第8話 東都の朝 1

 馬型ゴーレムが嘶いた。東都の北口に着いたのだ。さわやかな夏の早朝だ。


 少し眠っていたらしい。僕が目を覚ましたときには、みんな誰かに毛布を肩にかけてもらっていた。西側の壁際の席に座っている一体の小さな人形を除いては。

 どうせなら、ローラの夢を見たかったな。

 馬車は舗装された道を進み、狼を象った看板のある店の前に止まった。


 リンリンリンリンリン!

 音以上に驚くものを見た。人形がベルを両手で持って揺すっているのだ。これもゴーレムだったのだ。


 目を覚ました人のぶんから一枚ずつ毛布を自在箱にしまっていく。

 全員が馬車から下りると、馬車も馬型ゴーレムも小さくなって自在箱に仕舞われてしまった。エレンは目を丸くしてその光景を見ている。

 その自在箱は底に車輪から着いていて、小さな人形が運ぶのだ。

 リデル様は人形を労うように頭を撫でた。



 銀狼亭は、穿月塔の北側の一画に昔から店を構える宿屋兼酒場だ。

 つまり、ローラの住処のある建物に、僕は到着したのだ。塔を見上げた。


 上のほうに工事をしている人々がいる。うち何人かは頭に角を生やした「角族」だ。大柄な種族だが、ここからはみんな豆粒に見える。


 穿月塔は巨大なうえに一つの国のように複雑だと聞いている。ここからが大変そうだが、そのぶん再会の喜びも大きいだろう。全身が震えている。亡奴でも武者震いするのだ。



「銀狼亭では誰かしらが起きているんだ」

 ラケル氏はそう言って入り口の扉を開けた。

 応対に出たのは、地下から階段を上がってきた「耳族」の男性だった。三角耳が頭の左右の斜め上にあり、それは髪や髭と同じ灰色の毛に覆われている。ラケル氏の知り合いらしい。

「よう。また夜明かしか。放蕩息子め」

「いや、今朝は女子旅の護衛だよ。1階か2階に空き部屋はあるかい?」


 二人姉妹の泊まる部屋が決まった。

 リデル様は自在箱を抱えた人形を従えて2階へ階段を上っていく。双子はもとからここに宿をとっているのだ。


「俺たちはこっちだ」

 ラケル氏に連れられて来たのは、宿の食堂。丁度、朝ご飯の時間だ。若い耳族の女性が、お盆いっぱいにコップや皿を載せて歩いている。小柄なせいか灰色の三角耳が大きくみえて可愛らしい。さっきの男の親戚かもしれない。

「おはよう。こいつの分もな」

 ラケル氏はさっと銀貨を取り出し、盆に置いた。宿泊客でなくとも食堂は利用できるのだ。



 この国の陸上の人類には大まかに4種類いると言われている。

 逞しい「角族」、機敏な「耳族」、ローラたち一族の属する魔力に優れた「牙族」。異なる人種の間に生まれ、いくつかの特徴を併せ持つ人々も存在する。


 そして4種類目にあたるのは、実のところ先に述べた3つの人種の混血に変わりないが、どの人種の特徴も持たない、俗に言う「第4人種」。僕はこの分類だ。



 案内された席についた。男二人で。

「まず、知らせておかないといけない。俺とリデルの二人が力を貸すと言ったが、今後こうして話せるのは俺だけだ。お前にあの女を見つけさせるのに乗り気なのはあいつだったから、あんな言い方をした」

 ラケル氏はここまで言うと、小さな金属製の高級そうな小物入れをテーブルに置いた。

「だが、あいつも短い間に出来る限りのことをしたんだ。これを預かってきた。お前に渡せと」


 僕は小物入れを受け取った。金属の表面に細かい植物のような模様が刻まれている。たとえ僕に過去の記憶があっても、こんな高価そうな贈り物は初めてだろう。しかし中を確かめる前に気になることがあった。


「リデル様は、一緒ではないのですか?」

 部屋に荷物を置いたらこの食堂に来るものと思っていた。あの人はローラに似てすごい美人だ。神聖魔法の使い手なので苦手ではあるが、顔を見ることもできないのは寂しい。それにラケル氏とだけ面つき合わせて過ごすのは気詰まりだ。


「あいつは休ませないといかん。お前に協力すると決めてから、それを作るのに苦労してたんだぜ」

 ラケル氏はそう言って、僕のもらった小物入れを指した。

「夕べの戦いだって、俺の強化魔法でなんとか保たせたんだ。けど、強化魔法ってのは気力体力の前借りみたいなもんさ」

「充分強いように見えましたが」

「それは光栄。伝えておこう。だがあいつが本調子ならあいつと俺で、あの亡者なんか掘っ立て小屋に近づく前に仕留めてた……動けなくするってだけだが」

「怖っ!」

 僕が思わず口にすると、ラケル氏は眉を吊り上げ怒ろうとした……が、不発に終わった。丁度、料理が運ばれて来たからだ。

「食ったら行くぞ。お前の新しい棺桶に」




(続く)





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