第9話 東都の朝 2
元王族のおごりで食べる肉は美味い。それも東都で人気の店だ。
ならず者の家でスープに浮いていた肉の欠片とは全然違う。あんなものを有難がってえらい目に遭った。しかし……もしかしたらエレンという少女が作ったのかもしれない。あの質素な食卓こそ僕が知っていたはずの生活に近いのかも……とはいえやっぱり美味いな塊の肉ってのは!
エレンは僕の過去を知っていそうだ。過去のなかにローラを探す手掛かりもあると良いな……。
ラケル氏より先に食べ終えてしまった僕は、さっき貰った小物入れの中を見ることにした。
内側は柔らかな布が敷き詰められ、三等分に仕切られている。1つ空きがあり、あと2箇所にそれぞれぴったりと収まっているのは、取り出してみると、赤く透き通る液体で満たされた小瓶。紅玉みたいに綺麗だ。
「それ、3本あったんだが1つ減ってるだろ。お前が倒れたとき使ったからな」
「ああ、あの時の」
「まだ痛いか?」
「そういえば、もう痛くないです」
言われるまで意識しなかった。
僕を刺したやつへの恨みはともかく、傷はすっかり癒えていたのだ。
「すげえな!」
ラケル氏は少し嬉しそうな顔をした。妹の優秀さが誇らしいのだろう。
亡者を癒やす薬とはいったい何で出来ているのか気になるが、聞かなかった。ラケル氏が知っているとは限らないし、もし知っていて難しい話をされても分からない。
「大事に使えよ。二度と調達できねえから……話したっけ? あいつは尼僧院へ行くんだ。婚約が破談になって」
何も言えなかった。原因が僕とローラにあることは察しがつくから。
この薬を飲んだ時とても気分が良くなったのを覚えているが、そんな事情があるなら滅多な事で消費できないな。
食堂を出るとき、ラケル氏は後で受け取りに行くと言ってアップルパイをまるごと2つ頼んでいた。
長い脚で大股に歩くラケル氏の、ゆるく編まれた金髪を追って、入った時とは違う通路を行く。銀狼亭は、穿月塔の外と中の両側に出入口があるそうだ。
不意にラケル氏が振り向き、金色の鞭のように弧を描く髪を僕は避けた。
氏の手のなかに、円形の金属の札がある。銀貨に似ているがそれより大きく、子供の掌くらいだ。
「このトークンを持ってろ。塔の住人の証みたいなもんだ。あるとないとで、ここでの行動範囲の広さは段違いだ」
ラケル氏が放り上げたそれを受け取った。銀の札には、二重の円と、それを四方から囲むように4つの印が刻印されている。
銀狼亭から塔の中へ続く出入口に着いた。僕たちは店員にトークンを見せて通った。客ではなく住人として、穿月塔へ。
煉瓦造りの塔は、輪切りにするとドーナツ状で、最上階を含む何階かが蓋をする格好だ。広い吹き抜けの周りをぐるりと囲むように、住居や店や施設がある。
1階は広場もある。
そして、地面から最上部までを貫く柱が見えた。
「ここの広場には定期的に市が立つんだ。あの女も来るかもな。同じ顔でいるかどうか知らんが、お前なら分かるんだろ」
僕は頷いた。
ローラが変身魔法を使う可能性は大いにある。ラケル氏が言うのは、亡者に備わっている、主人の居場所を感知する能力のことだ。近づけば精度も上がる。どんな姿でも見抜いて探し出すとも。だが、ローラを嫌っている血縁者たちに僕から知らせるかどうかは別だ。
塔には地下がある。氏が用意した僕の仮の住処も地下1階の区画にあるというので、僕は氏に続いて階段を下りてゆく。
(続く)
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