第二話 白石海音
あまりにも不意討ちだった。
俺が待ち合わせをしていたのは、確か憧れの男性小説家だったはず。
なのにどうして、目の前に現れたのは____
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彼女の名前は、
初めて会ったのは俺が小学四年生の時。
当時通っていた、中学受験のための進学塾でのことだ。
はじめてそこに行ったとき、たまたま隣の席になった彼女の様子は今でもよく覚えている。
まるで白百合のような凛としたたたずまい、天使のような可憐な横顔。今思えば、俺はそのときから彼女に目をうばわれていたのだった。
しばらくの間、彼女と共に学び、休み時間に会話したり、一緒にかえって途中で寄り道したりといろいろなことがあった。
そして、そんな日々を過ごすうちに、いつしか俺は体験したことのない感情を抱いていることに気づく。
_______いわゆる、「ハツコイ」だった。
その感情を自覚してからは、彼女に好かれようと日々頑張ったものだ。
いまじゃあもうひっくり返っても出来ないだろうが、アプローチのために勇気を振り絞って、二人きりで遊びに誘ったこともある。表ではなんでもないふうを装おい、しかし心はバクバクさせながら。
そして彼女はそんな俺に対し、ふわぁ……っと花が咲くような笑顔を浮かべて、
「……いいよ。行こう」
そう、言ってくれた。
俺はあの時、『結構良い感じなのでは? もしかして来たか俺の時代?』と心のなかでめちゃくちゃ浮かれていた。
……しかし良い感じだとは思いつつも、最終的に俺には足りなかったものがあった。
それは、最後の一押し。スタートのための歩み。
______彼女に、告白する勇気が。
……後悔、それはもちろんしている。
だが同時に、俺が彼女に告白するのはどうしたって無理だっただろうなと、今でも思うのだ。
現在、彼女は中高一貫の女子校である「
偏差値は中学で70とかなり高く、彼女がそこに合格したと知ったときは俺も一緒に喜んだものだ。
……しかし彼女との繋がりは小学校を卒業し、塾をやめて中学校にそれぞれ入学したころには完全に消えてしまっていた。
当時小学生が携帯電話を持つことは一般的では無かったため連絡先も知らず、それぞれが別々の学校に進み、また住んでいる場所も知らなかった上に、俺は中学入学後すぐ現在の場所へ移ってしまったので、まぁ当然と言えば当然のことだ。
だから俺の初恋は実らず、その想いを胸に抱いたまま静かに終わる筈だった。実際、ここ4年ぐらいは彼女との接触など無かったし、二度と会えないのだろうなと思っていた。
……だが目の前にいる女の子。4年前より身長も伸び、髪も前のショートから肩までかかるロングになっている。しかし、それは間違いなく白石海音だった。
どうやら向こうも俺のことを覚えていてくれたらしい。彼女のその表情と先程の言葉がそれを物語っていた。
「え、え、なんで……?」
「……驚かそうと思ったのに、こっちがびっくりしちゃった。嶋村くん……だよね?」
「あ、ああ。うん、そうだよ」
「すごい! こんな偶然あるんだ。ひさしぶりだね嶋村くん!」
「おお、久し振り。うん」
ぱあっと笑う海音に対して、俺は早口でおどおどとした返事をしてしまう。
ヤバい。久しぶりに会った彼女は前にも増して可愛くなっていて、声も久しぶりに聞いたらめちゃくちゃ良くて、なんかいい香りがするような気もするし、とりあえず俺の心がいろいろヤバくて想像以上にうまく返事ができない。
こちとら伊達に4年間も男子校生活をしていないのだ。男しかいない空間に4年も突っ込まれ、いまでは電車で若い女の人の隣に座るのにいちいち躊躇するほど対女性エクストリームコミュ障となってしまった俺にとって、目の前の美少女は刺激が強すぎる。
いや無理無理無理無理! 無理です!
そう俺は心で叫ぶが、しかしそれが無意味であるのは明白で。
「えっと……。じゃあ、とりあえず店でもまわろっか!」
……こうして、俺たちはデパートの中を二人きりでまわることになったのだった。
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「そういえば昔もよくこんな感じで、嶋村くんとデパートをまわったりしたよね」
海音は懐かしそうな表情をしながらそう言った。
「……そうだったなあ。一回塾の先生に鉢合わせてめっちゃ怒られた」
「あはは、あったあった! 怖かったねー、あの時は終わったって思ったもん」
「ああ。小学生の頃は先生がすべてだったしな」
そうやって昔の思い出を語らいながら、俺たちはデパート内を歩いていく。
そんなさなか、俺は心の中で、自分自身のことを褒めそやかしていた。
この状況でうまく会話ができていることを。
心臓はさっきからはち切れんばかりにドキドキしているのに、それを表面には出さず、あくまでも平静を装っていることを。
すごい! 流石は俺! …………。
さて、やがてついたのはゲームコーナー。
メダルゲームやクレーンゲームなどが集まった、女子高生や子供に大人気の場所である。
「見て見て! これすっごくかわいいー!」
海音が指さした先には、一つのクレーンゲーム。
その中には、割と大きなクマのぬいぐるみが今にも落ちそうな場所に配置されていた。
「まって、これ取れるかも。ちょっと待ってて!」
そう言って海音は嬉々として100円玉を投入すると、ぬいぐるみを落とすべくアームを操作する。
そしてアームはぬいぐるみをつかもうと降下するが、当然のように持ち上がらず、それどころか微動だにすらしなかった。
「あちゃー、やっぱりだめかぁ。まあそりゃそうだよねー」
むー……と言いながら、名残惜しそうにぬいぐるみを見つめる海音。
と、そこで俺の脳裏に一つの案が浮かび上がった。
「じゃあ俺がとってあげるよ」
「え? いやいや、大丈夫だよ! あれぜんっぜん動かなかったし、たぶんいくらやっても取れないやつだよ?」
「大丈夫、こう見えてクレーンゲームは得意なんだ」
「えー、でも……」
「いいから」
遠慮する海音をよそに、俺はコイン投入口に百円玉を入れる。
ふっふっふ、これは我ながら名案だ。俺は恋愛経験こそないが、こういうシチュエーションは数多のライトノベルで見てきた。
そこから得た知見でいうと、ここは俺がスマートにぬいぐるみを取り、それを海音に渡すのが最適解。
これにより俺の株は大幅に上がり、そしてヒロインはそのぬいぐるみを大事に取っておいてくれるのがセオリーというものだ。フフフ、なんと素晴らしいことだろうか!
ちなみに、先ほど「クレーンゲームは得意」と言ったが、あれは嘘だ。本当は罰ゲーム以外ではやったことすらない。
だが、俺はそれでも自信があった。
(クク……。前にツイッターに流れてきた、"クレーンゲーム必勝法"を視聴したことのある俺に、死角はないっ!)
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「あと一回! あと一回だけだから!!」
いつの間にか消費金額が1000円を余裕で超えても、あの憎きぬいぐるみは微動だにしなかった。
「気持ちはうれしいけど、10回以上やって一ミリも動かないのは流石にあきらめなよ!」
「うおおおおお! 俺は、俺はああああ!!!」
「はい落ち着いて~、どうどう!」
海音が、14回目のチャレンジをしようとする俺を全力で止めてきた。
「ううくそ、クレーンゲームって実際やってみるとこんなにムズいのか……」
「もう、クレーンゲームやったことないのに得意なんていわないでよぉ」
あ、やばいばれた。俺がかっこつけて嘘をついたのがばれてしまった。
うわわわ、うわああああ! めっちゃかっこ悪いところを見られた! マジかよもうだめだメンタル尽きた、穴があったらダイブしたい! させてください!
「……ふふっ」
とそこで、俺が羞恥でもだえる横で海音がクスリと笑った。
「……?」
「いや、なんかおかしくて」
そう言って、やっぱりクスクスと笑う海音。
……初恋の人におかしいって言われました。この時の俺の心情を50字で説明せよ!
◇
ただでさえ羞恥を覚えている所に、はっきりと可笑しいと言葉に出して言われた為絶望し、やるせない気持ち。ピッタリ50。
ゲームコーナーを抜け、俺はなかばヤケクソ気味にそんなことを考えながらしばらく海音の後ろを歩いていると、
「あ! ねえねえ、そういえばおなか減らない?」
彼女がレストラン街を指さして、そんなことを言った。
確かに、気が付けばお昼時である。
「あー、じゃあなんか食うか」
「うん、そうしよ!」
こうして俺たちは一旦昼食をとることにした。
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