第六話 コーヒー

 まず、俺の話をするとしよう。




 俺はミルクティーが好きだ。以上!




 ……あー。つまり、いつもならばここは速攻でミルクティーを頼むところなのだ。


 なぜミルクとティーが合わさると滅茶苦茶美味しいのか、それは今後1000年は議論する余地があると思うが、とりあえず特別な事情でもない限り、カフェ界最強はミルクティー。これはこの混沌あふれる世界における唯一……は言い過ぎた、まぁ数少ない真理のうちの一つである。


 しかし、それにもかかわらずこの社会には、この真理に真向から歯向かう不可解な風潮があるらしい。

 これは、同じクラスの飯塚(交際経験は当然0)に聞いた話なのだが……。


 "『ミルク』と名の付く飲み物を頼むのはダサい"。


 そしてこれの裏返しに、


 "ブラックを飲める男こそがモテる"。




 ……そのことを耳にした俺が、


『上等じゃねえかよこの野郎! その風潮を作ったやつは今すぐ俺の前に出頭しろや! 大体後先もクソも考えずにミルクはダメ、時代はブラックとか言ってそれしか飲まないようなやつは、将来ブラックな環境に身を置いてそのままのたれ死ぬ敗北者Loserなんだよ、ざまあねえなバーーーーーーーカ!!』


 なんて、威勢よく喚き散らしていたのが中学二年生のころ。あの頃はまだ若かったなぁ。

 もちろん、高校生になって年老いてすっかり丸くなった現在はそんな過激思想など持っておらず、"それ"も意見の一部、来るべき時代の波として受け入れている。


 そして……カフェで飲み物を頼もうというこの場面。

 先ほども言ったように、これはチャンスである。なんの? アピールの。


 つまり、ここで俺がカッコよくブラックコーヒーとやらをキメれば、海音の俺への好感度も上がってくれるのではないかという作戦! いえーーい!!


 ……いや、笑ってくれるな。俺もわかっているのだ、『その程度で何が作戦じゃボケ』ってな。

 でも考えてみてほしい。正直今のところ、俺って海音になにひとつ良いところ見せられてなくない?


 そろそろだ。クレーンゲームで爆死し、店を選ぶ時も海音に助けられ、残高が足りずにお金を借りた上に、今日も開幕昇天という失態続きの中、そろそろどんなに小さいミッションでもアピールでも、一つぐらいは成功させておかないと俺の自己肯定感がヤバい。


 だから、まずは俺の自信を回復させるためのこの難易度設定である。

 俺もやればできる、すごい! と言う、まやかしが欲しい。割と切実に。



 さて、となればまずは店員を呼んで「すみませーん!」わぁさすが海音さん、できる女の子!


「オーダーお決まりでしょうか」


 海音の呼び出しを受けて、店員さんが注文を取りに来る。


「えっと、抹茶ラテを一つお願いします」


「抹茶ラテですね。他にはございますか?」


 抹茶ラテね。俺も好きだよ、飲んだことあんまりないけど。


 さてさて、じゃあ俺のほうはもちろん、


「あー、じゃあ僕はコーヒーで」


「かしこまりました」


 そう言って、注文を取り終えた店員さんがその場を立ち去る。


 フッ、これで黒の饗宴ブラックコーヒーフェスティバルの準備は完了した。

 あとは、やってくるそれを優雅に格好良く啜ればいいだけの、簡単なお仕事だ。

 、さすがにそれぐらいは出来るだろう。


 ……いやほら、俺はミルクティーの次に好きな飲み物がココアって言うような甘党人間なので、甘くもなく、アホ苦いと呼び声の高いブラックコーヒーをわざわざ飲むようなことは今までなかったのだ。


 とはいえだよ? 苦い苦いとは言うが、飲めないほどじゃあないだろう?


 なんせ、この社会ではブラックコーヒーというものは普通に売られていて、それを愛飲する人も多い。

 俺が飲むのを我慢できないレベルって、それつまり人智を超えてメッチャ苦いということに他ならないので、もしそんなものがあるとしたら一般に売られているわけがないだろう。知らんけど。


 大丈夫さ、余裕余裕。


「お待たせしました。抹茶ラテとコーヒーです」


 ほどなくして、頼んだ二杯の飲み物が運ばれてくる。

 俺たちは『ありがとうございます』と言いながらそれを受け取ると、まずは海音が抹茶ラテに口をつけた。


「ふぅ……。あれ? 嶋村くん、ブラックでいくんだ」


 続いて、ミルクなどは一切入れずにそのままブラックのコーヒーを口元に運ぶ俺を見て、海音がそう尋ねる。


「ああ。基本的に俺、ブラックだからさ」


 嘘である。


 が、嘘じゃなくなる。


 いま、この瞬間を以って俺は、"カッコいい男"になるのさ____

 そんなことを考えながら、まずは一口。


 おっ、来た来た。なるほど、これは程よい苦みがまずは口腔内に広がっ……


「ゥわ、にッッッッッッが!!!!!!!」


 なんだこれ! なんだッッコレ!!

 いやこれ飲むやつ全員頭おかしい、今この瞬間に確信した! だってこれ飲みモンじゃねえもん、暗黒物質ダークマターだろマジで、いやヤバいってコレは!

 おい今すぐに砂糖をありったけもってこい、このクソッタレな黒の忌物コーヒーに全部ぶち込んで跡形もなくこの世界から消し去ってやる!!!! 案ずるな、正義は我にありィィィィィィィィ!!!!!!


 …………ハッッッッ!!!!!!


「嶋村くん、本当は飲めないんでしょ……」


 はいバレました、終わりです! 我が人生に無限の悔いしか無し!! 


「……はっ、はは。いや、ちょっと熱くて」


「嘘。思いっきり苦いって言ってた」


 おっと、俺の些細な抵抗も焼け石に雀から目薬って感じですね?


為すすべ無し、もはやこれまでだな……(笑)


 度重なる絶望の楽団オーケストラに、もはや笑うしかない。


 いや、『俺、基本ブラックだから』とか言った直後にこの惨状はどうよ(笑)


 おもしろ(笑)


「ははっ。はははっはっ」


「あ。おーい、嶋村くーん? 今日二度目だよー、起きてー」


 いやーもうメンタルブレイクっすねコレ。KOのゴング鳴っちゃってますよね。


 なんだろう、いっそ来世はラッコとかになりたいな。しあわせそう。


「おーーい?」


 ゆっさゆっさと、なおも海音が俺を揺さぶる。そして、俺は現実逃避しながら、為されるがままにゆらゆらする。


 あーーーーーーーー。




 ……と、そんなことをやっていると。


「……五月先生、何やってるんですか」


 唐突に俺の背後から、野太い声でそんな言葉が掛けられたのだった。










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