第三話 "男"
女の子と食事。それはほかの人にとってはありふれた日常なのかもしれないが、もちろんこの俺にとっては別だ。自慢ではないがここ四年間、妹以外の異性と食事をしたことがない。小学校の給食が最後だっただろうか。
まあ
すなわち、海音と二人きりで昼食。この美少女と二人で飯とかいうの、明らかに魔王レベルの難題である。スライムが魔王に挑むことの無謀さはお分かりだろう、だからここはなるべく影に徹し、凌ぐが吉!
……そんなはずはないよな。
俺も男である。
せっかく奇跡的に再会できたのだから海音に良く思われたいし、これからも交流を続けたい。
さっきはそのための好感度上げを狙って大やけどを負ったわけだが、ならばこそ、ここで良いところを見せて汚名返上しなくてはならないだろう。
そのための第一の関門、すなわち『店選び』。
「嶋村くん、どこか行きたいところとかある?」
「アッ、えっと……」
……きた!
海音がそう聞いてきたのを皮切りに、俺はあわてて周りを見渡す。ここはレストラン街なので、選択肢はいっぱいあるはずだ。
ちなみに、勝手に出てきた「アッ…」という声はコミュ障の背負う
それは置いといて、とりあえずあれだろ? 俺知ってるんだけど、とりあえずファストフード店とかサ〇ゼとかはだめなんだろ? あとラーメンとかもなんかダメな感じするし、肉系も女性受け微妙そうだよな。
いやそもそも女性受け良いやつってどんなのだ? あれか、なんかおしゃれっぽいやつか。
なんだろう、パスタ? パスタなのか??
思い至った俺はパスタの店を探す……が、無い! 嘘だろ、埼玉県でもないのにパスタが無いとかありえるか? いやここ埼玉か、誤算ッ!
そんなことをグチャグチャと考えながら、挙動不審気味にキョロキョロし続ける
と、その様子を見ていた海音はクスッと笑い、「んー……」と少しの間周りを見渡すと、
「ねえ、もし嶋村くんが良ければだけど、あの店とかどうかな?」
そう言って、一つの店を指さした。
「あ、うん、いいよ、」
「うん! じゃあ、行こ行こ!」
海音は俺のオドオドとした返答に対し、ぱあっと笑顔をうかべると、俺の背中をぐいぐい押しながらその店に向かう。
なんだろう、この笑顔がすんごい可愛いんだよなあ。というか、なんか手が背中に触れてるのヤバい、なんというか素晴らしいな(?)。
そんなかんじで、ただ背中を押されているというだけなのに語彙力皆無と化す俺だが、しかし状況はハッキリと理解出来ていた。
……俺、今めっちゃ海音に助けられちゃったじゃん! 俺が気の利いた所を選んであげるはずだったのに!!
ああ、つまりこれは________
「クエスト失敗、か……」
「?」
俺のつぶやきに、海音は不思議そうに首をかしげるのであった。
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海音が選んだのはごく普通のファミレスだった。
……なんだ、結局ファミレスでも良かったんだな。知ってたらあんなに悩むことはなかったのに。
そこに入店し注文をしたあと、運ばれてきた柔らかチキンプレート(ドリンクバー込み980円)を食べながら俺は次なる策のために頭を巡らす。
関門その2、それは会話の盛り上がり。
先ほどまで二人でこのデパート内を回っていたわけだが、その時は辛うじて表面上は会話できていたのだ。そんな無理難題をこなせたのは、俺のコミュ力がまさにあの土壇場で覚醒したからといっても過言ではない。
だが、海音は真正面に座っており、さらに会話をしないと場が持たないようなこの状況では、難易度がさっきとはダンチである。
……しかし男、嶋村樹。先ほどからミッションを立て続けに失敗している以上、ここで逃げるという選択肢はない。
すなわち俺がすべきことは話題を探し、この場を盛り上げることだろう。
えー、話題話題、話題か。話題ねぇ……。話題?
こういう時、何話せばいいんだろう。普段学校じゃあくだらねぇ下ネタとオタクな話しかしないからわかんねーや。
うーん、ジャブにお天気の話でもしてみるか? ……いやさすがにないよなー。
いやでも、じゃあほんとにどうしよう。なんか共通の話題あったか?
「そういえば、嶋村くん__。いや、五月先生はたしか、『リユの誓い』を書いているんだよね!」
うわ、バリバリあったわ。そういえば今日会った理由も、宇田川先生と会って意見交換をするためだったな。マジで何やってんだ俺すぎる……。
ちなみに『リユの誓い』というのは現在4巻まで出ている、俺の執筆しているライトノベルのことで、内容をざっくりというならば、暗い過去を持つリユという"兵器少女"と、とある事情で国から追われ続ける"死んだ伝説”が出会い、過酷な運命を共にするという若干重めなそんな感じの物語である。
まあそれはともかくとして、海音が話題を振ってくれたおかげでなんとか沈黙のグルメは免れたのだ。となれば、あとは会話を続けるのみ。
余裕だな……!
「ああ、うん。知っててくれてるのうれしいな。で、そういう宇田川先生は……」
と、俺はそこまで言ってからはたと、あることに気づく。
「ああやべえ! そういえば忘れてた!」
「え? ど、どうしたの?」
「宇多川先生、あなたの作品のファンです! すみますぇん、今更で悪いけどサインくだざい゛」
本来ならば会った瞬間に土下座してでもサインを要求するはずだったのに、初手のインパクトとその後の流れのせいで今まで忘れていた。
「えっ、でも……」
「おねがいします!」
「いや、わたし、サインなんて書けないんだけど……」
え? マジ?
いや、でもそうか。彼女はイベントなどに一切顔をださないのだから、サインを書く機会が無くても当然なのか。しまったな、これはとんだ誤算だ。
ああ、というか勢いに任せて海音を困らせてしまったではないか。これはいけない、反省しなければ。
「ていうかさ、わたしも五月先生の作品好きなんだよね。なんていうか、リユの切なさと可愛さを両立させてるのがとってもすごいと思う!」
「え、ホントに?」
「うん! あとは"死んだ伝説"もめっちゃかっこいいし、二人の関係の移り変わりも描写がとっても上手くて、読み返すたびに引き込まれてあっという間に時間が過ぎていく感じも大好き!」
「え、ありがとう! めっちゃ嬉しいわ、マジかマジか」
うおおお、まさか俺の憧れの作家が俺の作品の好きなところを解説してくれるなんて。なんというか、言葉にできない喜びがあるな。
「うん、マジのマジだよ。……えへへ」
テンションを唐突にブチ上げた俺を見て可笑しく思ったのか、そう笑いをこぼす海音。
「サインいるか?」
「や、それはいらないでしょ。わたしたちの関係だし」
そこはいらないのか。まあでも、
「よく考えたらそりゃそうかもな」
「うん! だからさっきはびっくりしたよぉ。え、これで会うの最後なの?って思ったもん」
「いやぁ、はは」
……よかった~。
また、会ってくれるんだ。
それが聞けただけでも、俺にとっては大金星だ。
「ねえねえ、そういえば嶋村くんって今はどこに住んでるの?」
と、そこで海音が唐突にぶっこんでくる。
えっ、なに? これは俺の家に来たがってるってことでファイナルアンサーなの?
「いやさ、私達の通ってた塾から嶋村くんの学校って遠いでしょ? だったら、今は引っ越して別のところに住んでるんじゃないかなーって気になってさ。ねえねえ、教えてよ~」
……ハイハイなるほどね。ちょっとした興味本位か。いや、わかってたけどね。全然ファイナルアンサーじゃなかったね。はい。
「今の俺の家は、こっから各駅停車で五駅のとこだよ。妹の学校からも俺の学校からも近いから便利なんだよね」
教えない理由もないので、素直に俺は海音に自分の最寄り駅を言った。すると、それを聞いた海音はなぜかキラキラと目を輝かせ、にぱっと笑う。
……どうしたんだろう? あ、でも可愛いなあ。この笑顔、一生見てられるわ。
「私、その駅からひとつ隣だよ!」
えっ。
…………えっ??
「ほんとに? そんな近いの?」
「うんっ。中2ぐらいに引っ越したんだ~。ねえねえ、いつも登校するのに使う電車って何分発?」
「……7:35だけど」
俺はできる限りベッドで粘る人間なので、いつも始業ギリギリになる電車に乗っている。
「あー、いままで会わなかったのはそういうこと! わたし、始業に余裕をもって登校するから、それの30分ぐらい前の電車にいつも乗ってるんだよね」
「え、マジかよ」
なんてことだ。たしか俺の最寄りにもこの両隣の駅にも、電車は一本しか通っていないはずだし、俺の学校と海音の学校の方面は確か同じだったから、もうちょっと健康的な生活をしていれば海音に毎日会えたのかもしれない。
……しかも、だからといって今から合わせるのも『意識してますよ』感半端なくてキモいだろうしなあ。
ああ、毎日海音と一緒の電車に乗りた 「じゃあ、乗る電車の時間合わせようよ!」 かったなあ……。
「え?」
今なんて?
「あ、もちろん嶋村くんが良かったらだけど……」
「!! い、いや、是非そうしよう!」
海音さんマジ天使。神。一生ついていきたい。
俺は
ああ、ここまで女っ気ゼロだった男子校生活にこんな幸せがあってもいいのだろうか!
同校の
いや、ただ毎朝電車で一緒になるだけの話なのだが、それでも俺にとっては滅茶苦茶嬉しいことであった。
だって、考えてもみろ。こんな美少女と毎朝一緒とか、朝の眠気は吹っ飛ぶし、生活は健康的になるし、授業中に寝なくなるし、身長は伸びるに決まっている。美少女の効能はすごいのだ。
「えへへへへへ……」
見ると、海音ははにかむように笑っている。
「どうした?」
「ん! いや、なんでもないよ?」
「?」
「それよりさ、乗る電車を今ここで決めちゃおうよ!」
「ああうん、そうだな!」
そんなかんじでその後も雑談をしたり、お互いの作品を批評(と言っても、お互い褒めるばかりだった)したりと、幸せな時間をすごしていった。
何より、俺は明日からが幸せ過ぎてずーっとにやにやしていた。多分周りから見たら気持ち悪いんだろうなあと思いつつ。
でも、俺はそれでも構わなかった。
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「じゃあ、そろそろ出よっか!」
「ああ、そうだな」
いやー幸せだなあ。ここまで幸せだと、近々ドデカい不幸でもあるんじゃないかって怖くなっちゃうね。
さて、お会計だ。いやはや、ここで奢ってやるのがモテる男なんだろうなあ。
でも、食事をして少し話すだけだと思っていたから、今日は残念ながらお金はそこまで持ってきていない。そうだな、たしか交通費とかも合計して2000円……。
「ん!?」
俺は爆速で自分の財布を確認する。たしか、さっきクレーンゲームにアツくなりすぎて1400円とか使ったよな……?
財布の中に残っていたのは460円。対して会計は……980円。
破産。
一気に顔面蒼白になった俺をみて海音は何かを察したのだろう。彼女はこちらに近づいてきて、
「じゃあ、わたしが奢ろうか?」
そう、耳元でささやいた。
え。うそでしょ? 俺、奢られるの? マジで? 久しぶりに会った、初恋の、こんなにかわいい女の子に? 男として、いやヒトとしてどうなの?
え、死ぬけど。その優しさが全身から染みてハリケーン爆発死しちゃいますけど。
「お金、足りないんでしょ?」
痛い痛い、そのどこまでも女神のような気づかいが今は痛いし、それに縋りつくしかないこの俺自身もめちゃくちゃ痛い。
そう、俺は縋るしかないのだ。彼女の提案に。プライドで、お金は沸いてこないのだから。
「ッ……! 明日、電車内で絶対返すから……!」
俺は血涙を流しながらそう言って、海音に向かって深々と頭を下げるのであった。
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