第4話
何故・・・どうして。
憎い・・・許せない。
何故絶対に・・・絶対に。
塗れる憎悪の中、瑪瑙は真っ暗闇の中で目覚めた。
「ここは・・・。」
「よォ・・・お目覚めかい?」
きょろきょろ辺りを見回す瑪瑙の前に現れるのは・・・道化のような姿をした若い女性。
「誰なの・・・?」
「くっくっく・・・アタシ様か?アタシ様はてめぇの憎悪に呼ばれてきたのさ。椎名瑪瑙、誰からも憎まれ親にも先立たれ・・・挙句、愛した男にぶっ殺される。この広ぇ世の中をこねくり回しても、てめぇほど不幸な奴はいねえだろうさ。そこでだ、アタシ様はてめぇにもう一度人生をやり直すチャンスをやろうと思ってな?」
「チャンス・・・?」
困惑する瑪瑙に、道化は嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうだ・・・つまりは新しい命をくれてやろうってのさ。いや、それだけじゃねえ・・・てめぇには絶世の美女のボディをくれてやる。美しさってのは女にとって最強の武器だからな。・・・やりてぇだろう?復讐がよ。憎くて憎くて仕方ねえはずだ・・・。」
「復讐・・・憎い・・・。」
ふっ・・・と、胸の奥の憎悪の念が高まっていく。
すると道化は瑪瑙の足元にゲートを出現させた。
再び現世へと舞い戻る為の・・・。
「さあ行け・・・行っててめぇのやりたいようにするんだ!!」
「分かった・・・!キミは、私を救う女神様なんだね。
ありがとう・・・。」
一言礼を告げると、瑪瑙の体はゲートに飲まれ消え去って行った。
そして暗闇に一人残った道化は・・・高笑いする。
「女神様・・・だと?くっくっく!!おもしれえ冗談じゃねぇか!!アタシ様はそんなものとは真逆の存在・・・とんだ天邪鬼でねぇ。このままてめぇを安らかになんて逝かせたく無かっただけさ。アッハッハッハッハッ!!!」
地上へと舞い戻った瑪瑙は・・・
すらりと長い手足、バランスの良いスタイルや顔立ち・・・およそ世の女が望む全てを持ち合わせた姿になっていた。
もはや元の彼女の面影は一切無い。
おまけにサービスか、服や化粧まで完璧に整っている。
そういう面に疎い瑪瑙でも・・・これ程の美貌があれば何でもできると確信を得られるものだった。
そして・・・やる事は一つ。
復讐だ。
己を殺した翔に、復讐するのだ。
彼が自分を殺した要因について、瑪瑙は何となく予想が付いていた。
女であろう。他に誰か、好きな者ができて自分が邪魔になったのだ。
だが今の自身ならば・・・その者から翔を奪い取る事もできるだろう。
とあればまずは彼に近付く他ない。
翔の事をよく知っているようで、実は瑪瑙は彼の事をまるで知らなかった。
彼が余り語ろうとしなかったのもあるが・・・。
という訳で、彼女は翔が普段何をしていて何処に現れるのが分からなかった。
そんな中彼を見つけられたのは偶然という他ない。
翔が駅の近くのバーへと入って行くのを、瑪瑙はたまたま発見した。
そして少し間を開けてから・・・彼女はそこへ突入した。
翔は一人、度の強い酒をなかなかのペースで流し込んでいた。
その隣へ、瑪瑙が付く。
「お兄さん・・・隣、いいかしら?」
「・・・ん。ああ、どうぞ。」
席へ着くなり、いきなり瑪瑙は翔をじっと見つめた。
艶めかしく上目遣いで・・・そっと瞳を寄せる。
既に他の客の目は釘付けになっていた。
「何を飲んでるの・・・?そんな勢いで飲んだら体に毒でなくて?」
「別に・・・ちょっと飲みたい気分だっただけですよ。」
美貌を撒き散らす瑪瑙とは裏腹に翔の反応は素っ気ないものだった。
だがこんなものは序の口だ。彼女すぐには次の手を仕掛けた。
そのスラリとした綺麗な足が目立つように・・・わざとらしく足を組んだ。
周囲の男達の生唾を飲む音が聞こえてくる。
だが当の翔はまるで興味を示さなかった。
(うっ・・・これでもダメなの・・・?)
・・・それからも瑪瑙は色々な手を試みたが、翔は殆ど相手にしなかった。まるっきり瑪瑙の姿に興味すら示さない。
見た目でダメなら中身で・・・。
しかし外見は最強の美人へと変わったが、所詮中身は瑪瑙なので・・・気の利いたトークの一つもできなかった。
魅了されるのは周りの客ばかりだ。
手詰まり・・・途方に暮れていた瑪瑙だが、その時彼女の目は机の上を歩いていたあるものに止まった。
(・・・!!)
彼女はそれをそっと爪の上に乗せると翔の方に見せた。
「見て・・・これはドコニデモイルテントウよ。私、この虫結構好きなんだ・・・可愛いでしょ?」
それは、彼女の秘策とも言えるものだった。
好きな物を取っ掛かりにすれば・・・繋がれぬ相手などいない。
爪先の小さな虫を見て、翔の瞳の色が僅かに変わる・・・
だが、すぐに彼はぷいっと顔を背けてしまった。
「別に、虫なんかどうでもいい。・・・僕はもう行きます。マスター、お会計を。」
「えっ、そんな・・・!」
それはとてつもないショックだった。
たとえどんな裏切りにあおうとも、憎しみに押しつぶされようとも・・・瑪瑙にとって翔と共に虫について語った日々は、かけがえの無い思い出だったからだ。
だがそれすらも・・・嘘だったというのか。
悲しみに胸を押しつぶされそうになりながらも、瑪瑙は慌てて涙を拭い席を立った。
そして翔の前に立ち塞がる。
「待って、良かったら何処か他の場所で飲み直さない?アハハ・・・。」
「・・・悪いけど、僕に構わないでください。他に好きな人がいるんだ、ごめん。」
「・・・!!」
そう言うと彼は・・・すっと瑪瑙の横をすり抜けて行ってしまった。
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