第6話

くわえ煙草の女性は煙を吐く時だけ小さく開けた車のウィンドウに顔を向ける。僕も一層のことその煙と一緒に外に出て空に消えてしまいたいと思った。何回か同じ動作を繰り返してから、女性はさっきと同じことを僕に尋ねた。

「どうやって知ったの?」

大人たちに拘束されたまま地下駐車場にあるこのワンボックスカーに押し込められた。しばらくしてから乗り込んできた女が一本目の煙草に火を付けながら最初に発した言葉。何も答えられないのはその女性がはるなんで、はるなんがたばこを吸っていたことにショックを受けたからじゃない、そもそも何を聞かれているかわからなかったからだ。

「見たの?」

「はるなん、ごめん、これってはる隠しだよね、これから最高のファンサービスを受けれるってことなんだよね」

「聞かれたことだけに答えて」

はるなんは乱暴に目の前の運転席のイスを足で蹴り上げた。僕は体をのけぞらせたのに、蹴られた運転席に座る男の人は微動だにしなかった。

「どうやって知ったの。事件のこと」

「春が教えてくれたんだ」

「はる?もう一人いるの?」

「違うよ、僕が作ったプログラムで、あっそうそう、僕はプログラマーではるなんのためにはるなんを分析するソフトを作ったんだよ、そしたら事件とか殺人とか想像もしてないものが出てきてびっくりしたよ」

「そのソフトは今どこにあるの」

「うちだけど」

はるなんと運転席の男が目配せした。エンジン音が一層大きくなって男がサイドブレーキに手を伸ばすのがみえた。車は地下駐車場から地上に出て交差点の信号で止まった。

「ファンの人って優しいから私のために何でもしてくれるの」

はるなんはまっすぐ前を向いたまましゃべり始めてそれは自分に向けられたものなのか大き目の独り言なのかわからなかった。

「私のために何してくれる?」

「そんなの何でもするよ、当たり前じゃないか」

「本当に?」

不意にはるなんは急接近して僕に抱きついた。一度に許される接地面積を完全に超えた。

「信じていい」

鼓膜を直接なぞる様にはるなんが囁く。僕の脳はルービックキューブみたいにぐるぐる回転して一瞬ですべての面がはるなんに揃う。僕がゆっくり頷くと、はるなんは僕にキスをした。

「お願いがあるんだけど」

離れたはるなんの唇が甘えるように震える。

「うん」

はるなんは僕に願いを託そうとしている。はるなんが後ろの席に視線を向けたままでいたので僕も同じ所を見た。暗い車内でその物体の全体像まで見えなかったけど持ち手のようなものが見えて大きめのバックが置かれているんだと思った。

「私って本当にファンのみんなに支えられてるなって思うの」

僕は席を立って後ろの席に移動した。

「アイドルってね。ただ笑ってるだけの楽な仕事じゃないんだ」

移動して座席から見えたバックのようなものは実際にはもっと細長い形をしていてそれはどちらかというとバックというより寝袋に近かった。

「毎日忙しいのに歌と振り付けはどんどん新しいものを覚えていかなきゃいけないし、その練習で疲れてるのに今度は握手会で何時間も笑顔でいなきゃいけないし」

僕はチャックをゆっくりと下ろしていった。半分くらい開けたところでちょうど車がネオン街に入り看板の光が開いた隙間から中身を照らした。車内の暗闇に一瞬浮かんだそれははっきりと人間の頭だということがわかった。

「だから私にはそういうことが必要なの。アイドルを続けるためには仕方のないことなの。あなただって私にアイドルやめてほしくないでしょ」

「やめてほしくないよ」

「よかった。そういってくれるって信じてた。でもね時々わかってくれない人がいるの」

車はいつの間にか大通りから外れて狭い路地をゆっくりと進んでいた。ウィンカーの音がしてさらに狭い道に入ると運転手の男はサイドブレーキを引いた。

「ここで降りて」

「ここで?」

「ここが一番いい場所なの」

「わかったよ」

少し開いたチャックを閉める時にあるものに目が留った。この人が頭に巻いているバンダナの模様にとても見覚えがあって、それは握手会の時にゴリラが付けてたバンダナと同じだった。

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