第11話 東都の住人

 僕はラケル氏からの紹介状を手に、新しい職場へ向かうところだ。

 東都に着いて今朝で3日目になる。



 じつは東都に住処を得た日の朝、あれから一悶着あった。

 顔を上げると、ラケル氏の緑色の涼やかな両目が穢らわしそうに僕を見下ろしていた。思わず胸ぐらを掴もうとしたが、僕の手はあえなく振り払われた。

「そんな目で見るな……!」

 怒声まで惨めったらしい。自分で嫌になった。

「うるせえ!俺だって好きでここにいるんじゃねえ。さっさと用件を済ませろ」

 そして、テーブルに書類を置いた。

「本来、俺も挨拶に行くほうが良いんだが、1人でいいだろ。俺は妹を送るから」


 思えば、あんなやり取りの後で紹介状なんてものを渡すラケル氏もラケル氏だ。受け取った僕も僕だということになるが、ローラを探すのに使えそうなものは何でも使うのだ。

「お前の紹介先はうちの親父も助成してた……一握りの大魔術師から魔人狩りに脅える市井の人々まで、魔人のための施設だ。仕事はいろいろあって魔力の要らないのも多い。魔力の持ち主についての情報も集まる。お前ならやれるだろう」

「はい」

 頷くとき、まず艶やかな黒髪のローラ、そして折れそうなほど細い肩のエレンとメリッサが頭に浮かんだ。


 漫然と周りの要求に応えるだけでは望みは叶わない……という点に注意すべきだが、この仕事はローラのためにもなるはずだ。

 ラケル氏は皮肉っぽく目配せして付け加えた。

「もちろん、ゆうべのような無茶はもうしないと信じている」

 あんたの信頼なんてどうでもいいが、その話はやめてくれ。

「じゃあ決まりだな。

 あと、リデルから伝言があるんだ。……なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


 嬉しそうとは意外だった。亡者の僕は、神聖魔法を使える彼女が少し苦手だ。

 もっとも、美人ではある。ローラの末妹でラケル氏と双子だが、顔はローラによく似ている。流れるような銀髪に青い瞳で、腹違いの姉とも双子の兄とも好対照をなす。

 どうせならリデル様から話を聞きたかったとは思っている。


「リデルの話はこうだ……。

 亡奴は失った命のかわりに、魔力で生命活動に似た状態が保たれているもの。そして本来、反魂術を使った主人のそばに仕えるもんだ。主人と一緒にいれば自然と魔力が補給されるらしい。

 お前がそうでないのに生きてる人間に遜色なく動けるのは、主人であるおねえさ……じゃねえ、あの女の魔力が奇跡的なまでに強くて、離れたぶん薄まっていても少しは届くから、と考えられる」


「いまお姉さまって! ローラはお姉さまと呼ばれているんですか、リデル様からは⁉︎」

「そこに食いつくのかよ! あと、あの女には様をつけないのか」

「そういえば……我ながら、何ででしょうね……」

 それより、ローラ、離れていても君を感じられるのは奇跡的なことだったんだね……。


「まあ別にいいけどな。お前のなくした記憶と関係あるかもしれないし。

 で、続きだ。ぼーっとしてんなよ。

 ……そうは言っても、遠く隔てられた状態では魔力補給に不利だ。補給のためには、生きてる人間も合法的にやるようなことなら何でもやれ。不死身であることを普段は活かそうと思うな、だそうだ」

 改めてそう言われるとガッカリする。能力的には凡人のまま。亡者であることがバレたら死ぬより辛い目に遭わされるという、不安要素しか残らないではないか。


「で、これは妹が魔術師仲間から聞いた暮らしの知恵なんだが、魔鉱石の小さいのを口に入れて置くと、魔力を使った先から補給できて良いらしい。

 つっても工房にいる間の話さ。冒険者は、口をひどく怪我したり喉に詰まらせたりしかねないからやらない」

「僕なら大事に至らなさそうですね」

「だな。リデルからお前には……まあそんな所だ」

 異母兄弟みんながローラを嫌っているような印象を持っていたが、辛うじてリデル様は姉と認めているようだ。

 それが分かったところで、彼らも僕も、やることは変わらないけれど。



 この仕事が本当にローラを探すのに繋がるのか、正直心もとない。けれど、伝手を増やすには、自分のためにしか動かないわけにはいかないものだ。

 住居もトークンも、この紙一枚と抱き合わせに手に入れたようなものだし。


 おととい昨日と穿月塔の中をざっと見て回り、ローラの手掛かりには程遠いが、気づいたことがいくつかある。

 1つは、上に行くほどローラの気配が濃くなるが、僕の持っている銀のトークンでは入れない場所も多くなること。

 2つめは、塔の中央の柱にあるていど近づくとローラの気配が消えること。理由はまだ分からない。


 3つめはいわずもがなだが、塔の予想以上の広大さと複雑怪奇さだ。

 どうやら、もともと塔の1階1階の天井がとても高いらしく、その1階ごとに2階建て3階建てあるいはもっとあるような、小さな建物がたくさん入った入れ子状態だ。

 吹き抜けのきわのところは、通路として空けておく決まりらしい。



 僕の就職先の「東都魔人相談所」は、ラケル氏によると「北区画の真北で、第2階層を下から上までいっぱいに使っている施設」だ。

 2階、ではなく第2階層。

 それも道理だ。銀狼亭だって地上は2階建てだが、地階にあたる第1階層にすっぽり収まっている。


 相談所はすぐ見つかった。

 階段で地上に出て振り返ると、僕の部屋や、しばらく世話になるだろう道具屋の、ほとんど真上だ。

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