第12話 魔力値

 紹介状を片手に、もう片方の手で、ズボンのポケットにしまい込んだ魔鉱石の存在を確かめて心を落ち着かせる。東都暮らし初日に近くの道具屋で買ったものだ。

「東都魔人相談所」

 今日からしばらく、ここで働くのだ。


 扉を開くと、広い部屋に整然と並んだ大きな机、壁には中身の詰まった本棚。早めに着いたからか、人はまばらだ。

 とりあえず「受付」にいる人に話しかけようとしたら、向こうから挨拶してきた。

「こんにちは。マジックアイテムの御用命でしょうか?」

 気になる言葉を発したのは、褐色の肌に金髪の若い女性だ。

「いえ、今日付けで働きに来まして。モローと申します」

「ああ、貴方が。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 彼女はハキハキと愛想よく言って、僕を仕切りの奥へ案内した。


 しばらく待つと現れたのは、人のよさそうな小太りの中年女性だ。頭の左右に短い角がある。角族だ。

「初めまして。相談室長のドナです。あなたの直属の上司ということになるわ。気になることは何でも聞いてちょうだい」

 メガネの奥の穏やかな目を見ていると、なんだかローラを探し出すまでの仮の居場所と思っていることが申し訳なくなってくる。


 説明によると僕のおもな役目は、相談所を訪れた人の話を聞いて書類に記録し、室長のドナさんに提出することだ。

 相談者のなかには聞いてもらえば気が済む人も少なくない。そうでない人に対しては、再訪の予約をすすめる。

 室長は相談事の記録を読み、必要に応じて魔力あるいは魔術の知識を持つ、中級以上の職員を割り当てて対処させるそうだ。


 それから、施設内を一緒に見て回る。

 研究室や工房、資料室、食堂、トイレ……などの場所を教えてもらった。 

 研究室の室長はあまり人に会いたがらず、施設全体の代表者である所長は出張中とのこと。

 資料室には、ありがたいことに穿月塔内部の見取り図のファイルもある。ローラのいるだろう、まだ見ぬ上階層のことを調べられる。禁帯出だから後で頭に叩き込もう。


 「渡すものがあります」

 と言って室長が立ち止まったのは、実験室や工房が並ぶ、重要そうだが僕には縁の薄い場所だった。彼女は近くの扉を開けて入り、懐中時計に似た円いものを手に戻ってきた。

 僕はそれが何なのか知っているような気がする。胸の奥がざわざわしてきた。


「見たことある? これは魔力計です。魔術工房や、魔鉱石の発掘場でよく使われます。……魔人狩りが持っていることもあるのよね。

 なるべく相談者の許可を得て、魔力を計って記入しなさい」

 それを受け取る時、針が少し動いた。だいたい1から0の目盛へ。

 ローラから供給される魔力によって生かされているとも言える僕が魔力値0なのは、妙な気がするが、何か理屈があるのだろう。リデル様に今度会うとき聞いてみよう……と言いたいところだが、あの人は尼僧院に行ってしまうので、ラケル氏のほうだ。


 魔力を帯びた場所、物、人を含めた生き物に近づけると、魔力の強さに応じて針が目盛を指す。時計みたいに12の目盛で一周する。室長は使い方を説明してくれたが、ここまでは見れば分かるようなことに思えた。

 けれど僕は魔術に関して全くの素人だ。どうにか理解が追いつくうちに聞いておきたい事がある。

「ちょっといいですか、どのくらいの数値ならどのくらいスゴい魔力なのか、ピンと来ないんですが」

「そうねえ……私が新人だったころ、先輩から聞いたわ。魔力値3は魔法学校3年生、6は冒険者仲間の6人目、9はうわさの宮廷魔術師、12は世界一周探して0人」

 室長は少し楽しそうだ。やっぱりピンと来ないが、とりあえず僕の疑問を馬鹿にされなかったのは安心した。

「語呂合わせですか」

「やっぱりそう思う? これは一応の目安ですよ。魔力を持つ人の進路は、魔力だけで決まるわけではありませんからね。

 たとえば、この塔の住人の3割近くは、多少の魔力を持つ魔人でありながら、魔術とあまり関係ない職業についています。冒険に出た魔術師だって、魔力だけでは生き延びられない。宮廷魔術師にいたってはコネが9割とも言われるわ。

 もちろん、戦乱の時代のベラトリーチェのような、本物の天才もいるけどね。あの時代に魔力計があれば、ベラトリーチェは魔力値10に届くと考えられます」

 その名は北部出身者ならみんな知っている。黒森城を築いた、ローラたちのご先祖だ。

「今までの相談者で最高は?」

「私が知っているの限りでは6ね。ここに来るのは、魔力を抱えて生きることに折り合いをつけようとする人。偉くなったら相談に来ないのよ」

 ローラは、どちらなのだろう。少なくともまだここに来たことはなさそうだ。

 

 休憩時間、資料室で塔の見取り図を見ようとしたところ。近づく足音にまじって話し声が聞こえてくる。

 僕は、本棚のあいだの踏み台に乗ったまま、聞くとはなしに聞いていた。

「気に入りませんねえ。我々の仕事に専門性など無いと言われたも同然ではありませんか」

 苛立ちを含んだ男の声。

「そうかな……。魔力のいらない部分を多少は代わってもらえるんだよ。きっと助かるよ。受付の仕事が減るぶん、工房での作業に集中できるでしょ」

 背伸びして隙間から見てみると、金髪に小麦色の肩が通り過ぎてゆく。今朝、受付にいた女性だ。その時と違ってよそ行きの声ではなかったが。そして話相手の男性。もしかして、気に入らないとは僕のことか。

 男のほうが顔の向きを変えたのでギクッとしたが、女のほうを向いただけだった。

「あなた、言うほど受付にいないでしょう」

「あんたがそれ言う⁈」




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