第3話 後編

俺達の乗る車は都市に着いた。


妹は先程よりずっと上を見上げている。

高層ビル群に心を奪われているようだ。


妹との約束通り。

俺は車を遊園地へと向かわせている。

妹は俺が運転手にそう伝えるのを聴くと

とても喜んだ。


嬉しさのあまり俺に抱き着いてきたので

俺は少し困ったような素振りをしてしまう。


その様子がバックミラーに映り

運転席の仲間も笑っている。


車は都市を通り抜け

ようやく遊園地に到着する。

ここまで送ってくれた仲間とはここで別れ

時間になったら遊園地まで迎えに来るよう

伝えた。


俺と妹は

遊園地のゲートへと並ぶ。

客はいっぱいで人だかりが出来ていた。

それでも妹は気にせず

遊園地の外観を楽しんでいる。

遊園地はとても大きく

面積は100km²もあるらしい。

中央にはとても大きなシンデレラ城がそびえ

俺達を含め来場者も皆んな釘付けだ。


そしていよいよ入場口に到着し

俺達は中に入った。


妹はすっかり上機嫌だったが

入り口で出迎えてくれたマスコットキャラクターには目もくれず

アトラクションの方向を指差した。


ジェットコースター等がある場所だ。


事前に俺は妹に対し

長い時間ここには居れないので、

行きたい場所をあらかじめ決めておいてくれ

そう言って

園内の地図を渡していたので

悩みながらも

妹の中ではもう段取りが決まっているようだ。


早速アトラクションの方へ向かう為

俺と妹は園内にある鉄道駅に向かい

俺達は汽車に乗った。

妹の屋敷にあったミニチュアの汽車とは違い

実寸大の大きさなので迫力がある。

小気味の良い汽笛の音が近づくと妹は喜んでいた。


俺達は汽車に乗り

アトラクションコーナーへと向かう。

途中妹が操縦席にいって

舵を取りたがったが、それはダメだと伝えた。

結構ゴネてしまって機嫌が悪くなっていたが

ジェットコースターが近くに見えてくると

機嫌が直っていたので良かった。


それから俺達は各所を回った。

ジェットコースターはもちろん

もう一つ他のジェットコースター

更に別のジェットコースターと

とにかくジェットコースターを回り続けた。

正直俺はフラフラだったが、妹はまだまだ元気だ。


そろそろ休もうと提案したら、

だらしがないのじゃと言われてしまった。

流石にここは妹に頼んで折れて貰った。


休める場所はないかと思い

中央にあるシンデレラ城の近くへ行こうと

提案をすると

ちょうどそこに行きたかったらしい


良かった。


シンデレラ城の周りは人が沢山いたが、

なんとか座って休めそうな場所を確保出来たので、そこで休む。


売店で買ったドリンクを妹に渡し

二人でシンデレラ城を眺めていた。

一息ついてタバコでも吸いたかったが

今は我慢だ。

何となくこの時俺はため息を漏らしてしまった。

その様子を妹は見逃さなかった。



しーちゃんは楽しくないのじゃ?



妹が俺に聞いてくる。

ちなみにしーちゃんとは俺の事だ。

いつからかそう呼ばれるようになっていた。

俺の名前からつけた呼び名だ。


妹からの質問に対して

いや、楽しいよ

と俺は返した。


俺は別の事が気掛かりだったので

心から楽しんではいなかったのかもしれない

妹はそんな俺をどこか見抜いていたようだ。


妹が俺に気を使って

あまり騒がなくなってきたので

俺はシンデレラ城で記念撮影をしようと

持ちかけた。

妹は早速シンデレラ城の前まで走って行った。

早くもポーズを取って準備万端だ。


俺はある程度近付いて行って

携帯のカメラで撮る準備をした。

だが妹はポーズをやめてこちらまで走ってきた。


しーちゃんも映るのじゃ!


俺の腕を引いて同じ画角に収めようとしてくる。

二人で記念撮影をしたいようだ。

しかし俺が携帯を構えて二人で写ろうとするのは中々上手く行かない。

バックに建つシンデレラ城がとても大きいのでバランス良く映らないのだ。

何度か写真を撮ったが妹はあまり納得いかないようで、俺は頭を悩ませた。


するとその様子を見ていた家族連れの男が

こちらに声をかけてきた。

良かったら撮ってあげるよと

せっかくなのでその男にお願いする事にした。


男に携帯を渡し

俺達二人を撮ってもらった。


どうやら上手く撮ってくれたようで

満足そうに俺に見せてきた。

人混みの中俺と妹が同じ画角に入っている。

背景には大きなシンデレラ城が綺麗に写って確かに良い写真だ。

妹にもそれを見せてあげると

喜んでその写真を見つめている。


はしゃぐ妹の様子を俺が眺めていると

写真を撮ってくれた男が話しかけてきた。


ウチの子もあんな時期があったよ

その内パパ嫌いなんて言ってくるぞ


男は笑いながら俺に言ってきた。


どうやら俺と妹の事を

親子だと勘違いしてるようだ。

否定するのも妙な気がしたので、

俺は話を合わせておいた。

男の家族も記念撮影をしたがっているようで

俺もお返しにと

その男と家族を撮影してやった。

我ながら良く撮れたので写真を見せてやる。


俺達同様

男の家族達も喜んでいたので

先程の借りは返せたようだ。


お互いに挨拶を済ませ家族連れとは

そこで別れた。


俺と妹は再び園内を歩いていると

妹が俺に質問をしてきた。


さっきあの人となんの話してたのじゃ?


俺はあの男と話した内容をかいつまんで教えた。


俺の事を

お前のパパだと勘違いして

色々話してきたよ

俺はそんなに歳はとってないけどな


冗談混じりに俺はそう応えると

妹は少し頭を悩ませていた。

自分の足元を見ながら頭の中でグルグルと考えるように。

すると何かハッとしたような顔で俺の顔を見てきた。



じゃあ…


しーちゃんは

お兄ちゃんなのじゃな!




俺の携帯が鳴っていた。


仲間からの着信だ。

着信に出た俺は、仲間から死体の始末が済んだと報告を受けた。


そろそろ帰ろう


そう俺は妹に伝えた。


妹は切ない顔をしていた。


俺は妹の手を引き

遊園地の外で迎えに来ている仲間の車に乗った。


俺は車を市内のホテルへと向かわせた。

ホテルに妹を預ける為だ。

俺はこれからとある場所に向かう。

ボスの隠し財産がある場所だ。


ホテルに着いた俺は妹を預け

出発しようとする。

ホテルの部屋から出ようとした俺に対し

妹は


どこに行くのじゃ?


不安がっていた

俺は構わず部屋から出た。


外に出ると車で待つ仲間が待っていた。

運転席の窓を叩き仲間に車から降りるよう

合図する。

お前はホテルでボスの娘とここで待機するように命じた。


仲間はそれに頷いた。


娘は殺すのか?


仲間が俺に聞いてきた。


俺は


また連絡する


とだけ応えた。



車に乗った俺は、

ボスの隠し財産がある場所に向かった。


その場所は

以前まで歌やダンスを演目として賑わっていた×××劇場だ。

今はもう潰れてしまい、

完全に廃墟となっている。


俺の母とボスが初めて出会った場所だ

ここには何かあるとは思ったが、

これも何かの因縁らしい。


廃劇場に着いた俺は

車から降り中に入った。


先に着いていた仲間達が既に

隠し財産を確保している。

その額は数十億にも下らない程

莫大な財産だった。


仲間達は皆喜んでいた。

これだけの金があれば自由な人生を送れる。

その想いで胸が満たされている。

後はこの金を持って去れば今回の件は終了だ。


だから


ここから先は俺個人の問題だ。

仲間達に俺は全てを伝えた。

俺はこれからボスをこの場所に呼び出すと。


皆困惑していた。


俺はここにある財産を

持ち帰った後好きな人生を生きてくれと伝えた。


だが仲間は誰も

去ろうとはしなかった。


そんな仲間達を俺は強く非難した。


俺達がずっと憧れ続けた生活が

もう目の前にあるのだ

ghettoで毎日毎日目に焼き付けた

あの光が手に入るのだ

ここで集まった俺達の関係に何の価値も無い

所詮はghettoの弱者達が群れを成し

生きる為にお互いを利用し合っていた関係に過ぎない

一人では悪に手を染める覚悟も無い

クズの寄せ集めに過ぎない

そんな物に義理も何も感じなくて良いと


俺は伝えた。


だが彼らは去らなかった。


覚悟が足りなかったのは俺の方だった。

もう俺達が自由で安穏とした暮らしを得る事など不可能なのだ。


それを仲間達は分かっていた。


だから俺の裏切りにも加担してくれていたのだろう。


路傍で死ぬ覚悟が無かったのは俺だけだった


俺はもう仲間達には何も言わなかった。


携帯を取り出すと俺はボスに電話をかけた。

幹部から聞き出したボスの連絡先だ。


廃劇場の中に鳴り響くコール音は

とても恐ろしく感じた。

仲間達は覚悟をして来ている者だが、

やはりボスが恐ろしいのは確かだ。

中々通話に出ないボスに苛立ちや焦りが募り

その僅かな時間がとても長く感じた。

だがそれが終わる時は一瞬だった。



誰だ?


コール音が止み

ボスの声が俺の携帯から聴こえてくる。



よぉ

初めましてだなボス

単刀直入だがアンタの娘を預かっている



…そうか

今××劇場にいるな

何故俺を呼び出す?

一体何の用だ



仲間達の顔が青ざめていた

どうやら逆探知は既に終えているようだ

もうこの場所に自らの部下を

向かわせているかもしれないが、この辺りのシマは俺が殺した幹部の物だ。

その幹部と連絡がつかなければ刺客を

直ぐ差し向ける事は出来ない。

他所のシマからここに向かわせるには

まだまだ時間がかかる。

少なくとも戦力となる人数を集めるには

察するに二時間以上かかる計算だった。


いいかボス

下らない駆け引きをするつもりは無い

一時間以内にここに来い

必ず一人でだ

約束を違えたり

時間を1分でも過ぎたら

娘は殺す

それとさっき俺の事を知りたがっていたな

教えてやるよ

俺の名前は×××だ



俺と父だけが知り得る

名前をボスに明かすと


俺は通話を切った。


心臓が凍り付くような感覚に襲われていたが

仲間達の顔を見たら少し落ち着いた。


俺は最後の指示を仲間達に伝える。


ボスが一時間経ってもここに現れなかったら

用意した車でそれぞれ別れて逃げろ

散らばって逃げれば何人かは生き残れる

合流する場所は決めない

とにかくこの場を離れるように

落ち着いたら連絡をくれ

その時はまた集まろう


皆覚悟をした顔だ。


仲間の内の一人が軽口を叩いた

ホテルで待ってるアイツは安全で良いな

分け前減らそうぜ


皆その言葉に笑っていた


俺も笑っていた

確かにアイツだけが安全だ。

妹の監視を任せているから責任は重大だが。


俺達は限られた時間で様々な話をした。

俺と妹の事を聞いてくる者もいたし

俺が遊園地に行った事を羨ましがる者もいた

遊園地で妹と撮ったツーショットを仲間達に見せると皆俺を茶化してきた。

俺達が死体を片付けてる間に満喫しやがって

そんな茶化され方をしたので一応それなりに弁解はしておいた。

若衆の死体を綺麗に始末しないと

俺達が裏切ったと真っ先にバレるからだ

その為の工作だったと

分かりやすく説明をしたが、そんな事はどうでも良いようで俺を相変わらず茶化してきた


俺達は自分達の危機迫る状況を忘れようと

その後も下らない話をし続けたが、

時間が刻一刻と過ぎるにつれ

口数は減っていった。


35分。45分。

50分。と

未だボスは来なかった。


俺達はその間ずっと張り詰めていた。

もう俺はこの段階で解散して離れるよう

指示を出そうとしていた。


その時だった。


俺達の集まるエントランスから見える

扉の磨りガラス越しに人影が見えた。


皆それに気付き一斉に銃を構えた。


扉の向こうの人影はただ立ち尽くしていた。

俺はそいつに向かって声を聞かせろと叫んだ

ボス本人かどうか判断する為だ。


人影が急いで扉から離れるのが見えた


何か嫌な予感がした。


咄嗟に俺は隠れろと仲間達に叫んだ瞬間


扉は大きな音を立て吹き飛んだ。


扉の付近が吹き飛んだ瞬間

更に大きな破裂音と閃光が発生し

俺達は激しい耳鳴りと目くらましを受けた。


仲間達は一斉に扉の方へ向け銃を乱射し始めた。

皆五感を失いながらも必死の抵抗をした

俺も扉の方へ向かって銃を発砲していたが

もう何が何やら分からない。

俺は咄嗟に目を伏せる事が出来たので視界を失わずに済んだが、仲間達はパニックになりあらぬ方向を目掛けて乱射していた。


銃弾が仲間の何人かを貫いた。

身内による誤射ではなく扉の方から飛んできた。

扉から何人もの男が侵入するのが見えた。

そいつらに向けて俺は応戦し何人かを撃ったが仲間達は次々と倒れていった。

銃弾から伏せて身を守っている仲間の耳元まで近づき逃げろと俺は叫んだ。

やがて意識を取り戻し始めた仲間達は

俺と共に応戦した。


襲撃に来た人数は少なかった。


やがて銃声は止み

鉄火場となった劇場は落ち着きを取り戻した


刺客は全員死体となっている。

俺は仲間の安否を確認した。

何発か俺も体に銃弾を受けたが幸いな事に

急所には当たらず弾丸も体から抜けていった


仲間の内二人は駄目だった。

一人は頭を撃ち抜かれ即死だった

もう一人は腹部に銃弾を受け

激しい出血をしている。

弾丸も腹部に留まっており苦痛で顔は歪んでいた。


彼は俺に殺してくれと言ってきた。


生き残った仲間達は悲痛な顔を浮かべている


俺は断った。

すぐに止血の応急処置を取り

この場を離れるぞと皆に命じた。


仲間達は金と財宝の詰まったバッグを手に取り裏に隠していた車で

それぞれこの場を去った。


俺は負傷した仲間を車に乗せ

急いでホテルへ向かった。


すぐにここを離れる必要があった。


ボスは娘の命を何とも思わない人間だった。

娘に大きな豪邸を与えて裕福な暮らしをさせていたのも所詮ボスにとっては家族ごっこにしか過ぎないものだったのだ。

この件が終わったら俺は妹を解放しボスの元に帰すつもりだった。

だが、それは間違いだった。

少しでもボスに父親としての人間性を期待した自分の甘さを俺は強く恨んだ。

心の何処かで一人あの場へ来る事を願っていた。

そんな甘さが仲間を死なせた。

あんな少人数の即席部隊を差し向ける程度の問題に過ぎなかったのだ。


ボスにとっては。


ホテルに着いた俺は妹と仲間を呼び出した。

後部座席に横たわっている仲間がいる為

俺の車に乗れるのは一人だけだった。

妹を護衛していた彼は妹を乗せる事を優先してくれた。

自分はこのままどうにかしてみせると言った

俺はそれを承諾した。

目立たぬよう財布に収まる程度に財産の分け前を彼に渡し、俺と妹はその場を離れた。


とにかく

この場を離れる為車を走らせた。

後部座席にいる仲間には鎮痛剤の代わりに

ヘロインを与え痛みを紛らわさせている。

先程より痛みを感じる様子はなかったが、

意識は朧気になっていた。

仲間のそんな様子を不安そうに

妹はずっと見守っていた。


俺は無力だった。

ただ当ても無く車を走らせている。


ひたすら遠くへと向かった。

それからどれくらい俺は走らせただろうか。

妹が俺に話しかけてきた。

負傷した彼が俺に話したいと言ってると

俺は車を止める訳には行かなかった

その様子を感じ取った仲間は妹を手招きし

自分の代わりに伝言を妹に言った。






楽しかった






他には何て言ったんだと妹に

聞き返したが、

もう眠ってしまったと言われた。




しーちゃん…

泣いてるのじゃ…?




俺は車を走らせ続けた。








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