第2話 食べる草
我が宅のウッドデッキ。そこに置かれた大型ポット。
今、そのポットに、玉ねぎ、えんどう豆、そして、さやを空に向けたそら豆が豊作の予感を抱かさせて、おさまっています。
美味しくなった野菜を食べることももちろんですが、野菜の地味な花を愛で、きっと、茎も葉も美味しいのでしょう、小さな虫たちが、ちょっと目を離すとそこにこびりつきますから、毎日毎日、目を凝らして、虫が寄らないように見るのも、実は楽しみなのです。
裏庭に、今年、小さな畑を作りました。
牛糞の入った肥料を買ってきて、それを混ぜて、土を耕し、作った畑です。
蕪、枝豆、スイカはタネから、落花生は苗を買ってきて、それを植えました。
タネを土に埋めて、そこから芽が出てきて、日を追うごとに大きくなるのを見るのは、とりわけ楽しいものです。
しかし、残念なこともありました。
畑を作るために、移植したオリーブの樹の一本が枯れてしまったのです。
人が手を加えるということは、こういうことも起こりうるのだと、この二月からの畑仕事で色々のことを感じさせてもらっているのです。
私が手入れをしなくても、毎年、我が宅の周りに自生してくるものもあります。
その代表がノビルです。
昔は、娘たちがそれを取ってくれて、夕餉の晩酌のおかずになったのですが、今は、自分で取り、味噌を加えて、ちょっとしたご飯のおかずになっています。
それにカモミールもあります。
我が宅にあった鉢のそれから地面にタネが落ち、それがどんどん増えたものです。
おっつけ、花をつけます。
私はそれをむしり取り、お茶にして飲むのです。
りんごの香りがして、爽やかなハーブティーになります。
それに、もう一つ、森のようにあたりを埋め尽くすものがあります。
紫蘇です。
その小さな芽が辺り一面に出揃ってきました。
夏には、その葉は、冷奴や素麺の薬味になり、客人が来た時の天ぷらになります。秋口のあの紫蘇穂の天ぷらなど絶品中の絶品です。
これを食べなければ秋を感じられないと私思っているくらいなのです。
そうそう、紫蘇で思い出しました。
オックスフォードに初めて行った時のことです。
あなた方の国にある紫蘇と同じような姿形をした葉っぱがありますが、それに触ると痛みを感じますから、十分に気をつけてくださいって、注意を受けたのです。
セント・キャサリン・カレッジの宿舎のその奥にあるちょっとした広場で、私は、偉そうな顔をして、生徒たちに、それを伝えたのです。
そして、その舌の根も乾かぬうちに、その広場の奥にある森に入り、私は、あっ紫蘇っばだって、それを手にしてしまったのです。
その瞬間、痺れるような無数の痛みが私の右手を覆ったのです。
無数の針が飛んできたような痛みです。
この紫蘇っぱに似た植物はネトルって言います。日本語ではイラクサと言います。
イラとは棘のことです。
つまり、ネトルには、小さい棘があって、それが触れた瞬間手に刺さるのです。
生徒の手前、我慢をしながら、私たちが滞在中の世話をしてくれるイギリス人のナターシャに相談をしたのです。
ナターシャは、嬉しそうに笑みを浮かべて、だから、言ったでしょう、それに、あなたも生徒たちに注意を促していたのにって、そう言いながら、外に、私を連れ出したのです。
そして、ネトルのそばの地べたにある地べたに這うようにしてある草をむしり、それを揉んで、私の手につけてくれたのです。
これはドッグ・リーフよって。
ネトルにやられたら、ドッグ・リーフをつければいいのって。
しかし、イギリス人のようには、私の手のひらには効き目がなかったようで、私はその後三日にわたり、痛みに耐えなくてはなかったのです。
我が宅の周りに出てきた小さな紫蘇っぱの芽を見て、私、そんな昔のことを思い出したのです。
そういえば、ナターシャ、あのネトルをイギリス人は食べるって言っていたことを思い出しました。
一体、どうやって採取し、どうやって食べるものやら、かの地にはかの地の採り方、食べ方があるんだろうと、そんなことを思ったのです。
もし、我が宅のそばに、ネトルがあれば、私はそれを調べて、きっと、食用に供する段取りを取ったはずです。
紫蘇っぱが芽吹いたところにしゃがんでいますと、ナターシャがもう一つ言ったことも思い出しました。
これはジャパニーズ・ティソルだって、アザミを指差して言ったのです。
イギリスの野原に行くと、これがいっぱいあるんです。そのアザミにジャパニーズと名前が付いていることにちょっと嬉しさも感じたのです。
そして、ナターシャ、これも食べると言ったんです。
どうやって食べたのかは、聞くことはありませんでした。あの時は、食べる草にさほどの興味がなかったからです。
今だったら、ナターシャを誘って、野山に食べる草を求めて出かけようと誘ったかもしれないと、そんなことを思って、私はウッドデッキに戻ったのです。
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