第3話

それから何ヶ月も何ヶ月もずっと・・・彼等は一緒に過ごした。

瑪瑙は幸せで仕方が無かった。気づけば来なければいいと思っていた明日が待ち遠しくて堪らなくなっていた。


そんなある日の事だ。

数日ぶりに会ったその日の翔は・・・何処かいつもと違っていた。


「エヘヘヘッ、久しぶりだね翔・・・67時間も会えなくて私耐えられなそうだったよ。」

「・・・うん。」

「今日は何処行く!?やっぱり虫パークが良いかな?」

「ああ・・・瑪瑙の好きな所で良いよ。」

「・・・?じゃあ、行こう!」


普段からそれほど感情を顕にする方では無い翔だが、その日はいつも以上に静かだった。

それでも瑪瑙は彼を引っ張って、いつも通りの一日を終えた。


「アハハ、楽しかったね!・・・翔、今日一日元気無かったけど、何かあったの?私といても楽しくない?」


瑪瑙が寂しげに尋ねると、翔は勢い良く顔を上げた。


「・・・!いや、そんな事無い!・・・そんな事ない、けど・・・」


しかしここで彼はまた俯いてしまった。

沈黙が・・・その場を支配する。


「ごめん、今日はもう帰るよ・・・またね、瑪瑙。」

「アハッ、分かった。じゃあね!」


満面の笑みを浮かべながら手を振る彼女と裏腹に、やはり何処か静かに・・・翔は去っていった。



家に戻った瑪瑙は、ぼんやりと窓の外を覗いていた。

ずっと誰かに嫌われまいと生きてきた彼女は・・・人の心を何となく伺えるようになった。

だからこそ、今の翔の心には彼女の事以外に何か別の大きな物が入り込んでいる事を感じ取っていた。


「・・・。」


空に輝く月は、今日も美しい。

この窓に空いた穴でだけは・・・たとえ何があっても彼と繋がっているのだ。


(大好きだよ・・・翔。)




それから数日・・・。

次にあった時の翔は、またいつもと同じ様に戻っていた。


「いやあ、この間はいきなり帰っちゃってごめんね。その代わり今日は好きなだけ付き合うからさ!」

「うん・・・やった!」


(良かった、いつもの翔だ。)

瑪瑙はほっと一息ついた。


この日も彼女は、翔をあちこち連れ回した。

ほんの数日ぶりなのに・・・何故か彼と会うのがとても久々のようで、瑪瑙は楽しくて仕方がなかった。


だがそれも永遠には続かない。

日は暮れ・・・別れの時は迫っていた。


「・・・さあ、次は何処へ行こうか?」

ぐっと、瑪瑙の手を引っ張りながら翔は問い掛けた。


「ハハ、今日の翔は何だか積極的だね・・・でも流石に疲れちゃった。今日はもう帰らない?」

「・・・!・・・ああ、そうだね。」


何処か寂しげにうなづく翔に、瑪瑙は顔をぐっと近づけて微笑んだ。


「アハハッ、心配しなくても大丈夫だよ・・・今日じゃなくたって、これからもずっと一緒だもん。イヒヒッ。」

「・・・ふふっ。」


翔が微笑みを返すと、瑪瑙は幸せそうに振り返って家の方へと歩き出した。

だが少しして・・・翔は彼女を呼び止めた。


「瑪瑙・・・!!」

「・・・んっ?どうしたの?」


彼は何か言いたげにしばらく瑪瑙を見つめていたが・・・やがて何も無いという風に首を横に振った。


にっこりと笑みをもう一度返すと、瑪瑙は再び帰り道を歩き出した。

何やら翔も元気を取り戻したようだし・・・彼女の胸は晴れやかだった。

これからもずっと、幸せな日々は続いていくのだ。




・・・ざくり。

突然背中に受けた鈍い衝撃に、瑪瑙は立ち止まった。

腹部から何かが出ている・・・これは、刃物だ。


(何・・・誰・・・?・・・っ!?)


崩れ落ちながら瑪瑙が背後に見たのは、紛れもない最愛の者の姿だった。

その手には、煌めく刃物が握られている。


(え、翔・・・どうして・・・?)


ひんやりとした地面で、体が溢れる暖かいものに覆われていく。

薄れゆく意識の中、瑪瑙が最後に見たのは・・・トドメを刺してくる彼の姿だった。

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