第7話
自分のことを志田と名乗った男は、
「あなたの弁護をさせていただくことになりました」
と僕に言った。彼はとても不細工で、本当に胸のバッチがあってよかったねと讃えてやりたいくらいの男だった。
「今あなたには一件の殺人容疑と死体遺棄についての容疑がかけられています」
志田はA4サイズの見開きのファイルに目を落しながら、今僕が置かれている状況について説明を始めた。サイズがあってないのか数秒に一回のハイペースでずれ落ちるメガネを手で直している。
「・・・・・・これらの、まぁまだ被疑者の段階ではありますが、あなたにかけられた容疑について、あなた自身そのことを認めますか?」
「認めます」
志田が話し始めた時から決まっていた言葉をようやく口にできた。
「しかし、今回のあなたのケースの場合死体遺棄については難しいかもしれませんが、殺人容疑については十分争う余地があるかと」
「僕が殺しました」
自分にとってこのやり取りは無駄でしかない。早く終わらせてしまいたい。
「すべて認めて情状酌量に絞ってやるというのもありですが、いずれにしても今後の裁判の弁護方針についてはもう一度事件を精査した上で一番いいものを選択していきたいと思います」
志田は資料をパラパラめくったり最初のページに戻ったりしている。それからわざと音が出るようにパタンと閉じてから目線をこちらに向けた。
「大丈夫です、私に任せてください」
志田は自分を元気づけようとしてくれているのか小さく笑った。
「また来ますね」
志田の語り口はとてもやさしい。いい人だなと思う。でも彼がやさしく言った、また来ますの一言に、もう一度この不毛なやり取りをしなきゃいけないと思うと心底虫唾が走った。
面会室に入るとアクリル板の向こうにいる志田はすでに席に座っていた。その姿を見て舌打ちが出た。ただでさえ憂鬱だっていうのに、志田の隣に席がもう一つ用意されてそこに見知らぬ男が座っていたからだ。
「今日は君に紹介したい人がいてね。もしかしたら裁判の助けになってくれるかもしれないよ」
志田の隣の男は軽く頭を下げるとポケットから名刺を取り出してこちらに見せた。
「フリーで記者をしている吉原光太郎です」
吉原は志田と違ってとてもスマートでここにいる三人の中でもっとも顔立ちが整っていた。
「彼は君の事件にとても興味を持ったみたいでね」
「はい、いろいろ調べさせてもらいました。その取材の中で志田さんの存在を知ってこちらからコンタクトさせてもらったんです」
「あの時は急に電話が来てびっくりしたよ」
「すいません、どうしてもお話を伺いたいなと思ったもので」
志田と吉田は互いに顔を見合わせて微笑みあった。
「心配しなくても吉田君は我々の味方だよ。もしかしたら君に有利な証拠を探してきてくれるかもしれないぞ」
志田は完全に吉原を信頼しているようだった。
「じゃあ、さっそくいいですかね、それと出来たら・・・・・・」
吉原が手帳を出す様を見て志田はおもむろに鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ私はいったん席を外すよ」
「すいません」
吉原は申し訳なさそうに何度も小刻みに頭を上げ下げしている。扉が閉まって面会室に吉原と二人きりになった。吉原は志田の席をどかして中心にいすを置き自分と正対するように座った。
「やっとここまできた」
吉原は顔をしかめながら絞り出すようにつぶやいた。噛み続けた苦虫を僕に吐き出すように。
「志田さんにはどこまで話されたんですか?」
何も答えないでいると。吉田はかみ砕いた言葉に言い換えてもう一度質問した。
「事件についてあなたはすべて自分がやったこととして認めたんですか」
「はい」
無駄な時間だなと思った。何ターン繰り返そうともその会話に意味なんてない。その後も吉田は立て続けに質問してきた。どんな学生時代を送っていたか、趣味はなんだとかまるで芸能ゴシップ誌のインタビューみたいに。
「なるほど、では最後にもう一つ質問なんですが、なぜ、嘘をつくんですか」
吉田から思ってもみない言葉が出て椅子に座った時から始まった貧乏ゆすりがピタッと止まった。顔をあげて初めて吉田の顔を見た。
「自分が不利になることをなぜ主張し続けるんですか?このままいくとあなた無期懲役ですよ」
「えっ、な、なに?」
「本当にあなたがやったんですか」
「うん、そう、ですけど」
「なんかおかしいんですよね、あなたの行動は」
「志田さんにはすべてほんとのことを話しました」
勢いよく立ち上がった勢いで椅子が後ろに倒れた。大きな音がして、すぐに看守が部屋に入ってきた。
「あなたは罪を認めたというより罪を背負いたがってるように見えるんですよ」
吉田は看守に向かって大丈夫ですという風に手で制止した。椅子を起こして座りなおす。無言で向かい合ったままでいるとそのうちに、看守はゆっくりと部屋から出て行った。
「私はここ数か月で都内で起きた殺人事件について調べました。そして私はある一つの法則があることに気づいたんです」
吉原はまっすぐ僕を見た。自分がとるすべての反応を一つも逃してなるまいとでもいうように。
「すべてではありませんが事件が起きるとき必ずあることが起きていたんですよ」
「あること?」
「なんだと思いますか」
「いや、・・・・・・」
何も答えない僕に吉原はニヤッと笑った。同じタイミングで額から汗が垂れて慌ててそれを手で拭った。
「雛見はるかという人を知っていますか?彼女はあるグループに所属しているアイドルなんですけど」
そう言って吉原は一枚の写真をこちらに向けた。それははるなんがライブ中に踊ってる時の一枚で何年か前に雑誌で取り上げられた時のものだった。
「『はるなん』、ファンからはそう呼ばれてるそうです。グループの中でも人気があるメンバーらしいですね」
「この人がどうしたんですか」
「グループでは月に何回かイベントで握手会をやっていて、もちろん雛見はるかも参加します、でもね彼女だけおかしいんですよ」
「なにが」
「偶然じゃないかと思って一応ほかのメンバーのことも調べたんですけど違いました。いいですか、雛見はるかだけ握手会をやる日に必ず殺人事件が起きていたんです。逆に言えば殺人事件が起きるとき必ず雛見はるかは近くで握手会をしていた」
「それがどうかしたんですか」
「それだけじゃない、その殺人事件の被害者は全員グループのファンでその中でも雛見はるかのファンだったんですよ」
「偶然てことも」
「それだけじゃない、その後に逮捕された犯人も全てグループのファンで雛見はるか推しだった。これはもうこの事件に雛見はるかが関係してないというほうに無理がある。私はね全て雛見はるかがやったことなんじゃないかと考えています。そしてあなたはそれに巻き込まれた」
「違う」
「あなたは雛見はるかに何を言われたんですか」
「違う」
扉が開いて何人もの足音が僕に向かってくる。面会時間はあと40分あるはずなのに看守は僕の体を部屋から出そうとしている。じたばたしているときにふと吉原の顔が目に入った。だんだんと遠ざかる吉原の涼やかな顔がよく見ると笑っている気がした。
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