あかりちゃんの失恋
原ねずみ
今日は何日?
私が山下さんのことあかりちゃんと呼ぶようになったのは、ある一件がきっかけだった。ある一件、だなんてずいぶんと素朴に聞こえるけど。大したことないように聞こえるけど。でも本当は、とってもびっくりな事件が我が身と(あかりちゃんに)降りかかったのだ!
これはその顛末を描いた物語である。
――――
始まりはごく普通だった。ごく普通の朝だったの。私、瀬川由衣(高校二年生)は、いつもと同じように起床したのだ。いつもと同じように制服に着替えて、いつもと同じように朝ごはんの並んだ食卓に向かう。でも。ここから先が「いつもと同じ」じゃなかったんだなあ……。
私は何気なく、食卓の上にあった新聞を見た。日付は6月6日。6月6日? それって昨日じゃない? なんで昨日の新聞があるのかなあ、今日の新聞はどこ? と思ってお母さんに訊いてみた。そう、私は真面目な女子高生なので毎日、新聞に目を通すのだ。見出しを見るだけだけど。
「お母さーん、今日の新聞は?」
「テーブルの上にあるでしょ」
台所から、お母さんの声。
「え、でもこれ昨日の新聞だよ」
「今日のよ」
「でも日付が6日って……」
「今日、6日じゃない」
……何言ってるの? 今日は7日でしょ? それとも私がなんか間違ってるのだろうか。ちょうど目玉焼きを食べ終えたところの父に訊いてみる。
「今日って7日だっけ?」
「そうだよ」
父は平然とした顔だ。やっぱり私が間違ってるみたい。こういうことってあるよね。で、私は「今日の」新聞を手に取った。一面を見る。……なんだか見覚えのある紙面なんだけど。私はどういうわけか、これを見たことあるような気がするんだけど。いや。あるような気がするじゃなくて、見た! 確かに前にこれを見た!
私は混乱した。どうして私は今日の新聞の内容を知ってるの? それは私が昨日、6月6日に、この新聞を見たから……だと思う。でも昨日は6日じゃなくて、今日が6日で……。
えーっとそれって……。どういうこと!?
――――
くらくらした頭で学校へと通う。いつもの道。いつもの街並み。いつもの……でも、会う人くらいは変わるじゃない? いつもと同じ通学路といえど。でも変わらなかった。昨日、会った人と、同じ場所で会ってしまうのだった。
教室に辿りつくと、友達の美穂が声をかけてきた。「昨日の数学の宿題なんだけど……」私はぎくっとした。これ前にも聞いた! その後、最後の問題が難しくってわかんない、って言うんだよね!? って思ったら、やっぱり言った!「最後の問題が難しくてわかんなかったんだけど……」
その問題は私もわかんなくて、結局、賢い千里のところに行って、解答を写――じゃない、解法を教えてもらうのだった。私は知っている……この会話の行きつく先を知ってるぞ……と思ったら、もうなんだか限界って気持ちになって、助けを求めるように教室を見回した。そうしたら、意外な人と目が合ってしまった。私はどきっとした。これは違う。これは昨日にはなかったことだ。
目が合ったのは山下さん。山下あかりさんって名前の人で、私は今まであんまり話したことない人だった。というか、クラスの多くが話したことないんじゃないかな。何しろ、山下さんは浮いてるし。
悪い意味で、ではない。とにかく美人で目立つから浮いてしまっているのだ。すらりと長い脚、スタイルの良い長身、小さな顔に大きな目、整いすぎててちょっと冷たく見えるくらい。なんだかクールそうだし飄々としてるし、他人とあんまり群れないし、精神年齢高いんだなあ、私たちとは違う人なんだなあと思われてるのだ(私もこの時はそう思ってた)。
山下さんがこっちを見てる。私も見返す。何も喋ってないけど、少し、意思が伝わってるような気がした。変なことが起こってるよね? って私の目が言うと、山下さんの目も、そうなの、って返してるみたい。
声をかけたかったけど、チャイムが鳴ってしまった。私は休憩時間に彼女を捕まえることにした。
――――
ようやく彼女を捕まえたのは、2時間目の後の休み時間。廊下で声をかけると、山下さんが私を人気のない校舎の隅の階段に連れて行った。
山下さんがすごく真面目な目で私を見てる。美人だからか……迫力あるなあ。気圧されてると、山下さんは小さな、低い声で言った。
「――瀬川さん……あなた……。……気づいてるのよね?」
「そ、そうなの!」
私は飛びつくように言った。何に気づいてるかは山下さんは言わなかったけど、でも、言いたいことは瞬時にわかったような気がした。
私は山下さんに詰め寄った。
「そう! 今日は朝から変なの! 今日は6月6日だっていうけど、私の中では7日になってるはずだし、それに昨日と同じことは朝からずっと続いてるし……。なんだかまるで……」
昨日を、6月6日を繰り返してるみたい、って私は思ったのだ。山下さんはとても真剣に頷いた。
「やっぱりそうなのね……。実は私もなの」
「山下さんも!?」
飛び上がらんばかりに嬉しかった。このヘンテコな状況に気付いてたの、私だけじゃなかったんだ! 仲間がいた! 嬉しい!!
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