第四話 電車
翌日、午前7時10分。
最寄り駅のホームに電車が停車し、扉が開く。
普段は乗るはずのない電車____だが、今日からは違う。
「あ、嶋村くん! おはよー!」
俺がその電車に乗り込むと、海音がそう言って小さく手を振りながら迎えてくれた。
「おー、おはよう」
「うん! えへへ、本当にいたぁ」
うおおお、朝一番から笑顔がまぶしい。この世界に、この
いや、そういえばニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべている場合じゃなかったな。とりあえず昨日の恥を清算して、"ヒト"の尊厳を取り戻さなくては。
「あの、昨日はありがとう。これ、借りたお金」
「どういたしまして。もぉ、今度からはあんなことしないでよ?」
海音はそう言って、じとっとした目でこちらを見る。
あんなこと、とはクレーンゲームで後先考えずにお金を突っ込みすぎたことだろう。
やはり慣れないことをしようとすると痛い目に遭う。海音の好感度を上げようとした結果、結局成果は得られず彼女には呆れられ、さらに破産という二次災害まで引き込んでしまった。
「いや、うん……ごめん」
「分かればよし! 嶋村くんは昔からアツくなるとすぐに後先が見えなくなっちゃうんだから。見ていて心配になるよ?」
「え、そうなのか」
「そうなの!」
海音は俺をそう諫め、そして頬をちょっぴりふくらませる。
そんな、彼女のみせた新たな表情に俺は思わず、ドキリと目を奪われてしまった。
いや、分かってるよ? 海音はなにか俺の心配をしてくれているし、そのためにわざと、ちょっとだけ怒ったような仕草をしてみせているのは。
ただ、そんな様子もかわいいなあって思っただけで。
……それにしても、アツくなるとすぐに後先が見えなくなる、か。
それは知らなかったな。海音が教えてくれた以上、これからは気を付けるとしよう。
……というか。
「よく知ってるなぁ俺のそんな性格なんて。自分でも知らなかったよ」
「……ッ! いや、まあ昔からの付き合いだしそれくらいはね?」
ふーん、そういうもんか。
でもまあ確かにそうかもな。俺だって、昔ずっと海音のことを目で追ってたせいか、本人が気づいていなさそうな特徴とか結構知ってるし。
例えばほら、彼女が慌てるときは必ず右手を胸まで持っていく癖があるとか、考え事をするときは左手で口もとを覆うとか、あとはあとは……。
……いや気持ち悪! え、今の俺の脳内マジでヤバかったんだけど!
ダメだダメだ、やめやめ! 本人の前で気持ち悪いこと考えるのストーッップ!!!!
「そ、そうか。ふーん」
気持ち悪いことを考えていたのを悟られないように、とりあえず俺はそんな当たり障りのない返事をする。
「うん、そうなの。うん。ねえ、それよりさ……」
海音はいつのまにか胸へと運んでいた右手をおろしながら、そう話題を変えてきた。
「ん?」
「あーいや、一緒に電車に乗るなんて、小学生ぶりだなぁって思って」
「ああ、そうだな」
懐かしい。小学生の頃は、登塾も下塾も二人でこんなふうに待ち合わせて、毎回一緒に帰ったものだ。
いま考えると、あのころはかなり恵まれている環境だったな。ほぼ毎日海音と同じ空間にいたわけだし、気兼ねなく遊びに誘うこともできたのだし、いまに比べればまだ女の子慣れしてたから、彼女のそばにいるだけでこんなに緊張することもなかったわけだ。
……ほんとに、恵まれてたんだなぁ。
「えっと……。あ、そういえば放課後っていつも何してるの?」
む、また話題を変えてきたな。いったいどうしたのだろう。まるで何かのタイミングを待ってるような、なにか緊張しているような……。
「あー。まあいつもすぐに学校を出るな。別に部活に入っているわけでもないし」
俺は若干疑問に思ったが、彼女の質問には素直にそう答えた。
放課後は執筆するために直接家に帰るか、たまに趣味の筋トレのためにジムに寄るぐらいだ。
「へえ、そうなんだ! じゃあ家に帰っていつもなにしてるの?」
「……まあ、原稿を進めるのがほとんどかな」
……え、え、なに? どしたの? もしかして俺の私生活に興味津々なの?
もしそうだとしたら激アツ展開なのだが。アッツアツのアツなんだが??
……いやまあ、どうせ「ちょっと気になっただけ」とか、ただの話題づくりとかそんな感じだろう。
女の子との関係に対して4年のブランクがあったとはいえ、俺の頭は夢見がちの鶏ではない。そんなアツい展開などそう簡単に訪れないことぐらい、流石にわかる。
「なるほどなるほどー。ねえ、それじゃあさ……」
そんな感じで海音は、俺の返答になにか納得したようにうなずいた後、さらに言葉を続ける。いったいぜんたい、質問の意図は何なのだろうか。
「もし良かったら、放課後どこかに集まって二人で一緒に原稿やらない? わたし的には、そっちのほうが仕事に身が入ってありがたいなーって思ったりするんだけど……」
ほうほう、なるほどね。
……。
…………。
激アツ展開きたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!
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始業前。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「なにあれ……」「さあ……」
授業中。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「オイ嶋村、五月蠅いぞ! 静かにしろ!」「……マジでどうしたアイツ」
休み時間。
「ヒョおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「「「「(関わらんとこ……)」」」」
そしてアッという間に放課後が来て、俺は終業のチャイムと共に教室を飛び出した。
興奮のあまりちょっとばかし声が漏れていたかもしれないが、それも仕方ないことだろう。
え、俺滅茶苦茶上手くいってない!? 今のところなんもできてないような気がするのに、なんか状況がめっちゃ良くなってるんですけど! マジでテンションブチ上がるんですけど!!
と、そんな感じで廊下を全力疾走し出口へと向かう俺であったが、そんな中突然、目の前に二つの影が立ちはだかった。
クッ、授業終了とともに全力で駆け出した俺に追いつくとは……!
「"女っ気ゼロ界隈"副隊長、『サッカー部の澤田』! そして同じく副隊長の『俊足の木村』か……! どけ! 今日からの俺は、お前らとは"ステージ"が違う!」
「おっと、今日のこいつのノリ、ガチでうざいぞ」 「一発ぶん殴ったら怒られるかな?」
「なんだ、何用だ! 俺は今、"覚醒"しているぞ!」
俺はそう言って臨戦態勢に入る。すると、澤田と木村の二人は呆れたように顔を見合わせて、
「今日の嶋村が一段とおかしいのは分かった」
「覚醒だかなんだか知らないが、そんなお前に心強いゲストを連れてきてるぞ」
そんなことを言う。
ゲストってなんだ? こいつらは一体何を言っている?
「何を言っているかわからない、そんな顔だな。だが、その答えはすぐ後ろにあるぞ」
"俊足の木村"の言う意味が分からず、俺は言われるがまま後ろを振り向く。
そこにはこれ以上ないほど単純明快な、答えがあった。
「澤田、木村。足止めご苦労。そして嶋村、お前には今日の奇行について、少し職員室で話を聞かせてもらおうか」
「先…生……!」
なんという強大な存在。
俺はこの状況を作り出した二人のほうに目を向けると、
「嶋村……」「いや、我らが"女っ気ゼロ界隈"会長よ……」
そんな口上をしたあと、二人は親指を立てて。
「「
「くそおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
爽やかな顔でそう告げる二人に対し、俺は先ほどとは別の意味をもった叫び声をあげながら、職員室へと連行されるのであった。
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