第13話 普通の人々 1

「ご安心ください! お子さんはあなたの子です。だってほら、あなたの魔力値は0.5ですから。お子様の魔力値が1に満たないのは、お父様譲りでしょう」

 下級相談員となった僕の顔と、魔力計のあいだに視線を泳がせながら、僕より少し年上くらいの若い父親は憮然としている。

(まずかったかな)

 その手元の肖像画は幼い息子で父親そっくり。息子の魔力は魔法学校教師の知人が計ったそうだ。


 魔力というものは、お金と違ってあればあるほど有利だとは限らないが、力と名がつく以上は強いほうが良いと思う人もいるだろう。相談者はそのタイプらしいが、どうか機嫌を直してほしい。

「あ、あの……大丈夫ですよ。僕なんて魔力値ゼロです」

 相談者の眉間のたてじわが浅くなった。

「ここの相談室長も魔力値1ですが、もっと魔力の強い人たち相手に活躍しておられます」

 たてじわが消えた。うっすらと笑みさえ浮かんだように見えた。

 が、相談者の反応は意外なものだった。

「ふん、あんたがゼロで上役が1か。信用できないね。他をあたるとしよう」

 他へ行ってどうする?

 僕が呆然としている間に相談者は席を立つ。

「あの、次回の……」

 次回の予約は要らないだろう。

 僕は書類の「利用料支払済」の文字を確認し、後を追うのをやめた。



「先程のはどうかと思いますよ」

 僕をとがめる砂色の髪の男は中級相談員だ。手足が細長くてアメンボを連想させるような雰囲気がある。

 受付はやや変則的な交代制で、同じく中級相談員である、あの小麦色の女性はいま工房にいる。隣の席にいま居るのは男のほうだ。

「私とてあのような、プライドばかり高い輩は気に入りません。しかしですね、自分が魔力に劣るのを認めたくないからこそ、魔力の弱い我が子を受け入れられない……と察しがつくでしょう普通」

 ろくろを回すような手つきで早口に話す。

「えぇ……? ああ……」

 いまの話を頭の中で反芻してみたが、やっぱり理解できない。

 魔力がなくても別段困らないが、妻子を疑い続けるのは辛いのでは? 疑われ続ける妻は? わけも分からず疎まれる子供は?

 けれど、僕は亡奴である時点で普通ではないのだ。先輩職員の「普通」の基準にわざわざ異を唱えて悪目立ちしたくないので、黙っている。


「おっと『普通』は言い過ぎましたか。ともかく覚えておきなさい。ここに来る者は皆多かれ少なかれ、自分には魔力がある、と思っているのです」

 そこまで言うと彼はくるりと背を向け、独り言を続けた。

「……いや、魔力があると思いたい者のなかに、まるで鉱山のなかの宝石のように、本当に強い魔力ゆえに悩む者が混じっている、と言うべきでしょうか……」

 ローラとか、メリッサとかが思い浮かぶ。先輩ははたして信用おける人物だろうか? この人の好奇心めいたものが怖いような気もしてくる。

 それから、じゃあ先輩ならさっきの男に何と言葉をかけたのか、聞いてみたいものだ……と思っていると、またこっちを向いた。

「それにしても当番が私で良かったですねえ。サリアだったらあの馬鹿兄ちゃんごと事務所が燃えます」


「あたしが何だって⁈」

 そこにいたのは金髪に小麦色の肌、マジックアイテム作成者でもある中級相談員のサリアさんだ。

 札のついた箱を持っている。

「修理できたよ。新人さん、この番号札の人が見えたら、これを渡してね」

「はい」

「少し早いようですが、交代しますか」

 そう言ったのはアメンボ氏だ。早く名前を覚えないと。でも聞き直すのはネチネチ説教されそうでイヤだな。

「時間まで受付にいてよ。道具を片付けてくるから」


 サリアさんが行ってしまうと、砂色の髪ののっぽさんは、声を潜めて言った。

「室長の魔力値は1ではありませんよ。まあ、あのときは話の流れ的に正確な数値をしらせる必要はなかったと理解しておりますが。今後あなたも室長も恥をかくことのないよう、人の魔力値を言いふらす、それも実際より低く言うのはやめるべきです」

「ごめんなさい。もうしません……」

 でも、それでは魔力計の受け渡しのとき見たのは何だったんだろう。

「ちなみに、室長の魔力値はだいたい5です。いつも魔眼封じの眼鏡で抑えているのです」


 魔眼封じの眼鏡。そういうのがあるのか。




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