第2話

ピンポーン。

太陽が登り、人々が活動を始める時刻。

翔は小さなアパートの一室の扉を叩いた。


どたどたどたとけたたましい音と共に、勢い良く扉が開いた。

・・・現れたのは、好みの別れそうな毒々しい服装と、不慣れそうな化粧に身を包んだ瑪瑙だった。


「お待たせ、待たせちゃったかな?」

「ううん、別に・・・いくらでも待つから大丈夫だよ!」


そう言うと、瑪瑙は引きずり込むように翔を部屋に招いた。




翔は正座しながら、部屋を見回した。女子の部屋に入る事が珍しいのか、その顔には緊張が見える。

こうして改めて見ると、この部屋には殆ど物が無い。最低限の必要品・・・それすらも足りてないように思える。

まるで生活感のない部屋・・・故に、彼が昨日開けてしまった窓の穴がより一層際立っていた。


「・・・ごめんね、ガラス割っちゃって・・・。」

「良いんだよ、アハハ・・・全然平気。アレは私と翔を繋いでくれた魔法の穴だからさ、塞ぐつもりも無いんだ。・・・そういえば翔は、どうして昨日私が死のうとしてたのを知ってたの?」

「えっ、それは・・・。」


あからさまに動揺する翔。

瑪瑙は目を大きく広げしばらくその様子を見つめていたが、やがて彼の手をそっと握った。


「まあ別に何でも良いんだ・・・たとえ何があっても翔は私にとってたった一人だけの大切な人だから。エヘヘヘッ・・・。」

「め、瑪瑙・・・。」


確かに翔は窓に穴を開けてしまった。

でも彼は代わりに・・・別のものを埋めたのだ。

瑪瑙の心にぽっかりと空いてしまった大穴を・・・。



・・・

二人は外へ出た。

何処へでも望む所へついて行くという翔を、瑪瑙は彼女の一番のお気に入りの場所へと連れて行った。


それは鳥肌が立つような万国のゲテモノが集う・・・虫パークだった。


「ゲロキモキングカマキリにこっちはタイラントゾンビオオグモ・・・アハッ、見て見てエーヨンサイズゴキブリが元気に走り回ってるよ!!」


並み居るグロテスクな虫達に・・・瑪瑙は興奮で息を切らしていた。

だがここで彼女は我に返りハッとなった。翔を置き去りにしてしまっている・・・。

彼は無表情でこちらへと歩いて来た。


「あっ・・・。ごめん、ごめんね。気持ち悪いよねこんなの・・・ごめん。」


またやってしまったと・・・瑪瑙は項垂れた。

このおよそ他人には理解しかねる趣味のおかげで、彼女に近付こうとした人間も皆気味悪がり離れていった。

これではまた翔も・・・。


言葉を失う瑪瑙の横を、彼はすっ・・・と通り過ぎていった。

そして、近くの展示物の前で屈む。


「これはサクチクハキケムシか・・・口から出る臭い匂いで毎年人が死ぬんだよね。


小さく微笑み興味深げに虫を見るその姿に、瑪瑙は困惑した。


「えっ・・・嫌じゃないの?虫なんか気持ち悪いでしょ?」

「どうして?こんなに小さいのに色んな特徴があって・・・素敵じゃん。瑪瑙は嫌い・・・?」

「ううん、大好き・・・勿論大好きだよ!!アハハ!!」

「ふふっ・・・じゃあ一個ずつゆっくり見ていこうよ。別にここの虫は逃げていかないからさ。」



二人は一つずつあれこれと言葉を交わしながら虫を見て回った。

それは、瑪瑙にとって夢のような時間だった。

自分の何より好きな物を・・・誰よりも大切な人と楽しむ。

これまでの人生で初めての経験だった。



・・・

虫パークを出た時、瑪瑙は翔に思い切り抱きついた。


「わっ!?」

「エヘヘ・・・私翔の事が好き、とっても好き・・・大好き。ずっと一緒だよ、翔がいなくなったら私死んじゃうから。」

「はは・・・。」


照れて顔を背けるだけで彼は何も返さなかったが・・・瑪瑙は翔の心を理解していた。

言葉に出さなくても・・・二人の気持ちは繋がっていると。


「それじゃあまた、ね。」

「うん・・・そういえば翔は何処に住んでるの?この近く?」

「んっ・・・あ、いや・・・仕事でさ、近くのホテルに滞在してるんだよね。」

「え・・・じゃあ、その仕事が終わったら翔はいなくなっちゃうの?嫌・・・。」

「・・・っつ、いやそうしたら今度はこっちに引っ越して来ようかな・・・なんて。大丈夫、僕はずっと瑪瑙と一緒にいるから。」


ぎこちなくそう伝えると、彼は何処かへ去っていった。

どことなく謎めいた面を持つ翔だが・・・瑪瑙はそんな事は全く気にしていなかった。

今の彼女の頭の中は、幸せでいっぱいだった。


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