第12話 彼女の眼力

 

 その後とりあえずあまり人の来なさそうな路地裏の地下にある古い喫茶店に入る。

 名もない古い喫茶店、モダンと言えば聞こえが良いが、まあ古い、いわゆる昭和の喫茶店。


 夜はバーに変わるカウンター、今時サイフォンを使い、注文毎に豆を引いている所を見ると、拘りのコーヒー店の様だ、


 店の奥にある席に座る。形の違うソファーに腰掛けるとようやく落ち着いて来る。


「えっと……で、どういう事なの?」


「何がですか?」


「いや……さっきの……」


「さっきの?」

 不思議そうな顔で僕を見つめる。赤い眼鏡を掛けても彼女の可愛さは全く落ちる事は無い。―――――眼鏡? ふとさっきの事を思い出す。そう言えばさっき突然眼鏡を外した。その瞬間ついて来た人々が一気にいなくなった。


「その眼鏡に何かあるの?」


「眼鏡? ああ、さっきのって……そういう……えっとですね、逆です」


「逆?」


「はい、私……眼鏡を取ると誰も近付かなくなるんです」


「は? 誰もって?」


「はい文字通りですね、誰も私の周りに近付かなくなります。それどころか、少し睨んだら逃げて行きます」


「えええええ! いや、それって……なんで?」


「うーーんなんでと言われても……過去の力の名残ですかね?」


「ですかねって……」


「でも意外と便利ですよ、一人になりたい時とか~~」

 そう言うと彼女は眼鏡を外し周りを見回す、そして一点を見つめる。その視線の先、隣の席で陽向ちゃんに見とれていた男性が怯えた様な顔をし直ぐに席を立つ。


「ふふふ、こんな感じです」


「す、凄い…………あれ? でも……僕はどうしてなんともないんだ?」


「あはははは、当たり前です、私のご主人様なんですから」


「そ、そうなんだ」

 何かその理由に納得しそうになるけど……これはアニメでも漫画でもない……現実なんだ……そんな事って……。

 でも……目ヂカラ……そう考えれば、彼女の微笑みは天使、女神の微笑み。優しいお母さんの様な慈愛に満ちた笑顔、誰もが安心する。でもそんな、母親みたいな人が睨んだら、いつも優しいお母さんが唐突に激怒したら、泣くよね、子供ならワンワンと泣くよね? 多分そういう事なのかも知れない。彼女の微笑みは全ての人を子供にする。僕の中でそう結論付けた。でも……じゃあ僕は?


「でもそういうのコントロール出来るっていいよねえ、特に陽向ちゃんは人気者だし、少し羨ましいよ……僕なんて情けないけど元から誰も近寄って来ないし、やっぱりオタクって辛いね~~」

 彼女を前にすると、自分なんてと思ってしまう。自虐的になってしまう。

 こんな僕をご主人様って言っている彼女が少し可哀想になる。もっと格好いい人、彼女と釣り合う人だったらって……。


「え?」


「え?」

 僕がそう自分を卑下すれば、優しい陽向ちゃんは僕を慰めてくれるかなって少し打算的な返答を期待した…………が、彼女の顔は全然違った。何言ってるのこの人? みたいなキョトンとした顔をしていた。


「あ、いいえ……えっと、オタクとか関係無いですよ」


「は? 関係無い?」


「はい! 全然関係無いです」


「え? それって……どういう」


「私と同じって事です、私よりもずっと強い力のせいです」


「強い……力?」


「はい、そもそも主真様ってこうして私とも普通に話してるじゃないですか? 別にコミュ障とかじゃ無いですよ多分、だったら同じご趣味の友達が出来る筈です」


「あ……」


「お一人に……主真様がボッチという物になってしまっているのは、過去の力の名残です」


「……そ、そんな……」


「申し訳ありません、私がもっと早く主真様を見つけていれば、寂しい思いをささせなくて済んだのに……」


「いや、でも……それっておかしくない? そうしたら僕は親にも見放される筈で……」


「子供の頃でしたらまだ力は強くありませんから、大人の方、特に親御さんでしたらかなりの愛情がありますので、でも残念ですが、主真様が成人になられらた時は……」


「えーーーーー! そ、そうなの?」

 見捨てられるの? そう言えば入学式来なくていいって事をあっさり了承した……あれって始まり?


「はい……残念ですが……」


「え? じゃ、じゃあ、僕……今後どうなっちゃうの? それってまずくない? 今後ずっとボッチって、ああああ、就職とか絶望じゃん!!」


「大丈夫です主真様!」


「あ、ああ、そうだよね、陽向ちゃんがそうなんだもんね、僕も眼鏡とかでなんとかなるよねえ」

 あはははは、そうだよね、今後もっと誰も近づかなくなるとか、もう仕事は作家しか無くなるよ……作家だけは嫌だよ、一日中ずっと一人で部屋に籠って小説書くとかもう人間じゃないよね? 動物園の動物だよ。あんな仕事出来るなんて変態しかいないよ、ましてやそれを目指すなんて奴の気が知れない。


「主真様の力は私なんかよりもずっとずっと強力で、今はまだしも今後は眼鏡くらいでは……」


「えええええええええ! そ、そんなああ」

 いよいよ作家……とりあえずweb小説からやるか……。


「大丈夫です! 安心してください! 私が居ます!」


「あははは、そ、そうだよね、なんか手はあるよね……」


「はい! 大丈夫です! 任せて下さいい! 私が働いて主真様を養いますから!」


「…………はい?」


「主真様は昔の様に家で、どーーんとしていて下さい! 全ての事は僕(しもべ)である不詳の私が致します!」


「…………いや、えっと……それって……」

 大昔で僕(しもべ)が一杯いる様な立場ならいざ知らず……それって現実だと……


 ニートで無職で……ただの……紐……。


 僕って……将来……屑じゃん……。



 仕方ない……とりあえず本気で目指すか…………小説家を……。





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