ハツコイは永遠に。

矢張 逸

第一話 嶋村樹

 学生と作家を兼業すると言うのは、その言葉のもつ印象よりも遥かに大変なことである。

 俺、嶋村樹しまむらいつきもまた、学校とライトノベル執筆の両立のために苦難する人間の一人だった。


 中高一貫の男子校に通う高校一年生。両親が都内の学校に通う俺と妹のためにマンションを借りてくれ、現在はその妹と二人暮らしだ。

 そして、上記の通りライトノベル作家も兼業している。得意なジャンルは専らバトルもの。

 備考として、ここ三年は同級生の女の子と触れ合ったことが一度もなかったため、"女性"という存在がいささか苦手である。いわゆるコミュ障、というやつらしい。


 さてそんな俺は、プロ作家デビューした最初のほうこそは

『若くしてラノベ作家、俺って天才? 期待の星!? Fooooo↑!!! これからは俺の時代だぁ!!』とハイテンションで浮かれまくり、その度に「うるさい!」と妹に脛を蹴られていたものの、今では常に時間に追われ死にそうになっている、立派な『作家』になった。

 

 ツラい。


 ……で、このままでは死ぬなと悟った俺は、この辛い現実から逃げるために、ツイッターでアカウントを作ることにした。

 ユーザー名は『嶋村五月しまむらいつき』。ほぼ本名そのまんまで、そしてこれが俺のペンネームでもある。


 はじめのうちは、仕事の合間にちょくちょくとやって気分転換になればいいなーだなんておもっていたけれど、いつしかそれはエスカレートしていき、今ではツイッターをいじることが俺の数少ない癒しとなっているほどになっていた。



 さて、そんなある日のこと。

 

 いつものように原稿を書く合間にサボってツイッターをしていると、ダイレクトメッセージ欄に通知が入っていることに気づいた。


 さっそくその内容を確認しようとすると、そこには『宇田川 玲うたがわ れい』の名が見える。


 宇田川玲。

 彼について述べるならば、まずは俺と同じバトルものの作風を得意としていて、年齢も俺と同い年……らしいということ。 

 彼はイベントなどで顔を公開したことがないので俺も顔は知らないし、年齢云々についてもうわさでしかないので確証はないが、ひとつだけ、確実に言えることがある。


 それは……彼の書くライトノベルは、とてつもなく面白いということだ。 


 その事実を証明するかのように、俺と同学年でかつ同じ作風ありながら、彼の代表作"影の機構兵シャドウ・ナイツ"は次期アニメ化作品の第一候補として噂されるレベルだという。


 さらに、ツイッター上で彼はいつも元気一杯に非リア芸をしている。

 これがめちゃくちゃ面白く、いつもそれを見ている人からは『彼の日常を想像するとご飯が旨い』と評判だ。

 1日1回彼の『彼女ほしい!!!!』(本当はビックリマークがあと30個はつく)ツイートは、多くの人にとって生きる源となっている。

 

 作品も、自身のキャラもおもしろい。

 そんな彼に、俺は当然ライバル意識をもっているのだが……。


 ……それ以上に、俺自身が彼の作品の大☆大☆大!!ファンであった。


 なんといっても戦闘描写が半端じゃない。一度戦闘シーンを読み始めれば、自分自身がまるで実際に戦場にいるような臨場感に襲われることになる。

 俺が『影の機構兵』の戦闘シーンを読むときは、その一体感のあまりアントニオ○木もびっくりな大声で叫びまくっているらしく、その大きさは妹が三秒ごとに非難の下段蹴りをかましてくるレベルだ。


 そして俺は思う。正直、まだあのレベルの描写は無理だと。


 だから彼は俺の目下の目標であり、大ファンなのだ。 




 さて、そんな彼からのダイレクトメッセージ。気になった俺は即座にその内容を見る。

 するとそこには、


『今度、会えないでしょうか!』


 ……そんな文章が送られてきていた。


 ________マジで?



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 数日後。


「黒のコートとジーパン、あとリュックを背負っています……っと」


 日曜日の昼、埼玉県の某所にあるデパートで俺は約束よりも30分早くからそこで待っていた。


 あのあと彼とはDMでいくつかのやり取りを交わし、そして正式に待ち合わせることになったのである。

 曰く、『おなじ作風な同い年同士で意見交換をしたいです!!!(本当は"!"があと30個は以下略)』とのことで、俺は二つ返事でそれを受けた。

 男同士なら会ってもそんなに緊張しないだろうし、なにより憧れの作家と会えるというのは、こちらとしても願ってもない話だ。


 ドキドキと胸を高鳴らせ、ひとりそわそわと不審者ムーヴをキメながら待っていると、しばらくして、


「あの、嶋村先生ですか?」


 と、背後から声をかけられた________



 ……俺はとっさに反応ができなかった。なぜなら、その声はだったから。


 いやいやいや、そんな馬鹿なと思いながらも、俺は恐る恐る、声の方向へ振りむく。流石にあんなツイートしてる人が、まさか女性であるはずが……!



 ――――あり得ない光景だった。



 ツイッター上であれだけ『彼女彼女』とさけんでいる【彼】が実は女の子だった、というのも充分衝撃的ではあった。


 『女性』が目の前に表れた。本来ならそれだけで俺が挙動不審になるに足るレベルなのだが、目の前の光景の驚きはそれにとどまらない。


 なぜなら俺は、から。


 「……え。もしかして、樹くん!?」


 「海音みのん、ちゃん……?」



 そこには、四年前に終わり、ついぞ叶えられなかった――――そして二度と会うこともないと思っていた――――"ハツコイの子"が、俺と同じ驚きの表情を浮かべて立っていた。

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