第1話 夜陰 1

 僕はローラを探している。

 僕を人ならざる者として蘇らせた魔女。禁忌の術を用いた罪で追われる、王の娘。

 僕のいとしい女性。



 彼女は南にいる。それだけは今の僕の能力で分かるのだ。おそらく東都の「穿月塔」に。

 ひたすらローラの気配を頼りに南を目指す旅というのに、地図を確かめながら眠ってしまった。右目の眼帯も、上着もそのままに。


 もう夜中だ。

 時計を見ようとして携帯用魔法灯を手探りしたら、それはコトンと床に落ちて転がってしまった。

(ああ、ベッドの下に!)


 ここは一晩泊めてもらっている山奥の民家。ようやく暗さに目がなれてきたので、窓を開け、身を乗り出して空を見た。

 満月にほんの少し足りない月が、天頂から照らしている。ローラもこの月を見ただろうか。幸い、思ったほど時間は過ぎていない。

(まだ間に合う。でも油断は禁物だ)


「亡奴」である僕は死者なのだから、極論すれば眠らず食わずにいても、また死ぬことはない……というより死ねないのだが。疲れと傷を癒やすために、休息や食事もたまには必要だ。

 あたたかなスープも屋内で眠るのも久しぶりだった。僕は自分で思った以上にそれを欲していたのだ。ローラに近づくペースを落とすほどとは気づいていなかったが。



 急ぐのは勿論ローラに一刻も早く会いたいからだが、もう一つ理由がある。彼女の異母兄弟から期限付きで助力を得る約束。


 出発前に、ローラの異母弟ラケル氏の言うことには、

「あの女なら匿ってくれる奴をいくらでも見つけるさ。心配なのはお前だ。忌みきらわれる亡者だとバレてはいけない、生前の記憶もない、そんな得体の知れない男に女の居場所を訊かれて、ホイホイ教える間抜けがいるもんか」

 ぐうの音も出なかった。

 亡者と知って僕を嫌わずにいられるのは、僕を「亡奴」とした張本人のローラしかいないだろう。


 飢えた亡者が人や家畜を襲う事件はたまに起こる。だが亡者のかつての姿である「亡奴」の存在を、今でも信じる人がいるだろうか? 

 死罪で逃亡中のローラが一朝一夕に捕まらなくて済むのは良い。けれど反面、僕にはローラしかいないが、ローラはそうではない……と認めるのは辛かった。

「俺たちと手を組むなら、お前が決して自力で手に入れられないものを与えてやる」


 具体的には、穿月塔の内部の住居。見知らぬほかの住民の家に怪しまれずに出入りできる仕事の肩書き。僕が亡者であるのを隠すのに協力すること。

 仕事はともかく他は、言葉通りなら是非とも欲しいものだ!


「俺たち」とは、ラケル氏とその双子の妹リデル嬢のこと。ほかの兄弟を含まない。

 波打つ金髪を無造作に結んで、緑の瞳、そばかすの多い、剣術の得意なラケル氏。

 流れるような銀髪に青い瞳の、回復魔法の才能を持つリデル嬢。ローラの血縁者さながらの美男美女の双子だ。二人とも僕よりずっと背が高い。


 彼らは高貴な生まれだが、平凡な僕がひょんなことから王侯貴族と知り合いに……なんて物語のようにはいかない。彼らはもう王族ではないのだ。

 家族、といっても両親はすでに世を去ったので兄弟全員が、ローラの「罪」の連帯責任のような形で平民の身分に落とされ、近いうちに先祖代々の居城を引き払うことになっている。


 ローラもしばらく住んでいた、北部地方いちばんの名城といわれる黒森城を追い出されるのだ。

 いまどき、一族郎党にまで累が及ぶとは古臭い話だが、それだけ死者蘇生の術は罪深いとされている。


 その罪の結果この世に存在する僕を、ローラの血縁者たちは嫌っている。そして僕に、掟に従ってローラを殺すことを望んでいる。あの双子が例外であるはずもない。手を組もうと言ってきたのも「主人のいる方角は分かる」という亡奴の能力が目当てだろう。


 だから信用はしていない。ただ、相互監視しない手はない。そのために双子と手を組む。

 あの夜、ラケル氏は上弦の月を指して告げた。

「その気なら東都の銀狼亭に来い。満月が沈むまで待ってやる」




(続く)

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