第4話 終編

もう日が過ぎ

朝になっていた。


辺りは人里離れすっかり田舎だ。


俺は車を止め

山奥で亡くなった仲間を埋葬した。


もう一人の亡くなった仲間も

他の者が埋葬してくれたのだろうか。


俺は後の仲間達に連絡をしてみたが、

誰一人として電話には出なかった。


車に戻った俺は妹の様子を見た。

随分疲れた具合だったが、

まだ妹は寝ていなかった。


無理せずに寝ていいんだぞ


俺はそう言ったが、妹は首を横に振った。


運転席に戻った俺だが、

相変わらず行く当ては無い。

この先どうしようか途方に暮れている。


金は沢山あるが、

気掛かりなのは妹だ。


訳の分からないまま連れ回してしまったは良いが

後の事は何も考えていない。

突然彼女の父親の事を伝えた所で、だからどうだと言うのか。

そんな俺は妹にバカな質問をしてしまった。


どこに行きたい?


妹は困っていた。

当然の事だろう。

少し考えた後妹は応えてくれた。


しーちゃんのお家に行きたいのじゃ


何となく予想はしていた返答だった。

だが、もうghettoには戻れない。

俺達はボスの別荘地で若衆共々

何者かによって殺された様に見せて裏切った。

ボスの事だからその企みにはもう気付き

死んだ者の内誰かが裏切った所までは

把握しているだろう。

そんな中ghettoに戻るのは無理な事だ。


俺の家には連れて行けそうに無い

すまない

そう妹に伝えようと思った時ある事が

俺の脳裏によぎった。


俺は車のエンジンを再びつけ走り出した。

その様子を見て妹は俺の家に行けると喜んでいるようだった。


俺が向かった先は仲間を埋葬した場所より

もっと田舎の場所だった。


そこまでの道のりはとても長かった。


道路に牛が出てきたりする程の田舎を通り

何処までも続く海岸沿いを走ったりした。


目的地の場所は走り出してから三日間は掛かる場所だった。


その距離も相まって

単なる移動というより


旅のような時間だった。


腹が空いたら

俺と妹はその土地特有の名産品がある

レストランで食事を済ませ


休憩を取る為車から降りると

広大な土地で寝転がったり


夜はホテルに泊まり

朝になったら長距離ドライブを再開する。


長距離で暇な時は好きな音楽をかけ

妹が隣で歌ってるのを俺は聴きながら運転していた。


俺が少し口ずさむと妹は喜んだ。


その三日間はとても短かった。


やがて

目的地まで近くなってきた。


時刻は夜

辺りには街灯も無いので真っ暗だ。


車のライトを頼りに運転する。


この州に入ってから一気に肌寒くなり

雪も積もっていた。


俺は車の暖房をつける。

その隣で妹はぐっすり眠っている。


道路は全く舗装されていないので、

車はガタガタと音を立てながら進む。


そんな中よく妹は眠れるなと感心していた。


妹が眠ってからは俺も暇なので

少し眠くなってくる。


何となくボーっとしてきたが

そんな俺の眠気はすぐに吹き飛ぶ事になる。


俺はすぐに車を路肩に止め

急いで車から降りた。


車を止め車内の温度が下がり

妹は起きてしまったのだろう。


眠たげな目を擦りながら

妹が車から降りてきた。


外はすっかり冷えていたので、両腕をさすりながら妹が俺に近づいてくる。


しーちゃん…

どうしたのじゃ

めっちゃ寒いのじゃ


上だよ

見てみろ


俺は妹にそう言うと

妹も俺と共に上を見上げる。



そこには大きなオーロラがあった。


空を覆い尽くす程に大きなオーロラが

沢山の色で輝いていたのだ。


妹も思わず目を丸くさせていた。

なんなのじゃこれ!と驚いている

オーロラの存在すら知らない状態だったのだろう。


オーロラの存在は知っていた俺だが、

目にするのは当然初めてだった。

これ程迄に壮大で美しい光景だったなんて


妹と俺は近付いてオーロラを眺めた。

外はとても寒かったが、二人ともそんな事を忘れて夢中になっていた。



とても。

綺麗だった。


いつまでも見ていたかったが

ずっとこの外気に晒されていると

妹が風邪を引いてしまうので

俺達は車に戻った。


暖房をつけ再び出発した後も

車窓から見えるオーロラに目を奪われる。


何処まで走ってもオーロラが空で揺れ続けているので、目が離せなかった。


そして俺達は

雪景色とオーロラの中を

突き進みながらようやく

長い旅の終着点につく事になる。



人里から離れ

雪が積もった中

木目の一軒家がポツンと建っていた


俺は近くに車を止め

暖房はつけたままにしておく。


ここがしーちゃんの家なのじゃ?


妹が俺に尋ねる

俺は何とも言えなかったが


そうかもしれないと返した。


妹は首を傾げて困惑していた。


俺は妹に車で待っているように伝え

外に出ようとしたが、

いやなのじゃ!と着いてこようとしたので、

一緒に行く事にした。


俺達は車から降り

降り積もった雪に足を取られながら

一軒家の前まで歩く。


もう夜も遅かったが、

一軒家の明かりはついたままだった。


俺は玄関のドアをノックしようとしたが


少しためらってしまう。


隣にいる妹はそんな俺を見て

また首を傾げていた。

だが意を決し俺はドアをノックした。


何回かノックをすると

家の中から足音が聞こえ

こちらのドアの方へ向かってくる。


そしてドアが少し開き


お爺さんが顔を覗かせた。


俺の姿を確認したお爺さんは多少面食らっていたようだが、

隣に小さな少女がいたお陰でそこまで警戒されずに済んだ。


相変わらずドアにチェーンはかけられたままだが。


どうしたんだい?


お爺さんが俺に尋ねる。

俺は中々上手く話し出せず

棒立ちになってしまった。


そんな俺を見て老人はますます困惑してしまった。


車が雪に嵌ったのかい?

外にスコップがかけてあるから

使ってもいいよ


お爺さんはゆっくりとした口調で俺に言った

俺はそれを訂正してハッキリと意思を伝えた


いや

違うんだ

届け物があって

×××からの物だ


俺はお爺さんの娘の名前を出した。

俺の母親の名前だ。


お爺さんは驚いた顔をした。


チェーンを外しドアを開けてくれた。


×××からか?

見せてくれ


お爺さんは俺の肩を掴み

それを要求した。

俺は懐から母の日誌を取り出し


×××が若い頃に書いていた日誌だ


母の日誌をお爺さんに渡した。

お爺さんは俺に開いてもいいかい?と尋ねる

俺は頷き。

読むように促した。


お爺さんは日誌を開くと

ゆっくりと読み進めていた。


雪が静かに振り

外は相変わらず冷えているが


その場で大事に確かめるように読んでいた。


妹は少し寒そうにして俺にしがみつく。

お爺さんは途中まで読んで俺に聞いてきた。


どこでこれを?


俺は少し嘘を交えながら真実を伝えた。


お爺さんの娘が亡くなった事。

日誌は

その亡くなった場所にあった物である事。


部屋で無残に亡くなった残酷な真実は伝えず

ただ病気によって亡くなったと伝えた。


お爺さんは悲しい顔をした。


だが泣いたりはしなかった。

どうやら覚悟をしていたようだ。


お爺さんは、俺に話した。


20年以上前から連絡が途絶え

それから何年も過ごしてきていたと。


娘が歌手になりたいと言っている事を思い出し毎日テレビをつけ妻と一緒に確認していたらしい。


そして奥さんは

三年前に亡くなったらしい


以来ずっと

この地で一人で住んでいる事を

お爺さんは日誌をめくりながら俺に話してくれた。


お兄さん

こんな遠い所までありがとう

今日はゆっくりしていくと良い

お嬢ちゃんも冷えるといけない

さ、中にお入り


お爺さんは俺達を家へ招いてくれた。

俺は妹の事も考えお爺さんの好意に甘える事にした。


家の居間に俺達は通された

中は暖かく

暖炉とランタンが家の中を優しく

照らしている。


妹も落ち着いた雰囲気に呑まれ

先程まであった眠気が戻って来ている。

その様子を見てお爺さんが

娘の部屋があるからそこで寝ても良いと言ってくれた。


お爺さんは俺達を部屋に案内してくれた。


部屋の中は埃一つ無く

綺麗に整っていた。

恐らくお爺さんは娘がいつ帰って来ても良いように

こまめに部屋の手入れをしていたのだろう。


お爺さんは居間に戻り

もう少し日誌を読むようだ。


疲れて眠いようならお婆さんの部屋が空いてるからそこで今日は眠りなさいと言ってくる。

俺に対しても言ってくる。


俺はお爺さんに感謝を伝え。


疲れきった妹の体を抱えて

ベッドに寝かせた。


しーちゃん

一緒に寝ようなのじゃ


俺がベッドに妹を寝かせ毛布を掛けていると

妹が寂しそうにしてきた。

そんなにベッドは大きくないぞと

俺は言うが


そっかなのじゃ


とやはり寂しそうだ。


少し気の毒に思えた俺は。

ベッドの側に腰掛けて妹が眠れるまで話す事にした。


オーロラ綺麗だったな



綺麗だったのじゃ



疲れたか?



疲れたのじゃ



そうか



うん



そうだ

俺と行った場所で何処が

一番楽しかった?



遊園地なのじゃ



あれは辛かったぞ



しーちゃん

だらしがないのじゃ



ふふ

他はどうだった?



遊園地なのじゃ



また?

結構色々行ったぞ



んん

車の中楽しかったのじゃ



あぁ

確かに楽しかったな



歌ってなのじゃ



今か?

子守唄にラップか?



歌ってなのじゃ



参ったな

そんなに得意じゃないんだが



歌ってなのじゃ…



仕方ないな


俺は妹のワガママを聞くために

歌おうと思ったが


もう妹は眠っていた。


仕方の無い奴だな

だがお陰で助かった…


妹が眠ったのを確認した後


俺は何となく部屋を見渡した。


俺の母親が過ごしていた子ども部屋を。


壁に目をやると

傷がいくつか順々に引かれてある


恐らく子供の頃に測る身長の目安か?


そういえば俺も似たような事をした気がする


世話好きの失業者が俺を壁に立たせて書いてたっけかな


あのおっさんは今頃何してるだろうか

今はもう寝てるかな


もう会う事も無いだろうな


仲間達はどうだろうか

上手く逃げてくれてたら良いんだが、

未だに仲間からの連絡は来ない。


考えても仕方がない。

俺は妹の眠る部屋を出てお爺さんのいる居間に戻った。


お爺さんは眼鏡をかけて最初から日誌を

読み直していた。


あぁ

お兄さん

娘さんはもう眠ったかい


え?

そんな老けて見える俺?


思わず素で返してしまった。

ここ最近父親と間違われる事が多い


てっきり俺の娘と同年代かと思ったよ


なんて

お爺さんに茶化されてしまった。

俺は結構若いよと返したらお爺さんは笑っていた。

それから少し

俺とお爺さんは暖炉の前で話をした。

お爺さんは娘の話を沢山してくれた。



小さい頃はオーロラを眺めたり


雪で遊んでるだけだったが


ある日都会に憧れて家を出てっちまった


若い娘にこんな田舎は苦痛だよなあ


俺もあいつを子供扱いし過ぎてたんだな


出てく気持ちも分かるよ

これを読んでると娘は

大人になってると分かるし

とても楽しそうにしてたんだな




お爺さんは日誌を読みながら俺に語った。




しかしたまには連絡取ってくりゃいいのにな



アイツらこっそり連絡を取ってたのか


ふふ…これだから女って奴は…


日誌のページを読み進めながら

お爺さんに内緒で

奥さんが娘と連絡を取っている事が分かって笑っていた。


もう大分読み進んでいる様だった

娘に恋人が出来たと書いてある部分に対しても怒るでもなく優しい顔をしていた。


所でお兄さんは

どこでアイツと知り合ったんだい?


なんと返そうか俺は迷った。

俺は世話になってる人の知り合いと少し苦しい嘘をついた。


お爺さんは笑いながら

嘘が下手だねと俺に言った。

確かにそうだ

その程度の関係性でこんな所まで日誌を届けに来る訳が無い…。




そしてとうとう




お爺さんは最後のページを読んでいた。




娘に子供がいた事を知ったのだろう。




お爺さんの小さな体は少し震えていた。




ゆっくりと



お爺さんは

俺に

質問をしてきた







お兄さんは

若いんだったな…







あぁ







まだ二十歳くらいかい?







あぁ…








誕生日は…?










4月12日…








お爺さんは眼鏡を外し

俺の顔を見ていた。




お爺さんは


何か確信を得る様に


何か確かめる様に


実感する様に





静かに泣いていた




本当だ

目がそっくりじゃないか

娘と同じ

綺麗な青だ



お爺さんは俺の元へ近づくと

ゆっくり手の平を俺の顔に伸ばし

優しく俺の頬を撫でてくれた


自分の娘の子供だと

自分の孫だと確かめる様に


俺は震えるお爺さんの肩に手を置く事しか

できなかった


俺はこんなに優しい人に顔向けが出来る人間ではない。


だがこの人の眼差しは

そんな事を考える俺を

こんな俺の事を


何もかも許してくれる様な


そんな暖かさを感じさせた。


お爺さんは俺にありがとうと言ってくれた



生まれてきてくれてありがとう



俺はその言葉に感情が溢れ出そうになった。

俺がこんな事を言われる資格など無いと分かっているのに。


感情を抑える事が出来なかった。

俺はこれ以上ここに居るべきでは無い



俺は涙を拭い

お爺さんをゆっくり座らせた


ここに来た本当の目的をお爺さんに伝えた。


あの子を

どうかここで預かってくれないか?

金ならいくらでもある

車の中に入ってある


どうか頼む


俺はお爺さんの目を見て

懇願した。


お爺さんは俺の肩に手を置き


分かった


そう言ってくれた。

俺はホッと一息を着き

車から金を持ってこようと席を立つ。

そんな俺を

お爺さんは引き止めた。



あの子は

君にとってなんなんだ?





俺の中でその答えは既に出ていた





妹だよ

つってもあんたの孫娘じゃねえけどな

なんつーか

複雑なんだよ色々



俺は少し含みのある言い方をした

それに対しお爺さんは何も言っては来なかったが

俺がこの場から去ろうとする事に対しては

言ってきた。




あの子を妹だと思っているなら

ここに残りなさい



そう言われるのは分かっていた

それに対し

俺はギャングなんだと伝え

お爺さんを突っぱねようとしたが

そんなもん見りゃ分かると簡単に一蹴されてしまう。

人を殺したとも伝えた。

お爺さんは

誰だって罪深いと俺に言った。



お兄さんの過去は想像を絶するような事が沢山あったんだろうが

俺にそんな事はいくら言われたって分からん

だが

兄さんはここに居るべきだというのは分かる


それともお前田舎を舐めてやせんか?


俺のような爺さんがあの子を一人で

この自然から守りながら生活できると思うなよ

俺なんてすぐ死ぬぞ



正論を言われてしまった

それも自信満々に。


確かにその通りだ。


こんな極寒の大地で少女を育てながら

暮らすなんて甘い話だ。


金を渡したとしても

老人に新しい暮らしをさせるのも酷だろう。


俺は諸々と納得した。




確かにそうだな




だろう?と

お爺さんはとても嬉しそうに言ってくる。


分かったら今日は眠れ

明日は朝から雪かきで忙しいぞ


俺はお爺さんに背中を押され

奥さんの寝室に押し込められてしまった。

俺はベッドに寝かされるとお爺さんに

毛布をかけられてしまう

完全に子供扱いだ。


暗いのは大丈夫か?


大丈夫だよ!


お爺さんは笑いながら部屋から出て行った。


仕方ない。

今日はもう眠ろう。







そして夜は明けた。















起きろ起きろ起きろ!!!



朝っぱらから爺さんが叩き起こしてきた。


俺はまだまだ五時間は眠る予定なんだが、

爺さんは毛布をひっぺがしてくる

超寒かった。


さみぃよじいさん


そんな事をぼやく俺を無理起こし

着ていたオキニのパーカーを脱がされ

ゴワゴワの毛皮コートを着せられる俺

そのまま外に連れ出される。



外は真っ白だった。

俺の車は雪で完全に埋もれていた。

そして超寒かった。


爺さんにスコップを渡されると下は

お前がやれと俺に言ってくる。


下?


と俺が困惑していると爺さんは

梯子で屋根の上に登って行く


お爺さんは

雪を屋根から降ろしまくっている。


物凄いスピードで降ろしまくっている。


俺の方にガンガン雪が落ちてくるので、

俺の仕事量が増えていってる気がする。


これはマズイ

俺もやらねえと。


そう思い雪かきを始めるが

屋根の上から雪が降りまくってくるので全然進まない。

ふざけんなよジジイと思い

屋根の方を見たら

そこにはもう爺さんはおらず

屋根の雪も全部無くなっていた。


おいおい

全然進んでないじゃないか


降りてきた爺さんが俺に何か言ってくる。


あんたが屋根から落としまくってるからだろ

と言い返しそうになったが

物凄いスピードで下の雪をスコップで

払いまくってるので何も言わない事にした。


俺も雪かきを再開した。


家から眠たそうな目をこすりながら

妹が出てきた。


爺さんは妹におはようと挨拶した。



おはようなのじゃ…

あれ?…



妹が俺を見つけると

駆け寄って来た。


どうした?



俺は不思議そうに尋ねる。



絶対朝になったらしーちゃん居なくなってると思ったのじゃ!

居たのじゃ!



俺は妹の言葉にとても驚いた。


それを聞いていた爺さんは

とても笑っていた。


兄ちゃんより妹の方が大人だなぁ


爺さんが遠くから何か言っている


妹は喜んで俺にしがみ付いている

これでは作業が出来ないので

一旦妹には離れてもらう。

ただ少し無理に離したのでムスッとされてしまった。

俺は謝るように妹に言った。






兄ちゃんは何処にも行かないよ






妹は

機嫌を治してくれた。



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Gently Weeps (静かに泣く) @aka412

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