第14話 普通の人々 2

 生きてる人たちはみんな生きててエラいなぁ、と思えてくる和やかな昼休み。

 今日、先輩たちと昼食を共にしたのは、教えてほしいことがあるからだ。


「マジックアイテムって、どんなものがあるんです?」

 食べ終わるのを待って、僕はサリアさんに聞いたのだが。

「良く聞いてくれました! 今からお見せしましょう!」

 アメンボ氏に引っ張られるように3人で工房に向かうことになった。サリアさんはあまり気が進まないようだ。

「マジックアイテムはオーダーメイドが主なの。完成したらすぐ渡すから、工房を見たって作りかけしか置いてないよ。あと絶対触っちゃダメだから」

「まあまあ、新人くんが知りたいと言うんですから。あれの見本なら構わないでしょう」

「うーん……見本ならまあいいか」



 僕たちは、第3工房という部屋に入った。

「ここにあるのはオーダーメイドとは別の、完成品の見本だよ。セロと私の共同制作なんだ」

「そう! 私も協力させていただいております」

 アメンボ氏はセロという名前だと分かった。あと、意外と謙虚。


 室内には城や塔のミニチュアがところ狭しと並んでいる。セロ氏は大きな身振りで上機嫌に語りだした。

「イチオシはこちら! 

 魔力コントロールの訓練に、燃えても壊れても繰り返し使える、建物タイプの練習台! 穿月塔モデルと黒森城モデル」

「なんてこった!」

 初仕事の日に、模型とはいえ出身地の城が破壊される想像なんてしたくなかった。一方、セロ氏は僕が驚いたのが嬉しいらしく、薄い唇の片端をニヤリと歪めた。

「何か不満でも? 西の白岩城モデルと南の暁月城モデルは完売しました。あ、黒森城は人気なので多目に作ったのですよ。インテリアにもオススメです。

 うーむ、黒森城は大変美しい建築物ではありますが……これからの時代、白岩城のほうを増産すべきかもしれませんね」



 この国では、御三家と呼ばれる3つの家系の当主が交代で王位に就くという、諸外国から奇妙がられている仕来りがある。

 北都の黒森城に住んでいた、ローラが生まれたジュゼット家はその一つだった。父王の死を以て、王位は西都の白岩城の城主に移った。アメンボ野郎のいう「これからの時代」とはそういう意味だ。

 その直後、ローラの罪のため、ジュゼット家は御三家の資格を失った。その後釜として黒森城には近いうちに、北部地方でつぎに有力な何とかいう貴族が引越してくる。

 御三家のあと一つは、南都の暁月城主だ。三都の城のなかでは穿月塔に月見を邪魔されない唯一の城。

 東都は御三家のどこにも属さない自治区である。



 僕は良いことを思いついた。

 もしかして、穿月塔の模型を手に入れれば、ローラの部屋かもしれない場所を見ることにも、侵入経路を考えるにも使えるのでは……!

「屋根を外して中を見られます?」

「できるけど、中は実物と違うからね」

「建物とくに城の内部は、住人にとって機密事項です。我々とてそこまで把握できませんし、知っていても侵入や盗みを助長しかねないものは作りませんよ」

 まあ、そういうものか。


「中に入れるタイプもありますよ」

 奥に案内された。そこにあるのは、貧民窟の狭苦しい掘立て小屋くらいの小ささだが、しかし趣きある威容を見事に再現したのであろう、黒森城だ。

 ローラとリデル様の過ごした城……のレプリカ。中に誰もいないと分かっていながら、思わず中に入る。


 中は実物に似ていないそうだが、壁も天井も城の雰囲気に合わせた塗装が施されているように見える。実物を知らないけれど。

 リデル様はこんな場所で読書を楽しんだ……かもしれない。ローラはここで妹と語らいたかった……かもしれない。けれど、実物のほうも主人を変える運命にあるのだ。


「これは魔法学校で使用されるもので……あれ、聞いていませんね」

「ちょっと! 新人どこ行った!?」

 先輩たちの声で我に帰った。いけない。浸っていないで外に出なくては。

 しかし、入り口は閉まっていた。押しても叩いても開かない。



 足元に小さな人形が近づいてきた。

「ようこそ! パズルを解いたら扉が開くよ! 君ならできる。さっそく始めよう♪」

 人形はテーブルにぴょんと乗った。

「まず、蝋燭にあかりをつけて♪」

 テーブルの上に燭台がある。しかし蝋燭も火をつける道具もない。仕方ないので、燭台の平らなところに、ポケットに入れていた魔法灯を置いた。

 カタン、キュルルと何かが動く音がした。

 魔力に反応したのか。もしかして魔力を使わないと解けないパズルなのか。いや、何かあるはずだ。脱出する方法が。

「モロー君の魔力値はゼロなのですよ……」

「マ?」

 アメンボ先輩、僕の名前を覚えてくれてたんだ……。

 小部屋の奥、祭壇のような台の裏側に、レバーがある。力いっぱい押し下げた。これで外への扉が開くに違いない。

「レバーに触らないといいけど……あれ、難易度の調整……」

 サリアさんごめんなさい……レバー触りました。

 機械の動くような音がまた始まり、なんだか天井からトゲトゲしたのが出てきた。扉は微動だにしない。

「ギャッ⁉︎」

 トゲトゲが丁度頭の上に落ちてきて、また引き上げられてゆく。

「おーい、聞こえる? いまから助けるから、待ってて!」

 待っていられそうにない。小部屋の隅が燃えている。

 僕は……咄嗟に、反対側の隅へ駆けつけ、ナイフで壁を切り裂いて、脱出していた。


 サリアさんとセロ氏が消火に励んでいる。

 火は、サリアさんが出口を作ろうとして、城のレプリカを外から焼いたのだった。

 僕たちが室長にきつく叱られたのはいうまでもない。僕は疲労回復のために、こっそりと魔鉱石を口に含んで聞いていた。


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