が後でそのことを問いただしたら、先輩は怒りだして、じゃあもう別れよう、という話になって……」
山下さんは俯いた。俯いたまま話を続ける。
「私は……根が暗くて話も下手で一緒にいても面白くないタイプだから、他の女の子と仲良くしたくなる気持ちも分からなくもないけど……でも……」
山下さんはそこでぱっと顔を上げた。そしてどこを見てるのかよくわからない目をして、低い低い声で言った。
「6月6日が繰り返されてるって気付いたときに、私は、先輩は何をやってるんだろうって思ったの。そして突き止めた……先輩が、6月6日午後5時16分に、彼女の通ってる高校の近くの自転車屋の前の道で、彼女と出会って二人仲良く寄り添って帰って行くことを……」
こ、怖い……! 山下さんの、地獄の底から響くような声も怖いけど、目も怖い! 私はいささかドン引きしながら思った。これはまずい精神状態なのではなかろうか。たった一人でおんなじ一日を繰り返し、そしてそこで自分を振った相手の行動を見張る……うん、よろしくないな。これはいかんな。
ひょっとして、この時間ループの原因は山下さんの失恋が原因ではないか、と私はふと思ったのだった。6月5日に心を残した山下さんが、6月6日から先に、一向に進めないんじゃないかと……。さすがに荒唐無稽な気がしたけど。でも私はどんな小さな可能性にだってすがってみたかったから、声を励ましながら、山下さんに言った。
「あ、あのさ! 今日もその二人のところに行かない!? 午後5時16分に!」
「どうして?」
不思議そうに山下さんが私を見る。私はその質問に答えた。
「えーっと……、あのー、その、そこで二人に話しかけるとか、何か普段と違う行動をしたらえっとこの状態の均衡? みたいなのが破れて、ループが解消されるんじゃないか、って」
山下さんが失恋から立ち直って、元気になったらまた時間が進み出すんじゃ、って思ったんだけど。それをはっきり言うのはなんとなく躊躇われた。私のへたくそな説明に、山下さんはいまいち納得できなさそうな顔をしつつも、でも、「じゃあ……やってみる」と頷いたのだった。
――――
6月6日午後5時10分。私と山下さんはそっと自転車屋の前の道を見張っている。昨日――といってもここで言いたいのは6日のことだけど。ややこしいな――私はこの時間、何をしてたっけ。もう家に帰ってたかもしれない。その24時間後、こんなわけのわからない状況に陥るとは、全く思ってもみずに。ほんと、人生って一瞬先は闇だね。
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