第4話
会社のデスクのパソコンで作業し始めて12時間経とうとしている。休憩をはさむこともなく食事を取ることも忘れてそれでも集中力は途切れなかった。今日ほど自分がプログラマーでよかったと思う日はない。はるなんのデータを取り込んでいく作業は何時間やっていても苦じゃなかった。おかげで任されていた顧客管理システムの開発は明日までの納期に間に合わなくなったがそんなものどうでもいい。今自分は好きなことを仕事に出来ている。SNS上での使用言語、時間と場所。活動実績。はるなんのビッグデータから遺伝的アルゴリズムを使って解を導く。抽出されたキーワードの中でもさらに関連が深いものを特定しそれを繰り返すことでもっとも有益で最適な解にたどり着ける。カバンから取り出した銀紙の包みを破って今日初めての食事を開始する。冷え切ったおにぎりを頬張りながら画面を凝視すると最適化まで92%完了となっていて、仮にこのシムテムが完成したらこれを「春」と呼ぶことにしようと考えた。「春」はきっと自分に足りない何かを見つけてくれるに違いない。
真ん中のはるなんの写真はチェキ会の時にツーショットで撮ったものを切り取ったお気に入り。その周りに統計学で導き出した最新の関連ワードが5分おきに更新されて、はるなんの周りを埋めつくしていく。関係の浅いものは小さく深いものはより大きく表示される。ある程度累積したところで画面下にある「演算」のボタンをクリックすると、その時に出てるすべてのワードを組み合わせたもっともはるなんと関係があるものを導き出し一覧で表示される。それによって「春」が最初に導き出した答えはボタニカルという女性向けに人気のシャンプーだった。これはちょうどはるなんが美容院へ行ったことをSNSに載せた時期と100ぐらいの少ない関連ワードで演算ボタンを押したタイミングが重なったためだと思われる。「春」は関連ワードが少数のうちに計算するとよりタイムリーで実況的な解を、多数であれば表面的な事象に左右されないより本質的な解を導いてくれる。「春」を稼働させてから2週間以上経つが、思うような結果はまだ得られていない。「春」が出す解は全部すでにぼくの知っている解だった。使い始めて3日目には十万ワードを超えた。それでも思うような解にはたどり着けなかった。会社では、とあるファミレス業界から発注されたタッチパネルで注文できるシステムの開発を任されていたが、全く集中できなかった。このファミレスがやってるCMにはアイドルが起用されているのだが、違うグループの子で、その会社のシステムに携わるということは、はるなんに対する裏切りなんじゃないかと思えて仕事が手につかない。このことは次の握手会で正式に謝らなきゃいけないだろう。定時の17時丁度に会社を出た。すぐイヤホンを耳に詰めて欠乏したはるなんを体に充てんする。帰りの電車ではスマホではるなんのライブ動画を、目と耳をはるなんで塞ぐ。
「春」は八百万語もの関連ワードを表示させ、それは真ん中のはるなんの写真を覆いつくす程だった。いつもなら会社から帰ると真っ先にシャワーを浴びているところだが、そのままパソコンにかじりついた。「春」から初めて見るワードを見つけたからだ。
「死体」「殺人」
僕がはるなんから一度も想像したことがないものを「春」は見つけていた。演算ボタンを押す。「春」はスクロールしきれないほどの膨大な量の殺人事件の記事を僕に見せた。事件はすべてここ三カ月以内に都内で起きたもので、現場はどれも握手会やはるなんのイベント会場の近所で起きていた。どの事件にしても犯人が捕まっていることが不幸中の幸いだがこの最適な解は次の握手会が自分にとって重要な日になることも教えてくれていた。
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