第八話 おっさん

 ……『混ざることになるのだった』じゃないだろうよ。

 俺たちは海音に促され、元の席につく。ゆかいな仲間オッサンを増やして。


 いや、どうしてこうなった。


 俺は海音と談笑して心癒されながら、原稿の進捗を爆速クリエイトしてテンアゲキメこんでフィーバータイムするつもりだったのに、なんでオッサン俺の担当がいるんだよ。


 というか、高校生の男女に挟まれた新井山さんの今の心境はどんなだ。


 フツウに考えたら、まあ地獄だろう。たぶん気まずいったらありゃしないだろうし、はやく帰りたいと思っているに違いない。


 うん、それならば手助けをしてやろうじゃないか。新井山さんをさっさと退場させて、俺も彼もwin-winな感じで行こう。

 そう思い、俺は彼のほうを見ると________


「____まさかあの宇田川先生に会えるとは! すみますぇん、サインぐだざい゛」


「ごめんなさい、私、サインはまだ書けなくて……」


「え? マジ?」


 オィィィィィィィ!!!!!!!!


 気まずいどころか、必死にサインをおねだりしていらっしゃる!

 なんだあれ、大の大人があんな噛み噛みで恥ずかしくないのか! 俺だったらファンの一人としてもっと上品にサインを求めるぞ、全く……。


 まあでも、ああなってしまうのも理解できる。

 なにせ、彼女は超人気ライトノベル作家なのだから。具体的には、


「しかし、ツイッターではあれだけ活発なのにも関わらず、自作品のイベントなどには一切顔を出さず正体は不明で、アニメを始めとしたいくつものメディア化の話も全て蹴っていると編集部の間で噂の作家が、まさか女子高生だったとは!」


 彼が全部言ってくれた。どうやら、いままでメディア化が何一つされていなかったのは、本人がすべて断ってきたかららしい。


 とりあえず言えることは、海音すげえ! さすが俺の憧れの作家!!


 ……それはともかく、だ。


役目解説を果たしたんならもう帰ってくんねえかな~」


「声に出てますよ五月先生」


「出してんだよな~~」


「はあ。役目の意味はよく分かりませんでしたが、俺は宇田川先生ともっと話したいので、一人で原稿でもしててください。どうせ進捗ヤバいんでしょう?」


 ええ…。


 ……いやー、海音と二人きりになれば原稿滅茶苦茶進むんだろうけどなー。残念だなー。


 口にだすのはさすがに億劫だったので心の中でだけそう唱え、そして俺はしぶしぶパソコンを開き、ここにきてから未だ特に進んでいない原稿に取り掛かることにする。


 はぁ……。進捗ヤバいのは事実なので反論できねえ。


 やがて俺がどんよりとした顔でパソコンのキーボードを打ちこみ始めたのを見届けて、新井山さんが海音との談笑を再開する。


 ちくしょうコイツ……! そのポジはもともと俺のものだったのに……!


 無力な俺は、二人の会話を聴きながらも、しかしそこに介入出来ないでいた。かといってやっぱり筆は乗らないので、まさに新井山さんから「You Lose君の負け」といわれたような感じだ。


 あーつまんねー。というか私用とやらはどうしたんだよー。

 どうせ打ち合わせとかなのだろうが、だったらお相手さんははやくきてくれーー。


 そんなことをウダウダと脳内で垂れていると。


「____そうだ。五月先生って、編集さんから見たらどんな作家なんですか?」


 なっ……。


「ど、どうした? なんでそんなことを新井山さんに聞くんだ?」


 唐突に妙なことを聞く海音に、俺は思わず反応してしまう。

 なんだなんだ、いったいどういう経緯でそんな話になるんだ。


「えー? 嶋村くん、編集さんと仲良さそうだから聞いてみちゃった!」


 わからん。


「ふむ、俺から見た五月先生、ですか……」


 海音の疑問を受けて、新井山さんは俺のことをじっ……と見つめてくる。


 いやいやいや、その質問はマズいって。そんなことを新井山さんに聞いたら、100億%ボロクソ言われるに決まっている。だって俺、彼に迷惑かけたことしかねえもん。


「そうですね……。まず、彼はあまり〆切を守ってくれないので、こちらとしては苦労させられます」


 ぐ。 やはりか……!


「それなのにツイッターにはいつも浮上していますし、ソシャゲのログイン履歴は大体30分以内ですし、音ゲーもやりこんでいますし、」


 オイ、最後は言わなくてもよくないか?


 ……しかし、これはマズい。彼の口ぶりからして、まだまだ言いたいことはたくさんありそうだ。


 たのむからこれ以上、海音に俺の悪いイメージを植え付けないでくれ____


「……かなり、迷惑をかけられてはいます。ですが」


 ____だが、そんな俺の心配は杞憂に終わる。


「正直彼の小説には、かなり惹かれるものがあります」


「えっ」


「彼の目の前で褒めるのは癪なので本意ではありませんが……。事実、彼の良さは売れ行きという数字にも表れています。それこそ、メディア化のお誘いが来るぐらいに。……まあ、流石に宇田川先生には今一つ及びませんが」



 ……これは予想外。まさか褒めてくれるとは。


 いやーなるほどね。新井山さん、心の中ではそう思ってくれていたのか。


 ……まあそれほどでも? あるっていうか? まあ学生という理由で拒否していなければ、コミカライズまではいけてますし? なんならもうアニメ化とかも理論上はいけるぐらいは人気ありますから? なんせ俺は†期待の星†なので~??


「……みてくださいあの顔。だから褒めたくないんですよ」


「ふふっ」


 なんか言っているが、今の俺は無敵。ちょっとやそっとのことじゃあ今のハイパー状態は終わらないぜ!


「……まあともかく、彼はその人格以外はすごい作家だというのが私から見た姿ですかね。本当に人格以外はいいですよ。人格以外はね」


「いやいやそんなこと言っちゃって~! 俺たち長い付き合いですし、そんなこと実は思ってないんじゃないですか~?」


「少なくとも今は思っていますけどねぇ……?」


 あ、新井山さんがほんとうにうっとおしそうな顔をしている。ここらへんが引き時か。

 何事にも引き際は大事なのだ。


「嶋村くん、担当に褒めてもらえるなんてすごいんだね」


 と、そこで海音がしみじみとそうつぶやいた。


「というと?」


「いやー、私の編集者さんとっても怖くて。そんな風に褒められることがほんとうにないんだよねー」


「編集者というのは作家のコンディションを最善にするのも仕事のうちですので、たぶん宇田川先生は叱咤されたほうが調子がでるタイプなんでしょう」


 海音の言葉に、新井山さんが分かったようなツラをしながら頷く。


「なるほど。じゃあ俺はいったいどんなタイプなんすか?」


 ちょっと気になったので、俺は新井山さんにそう尋ねてみた。


「五月先生ですか。とりあえず褒めたらすぐ調子にのるんですが、厳しくするとすぐ萎えるタイプでもあるので、もう適当に意識せずにやってます」


「なるほど! つまり新井山さんと俺は意識しなくても通じあえるダチってことですね!」


「いいですから原稿にもどってくだ……さい!」


 新井山さんに抱き着こうとするも、拒否られた挙句原稿作業に戻らされてしまった。


 そんな感じでぎゃあぎゃあと騒がしくする俺を見て、海音はポツリと、


「……なんか嶋村くん、私といるときとだいぶ雰囲気違うなー」


 そう、つぶやいた。


 ……海音といっしょにいるときは緊張してあんな感じになっているだけなんだけどなあ。



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「申し訳ありません、もうそろそろお店が閉まる時間ですので……」


 その衝撃の事実は、相も変わらず三人で談笑していた時に、唐突に告げられる。


 スマホを見ると、時刻は午後の8時50分を示していた。

 なるほど確かに、この店の閉店時間の10分前である。


 あれからいろいろとあったが、編集立ち合いの元だったのもあってか原稿はそれなりに進んだし、3人いるおかげでなんだかんだ海音とも自然と話せていた。


 その、なんだ。グッジョブ、オッサン。


「いや、今日はとても楽しかったです。宇田川先生、それと五月先生も。ありがとうございました」


「あざっしたー」


「たのしかったですー! 本当にありがとうございました!」


 かしこまってお礼をしてくる新井山さんに対して、俺と海音も軽くそう返す。


「じゃあ会計は俺が二人の分も出しますよ。大人ですし」


「よっ、太っ腹」


「ええ!? いや、そんな……」


「いや、ここは新井山さんに奢らせよう! これで600円儲かった」


「え、その……。じゃあ、お願いします」


 新井山さんがすでに財布からお金を取り出していたので、おとなしく海音も奢られることにしたらしい。


 これがあるべき"男"の姿か。いや、実際の彼は交際経験0だからあんまり参考にはしたくはないけど。

 とりあえず、珈琲ゴチになります。ブラックは結局無理だったから、あのあとミルク入れた。


「じゃー、私たちも荷物をまとめて帰る準備しちゃおっか」


「あ、うん。そうだね」


 海音の提案通りに、俺たちは荷物をまとめる。


 なんだかんだ今日は楽しかったな。あとは家までの方面は同じはずだから、海音と電車の中で今日の振り返りをしたり、明日について話したりできればもう完璧だ。



 ……やがて、荷物をまとめ終えた俺は、ふぅ、と一息つく。うん。今日はいい日だった。

 ……ところで、ひとつ不可解なところがあるよな?



 オッサン、結局なんでここに来たんだ?


 "私用"はどうした?



 ……ふとそんなことを思案すると、折よく新井山さんが顔色を変えてこっちに向かってきた。


「うお」


 そして、彼は俺の肩をがっしり掴む。


「……あー、思い出しましたか。今日は誰かとの打ち合わせにここに来たんじゃないですか? なんかもう、閉店しちゃいますけど」


 とりあえず焦っているだろう彼にそう言ってみる。1にどちらかが集合場所を間違えたか、2に相手が来たのに気づかなかったか、あるいは。


「……来なかったんですよ。こんな時間になっても」


「はあ。お疲れ様です」


 ……どうやらその3、約束をブッチされたらしい。


 まあ新井山さんもさっきまで明らかに私用のことを忘れてたし、人のことを言えんだろうけど。


 ……いや、ところで、なんで俺の肩掴むの? 俺のことが好きなの? 御免だけど、それには応えられそうも____


「なに他人事ぶってるんですか。相手は、あなたのイラストレーターですよ!」


 …………。


 なるほどなあ。


 すべてを理解した。新井山さんが、俺に何を言わんとしているのかも。


「んー……?」


 そんな俺たち二人の傍らで、一人蚊帳の外な海音は、ただただ首をかしげていた。








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ハツコイは永遠に。 矢張 逸 @yaharihayari

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