第5話

今日の握手会では鍵開けはあきらめなくてはいけない。リュックから突き出た丸めたポスターの中に隠してある包丁はもしもの時のための護身用。会場を中心に半径一キロの円を掻きその円周上をパトロールする。その円をだんだん小さくしていって17時15分の受付最終時刻までに会場周辺のすべての安全を確保して、それから整理券を受け取る。当日の朝からぐるぐるぐるぐる歩き続けて少しずつはるなんに近づいて行くのは、はるなんという星に、周りを公転する僕という彗星が何百年かに一度最接近するみたいな現象に似ていて、いつもより今日の握手会はロマンチックだなと思えた。体力的にきつくなると途中で近くの喫茶店に入った。その時もなるべく窓のある方の席に座って外の様子に目を配った。会場エリアに入ってからも整理券をもらわずに周りをぐるぐる回った。敵はどこに潜んでいるかわからないわけで、いざとなったらポスターを抜く覚悟は出来ていた。17時15分ギリギリに整理券をもらった。でもまだ終わりじゃない。列に並んでいる最中も周囲に目を凝らした。並んでいるやつらも警備員さえも疑った。一時間何も起きずにあと数人で自分の順番になった。ポスターの中の包丁は柄と刃が着脱式で一旦取り外した刃はズボンのベルトが来る位置に穴をあけてそこに隠し金属探知機鳴ってもそれはベルトに反応しているように思わせた。持ち物検査は数秒で通り抜けられた。これじゃあ敵の思うつぼじゃないか。自分の順番が回ってきた。はるなんは僕を見るなり手を振って会心の笑顔になった。

「ありがとう」

はるなんはいつもどおりに僕の手を握った。

「はるなん大丈夫だった」

はるなんは何のことかわかってないようでただ僕の顔を見た

「近くで殺人事件がずっと起きてるよね」

「え?」

「はるなんが怖がるだろうと思ってずっとパトロールしてたんだそれなのに肝心の警備がこれじゃはるなんを守れないよ」

リュックからポスターを出して輪ゴムを取るとゆるんだポスターの隙間から包丁が落ちた。金属の音が鳴って刃が照明で光った。

「きゃあー」

はるなんが悲鳴を上げると同時にどこから湧いてきたのか何人もの大人が僕の体を捕まえに来た。

「おいなんだよ、こんなざるみたいな警備ではるなんが守れんのかよ」

僕は初めての感覚に襲われていた。自分の体が大人たちによって導かれる方にあの部屋があったからだ。僕ははるなんの横をすり抜けた。僕はついにはる隠しに遭った。


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